異なる精神

ロバート・フィンの記事

Different Minds
An article by Robert Finn



ウイリアムス症候群の人々は利口だが知的遅滞があり、才能がありながら同時に愚かでも ある。この不一致は神秘的である。この記事は雑誌『ディスカバー(発見)マガジン』の 1991年6月号に掲載された。これはロバート・フィンによって1991年に書かれた。全版 権を保有する。(著者の許可を得て翻訳しました)

アン・ルイス・マクガラーは 15 + 25 の足算ができない。でも彼女は熱心な読書家 でそれをはっきり表現する。「読書が好き」と彼女はいう。「伝記、フィクション、小説、 新聞のいろいろな記事、雑誌の記事、そのほかなんでも。今、ある少女についての本を読 んでいて、その少女はスコットランド生まれなんだけど、家族と一緒に農場に住んでいる の。私が読書が大好きなのは、自分が本の中に入って主人公と一緒にそこにいて、見て、 一緒に経験できるから」。

42才のとき、マクガラーはすらすらと話すのが困難だった。でも彼女はピアノやリ コーダーを演奏し、クラシック音楽を鑑賞する。「音楽を聞くのが好き。ベートーヴェン はあんまり。だけど、モーツァルト、ショパン、バッハが大好き。その音楽を展開する方 法がすき。・・とても明るくて、とても軽快で、とても快い音楽だから。ベートーヴェン は気が滅入るって分かった」。

もしマクガラーが食器戸棚から幾つかの物を持ってくるように言われたら、彼女は 当惑して一つだけ持ってくるだろう。でもたぶんあなたが会った中で最も感受性の強い人 の一人で、彼女は自分自身の状態をよく承知している。「私はたくさんの人からじろじろ 見られる」と彼女は言う。「ある時、私はとても気味悪い経験をしたの。お店に行って買 い物をした時のこと。自分の用事に気をとられて、いつもと同じように買い物をしていた の。一人の婦人が近づいてきて、私をなめるようにじろじろ見て、それから、わかる?そ の人逃げていったの。とても変だったわ。それで私、本当に本当に戸惑ってしまった。そ の人に話しかけて聞いてみたかった。『何でそんなにじろじろ見るの?何か間違ってる? 障害を持っていることが分かってもらえる?それについてのあなたのどんな疑問にも喜ん で答えるわよ。』」

マクガラーは妖精顔貌症候群と時々いわれる数少ない遺伝の病気で、同様の人々は アメリカにはおよそ5,000〜25,000人いる。その正式名称はウイリアムス症候群で、1961 年に初めて発見したイギリス人の J.C.P.ウイリアムスの名前にちなんで付けられた。ウイ リアムスの記述によると、その病気を持つ人々は大動脈(心臓から導かれる主動脈)が狭 いのが特徴で、そのため血圧が異常に高くなる。また、その特徴として次のように記述し ている。骨が短くて細い傾向がある。額が広く鼻梁が凹み顎がとがった細面の顔をしてい る。目の感覚が広く瞳の中に美しい星形のパターンを伴う場合がある。要するに、彼らは いくらか妖精に似通っており、一部の人から「妖精のような人々」と言われたり公然とじ ろじろ見られる。

マクガラーについて興味深いことは、しかしその外見ではなく彼女の精神である。 ウイリアムス症候群は逆に我々の知性の概念を変えてしまう。我々は知性がいわゆるIQテ ストによって測定できるような単一量ではないと考えやすい。しかし、ウイリアムスの人々 はある範囲において--たとえば、言語、音楽、人間関係に多大な知性を示す。だが、彼らの IQ は典型的には50から70の間で、彼らを軽度から中程度の精神発達遅滞と判定するの に十分な値である。彼らは空間的な技能や運動能力についても障害を持つ傾向がある。多 くは、たとえば靴紐を結べないとかナイフで物が切れない。そしてマクガラーのようなウ イリアムスの人々のほとんどは計算が苦手である。知能の山谷のこの不思議な混合は心理 学者や神経生物学者を魅惑し始めた。彼らがウイリアムス症候群を理解したとき、正常な 精神作用を理解する上で大きな進歩であると彼らは考える。

独特な精神の病気としてウイリアムス症候群はなかなか気付かれない。マクガラー は40年以上もの間、変わらぬ状態で生活してきたが、つい最近正しく診断された。この年 の8月にウイリアムス症候群協会(1982年に結成された援助団体)の大会に初めて出席し た。ウイリアムス症候群の人々はみんな同じように奇妙に見える。そして、彼らの大会は ちょっと家族の再会のように見える。「この大会に来るまで私とそっくりな人に会ったこ とはなかった」マクガラーは言う。「ショック!私とそっくりな人がいるなんて!私がみ んなにそっくりで、これは本当に驚きよ。」

その時、ウイリアムスの人々は完璧な参加者になる。彼らの顔は一般に明るいほほ えみで広がり、幼い頃から驚くほど社交的である。「もし特別な必要性から子供を選ばね ばならないなら私はウイリアムス症候群を選ぶでしょう」とリタ・ペティソリーは言う。 彼女の3才の娘アニはウイリアムスである。「あなたが認識したいと思っている症候群の 中に非常に多くの物がある。彼らは愛されており、社交的であり、人々はアニが大好きで ある。」

別の親、リン・マスナーは心情を繰り返す。「私は多くのことをカティから学んだ」 彼女は22才の娘のことを言う。「カティが小さい頃、私は23で、はにかみやだった。そ してここで私はこれらの問題をすべて抱えたこの少女をもうけた。彼女はおびえず、恥ず かしがらずに集団と一緒に部屋の中を歩き、そして言った。「ハイ、私はカティよ。あな たの名前は?」私は、彼女がどうしてそのようにできるのか考えた。彼女はそれを簡単に やってのける。彼女は私に利己心を忘れさせ、人との接し方を教えてくれた。

このような極めて開放的で親しみやすい性格は一方で心配な面がある。ウイリアム スの子どもは何も考えず見知らぬ人に近づいて「抱っこして」と言う。子どもの両親は子 どもが目立った行為をしないように、その自然な親近性を押さえるように教えるという困 難な戦いをしている。ウイリアムス症候群の子どもは見知らぬ人に近づくことがよくない ことだと教えられ、この命令を簡単に復唱することができる。でも、次の機会に遊歩道に 行くと満面に笑みをたたえて通行人に抱っこをせがみ始める。

しっかり学習したルールを実場面にあてはめる難しさは、この病気の主要な特徴の 例である。すなわち言語能力と理解力との分離である。ウイリアムスの人々は流ちょうに 話すが他の人々が話す基本的な点をしばしば理解し損なうようにみえる。そして、この特 有の能力の分離は、ソーク研究所の神経言語学者アースラ・ベルーギによって得られたも のである。彼女は脳内の言語表現の先駆的な研究でよく知られており、この症候群に興味 を抱いている。

ここ数年間、ベルーギはウイリアムスの人々の言語学的、空間的、そしてその他の 認識能力の研究をしてきた。彼女は正常な被験者と彼らを比較するだけでなく、同じ IQ のダウン症候群の人々と比較した。その比較はいくつかの興味深い見解をもたらした。 ベルーギの報告の一つはウイリアムスの子どもの語彙が特に豊富なことである。た とえば、ダウン症候群の子どもに知っている動物の名前を全部言ってと訊ねたとき、答え は「犬、猫、鳥、魚」。同年齢で同じ IQ のウイリアムスの子どもの答えは「ブロントサ ウルス、チラナドン、ブロントサウルスレックス、ダイノサウルス、象、犬、猫、ライオ ン、赤ちゃんカバ、ヤギ、鯨、牡牛、ヤク、シマウマ、子犬、子猫、トラ、コアラ、竜」。

このように普通でない予想しない単語を出し抜けに持ち出す傾向は自然な会話でも また同様である。ベルーギは思い出す。ある時、11才の少女がシンクの中のミルクグラス を空にして言った「私はこれを排泄しなくちゃ」。別の子どもは一枚の絵を手渡しながら 「はい、先生、記念品です」。そして、ウイリアムス症候群協会の最近の会議で34才のジ ャン・ストルヴィックは講堂一杯の聴衆に彼女の人生物語を語った。正規の高校のクラス での彼女の位置を論ずると、彼女は思い起こした。「みんなは私が正規の生徒の才能を持 っていると言った」。ベルーギが示したように、これらの使用法は構文上は正しいが意味 の上からは少し的を外れている。

ウイリアムス症候群の別の普通でない面は言語の始まりが遅れることである。しか しある場合には、その子どもが一旦話し始めると言語能力は正常な子どもより速い速度で 発達するように見える。

アレックス・ビースカーはいい例である。彼は3才まで「ママ」や「パパ」さえ一 言も話せなかった。ある日彼が言語病理学者の部屋の待合室で待っているときに突然起こ ったことである。うなっている扇風機が彼の注意を引いた。アレックスは普通のウイリア ムス同様回るものに魅かれて、扇風機に近づいて見つめ始めた。扇風機の中に指を突っ込 むかもしれないと考えて受付係はスイッチを切った。アレックスはスイッチを入れ直した。 彼女はプラグを抜いた。アレックスはプラグを入れ直した。次に彼女はスイッチを切って プラグを抜いた。アレックスはこの問題もまた解いた。しかし、ちょうどその時パワー不 足になった。アレックスは扇風機のスイッチを2度動かしたが何も起こらなかった。彼は プラグを揺すったが何も起こらなかった。失望して、彼は人生の最初の言葉を発した。「神 様、動きません」。

典型的なウイリアムスの言語能力は、しかし、ほとんど空間能力に拡張することは できない。自転車を描くようにいうと、ダウンの人は雑であってもそれと判るものを描く。 一方、あるウイリアムスの人は、自転車と車輪の下に延びたチェーンと、左下に外れたペ ダルをどれもつながらずに描いてみせる。部品は全部あるのだが、お互いの関係が正しく ない。

ベルーギはテストをした。小さな Y がたくさん集まってできた大文字の D の描か れたカードを短時間見せて、子供たちに見たものを再現するように言った。正常な子ども は正確に再現する。ダウンの子供はたいてい小さな Y を無視して大きな D を描く。ウイ リアムスの子供は Y 字の集まりを描くが D の形に整わない。一方は森を見て片方は木だ けを見るようである。

言語は一般に左脳が担い、空間認識は右脳によるので、ウイリアムス症候群は全く 右脳不調であると結論したくなる。しかし、そうでないことは別の能力の山谷からはっき りしている。たとえば、ウイリアムスの大人は少なくとも正常な大人と同じくらいよく顔 を識別する。これは典型的に右脳の働きである。このような大きな山谷があることは結局、 ダウン症候群や全認識能力が低下した精神遅滞と、ウイリアムスとの違いを明確に区別す る。

ウイリアムス症候群の正確な神経欠損はミステリーである。ベルーギと同僚によれ ば、MRI検査の結果はウイリアムスとダウンの人の脳が正常なサイズのわずか80%であ ることを示している。しかし、研究者は今までにウイリアムスの飛び飛びに存在する能力 を説明する(より高い働きのすべてをつかさどる表面層を含んだ)脳の皮質に明確な差を 見いだしていない。

ウイリアムスとダウンとの差に影響を及ぼしていると思われる脳の構造は小脳で、 それは頭骸骨の後ろにあり別のものとの間で動作の制御をつかさどっている。やや意外だ が、ウイリアムスの小脳のある領域はダウンの脳の同じ領域よりかなり大きい。事実、こ の部位は正常な脳よりもまだ少し大きい。この理由はまだわかっていない。

彼らの認識の問題はさておき、ウイリアムスの人々は多くの物理的な問題を抱えて いる。幼児期にはしばしば発育や成長の遅れの問題で苦しんでいる。ウイリアムスの子供 の母親が「最初の3年間は泣いてばかりいた」と言うのはよく聞くことである。

もっと深刻な医学的な問題は大動脈の狭窄である。大動脈弁上部狭窄として知られ るこの状態はしばしば大動脈の部分を人工血管パッチで置き換える手術を必要とする。ウ イリアムスの患者は子供でさえしばしば驚くほど高血圧で、正常値が 160/110 なのに 270/120 にも達する。彼らは長期に渡る尿生殖器や胃腸の問題も抱えている。

このごろは、これらすべての自覚症状の共通原因の探究が遺伝学で精力的に行われ ている。ほとんどの研究者はウイリアムス症候群が「常染色体優性」遺伝特質であると信 じている。その意味するところは、性に関係した X または Y 染色体に欠陥はなく、その 特質が出現するためには子供が不完全な遺伝子の一つのコピーのみを受け継ぐ必要がある。 ほとんどの場合、その状態は個々の精子または卵子の自然発生的な突然変異から生じたよ うに見える。一卵性の双子を除いて、2人以上のウイリアムスの子供を持つ親は極めてま れである。

不幸にも、ダウン症候群を引き起こすことで知られているタイプのひどい染色体異 常は見られなかった。そして、ある詳細な遺伝の研究ではほんの一握りの個体が一つのま たは別の染色体にわずかな欠陥を示しており、一貫したパターンは現れていない。


[著者の注が1996年に加えられた:前の段落はありがたいことにもはや真実ではない。 最近の研究でウイリアムス症候群に特定の遺伝的欠陥が確認された。追加情報だがウイリ アムス症候群協会(WSA)への連絡先として住所と電話番号を下に記す。]


ウイリアムス症候群の初期の兆候の一つに乳児の血液中のカルシウムレベルの上昇 がある。多くの研究者はこの病気の原因がカルシウム代謝の遺伝的欠陥を含んでいるかも しれないと信じている。細胞内部の多くの化学反応はカルシウムによる。脳内細胞はその 内部カルシウムイオンの99.9%を活発に結合し、適切な時に適切な場所にのみそれらを解 き放つことによって微妙な敏感さでそれらの反応を調節している。血液中のカルシウムレ ベルの上昇は脳細胞内部のレベルを上昇させ、この精巧なシステムを痛めつける。血液の カルシウムレベルはカルシトニンと呼ばれるホルモンによって調整される。ある研究では ウイリアムス症候群の子供のカルシトニンの減少が報告された。これはカルシトニン遺伝 子内部に欠陥があることを示している。

生物学的欠陥に対する疑問と同様に論じるべきはこの子供たちを教育する方法であ る。彼らはクラスの中でトラブルになりがちである。彼らの特有な認識不足だけでなく音 に対する過敏症は、しばしば彼らが落ち着きがなく気が散っているような印象を与える。 教育心理学者エレノア・シメルが言うように「教育者はウイリアムス症候群の子供が遅滞 児のようなテスト結果で、英才児のように話し、迷惑児のようにふるまい、学習障害児の ように働くので混乱する。」これらの項目のそれぞれは特殊教育の世界では特有の意味が あり、ウイリアムス症候群の特殊な山谷にどれも適合しないようである。結果としてウイ リアムスの子供たちは一般に学校で適切に扱われない。

もしウイリアムスの子供が常に彼ら自身の努力で世の中を渡っていこうとするなら 今でも正しい教育が必要である。統計は励みにならない。1988年に行われた100人のウイ リアムス症候群のティーンエージャーと大人(平均年齢23歳)の調査では、一人で生活し 監督されていないものは一人もいない。80人は家族と住んでおり、残りはグループホーム で暮らすか別の形態の監督の下にあった。

仕事探しは主要な問題の一つである。重大な認識の遅滞を持つ人たちが利用できる 地位のほとんどは、たとえば組立てラインやファストフード・レストランの仕事といった 奉仕的な肉体労働を含んでいる。しかし、きわだった運動能力の不足したウイリアムスの 人々にはこれらの仕事は特に適さない。

アン・ルイス・マクガラーは最近両親の家からグループホームに移り彼女の語学能 力を生かした仕事についた。「私は YMCA のデイケアセンターで子供たちを相手に働い ています」と彼女は言う。「一緒に遊び、一緒に読み、そしてデイケアセンターの別の仕 事をします。私はいつも子供が好き」。不幸にもマクガラーの仕事はこのような職業のほ とんどがそうであるようにボランティアの仕事である。ボランティアの仕事はその仕事を 持つ人に自活の道を与えない。

そしてそれは最終ゴールでなければならない。「我々ウイリアムスの人は自活する ための完全な権利があると思う」とジャン・ストーヴィクはこの8月の大会で述べた。そ れは彼らを研究している研究者、彼らを処置している物理学者や心理学者、彼らを訓練し ている教育者、彼らを愛する両親と友人達のすべてが、ウイリアムス症候群の人々の実態 を正すための目標である。


Different Minds
An article by Robert Finn
This article appeared in the June 1991 issue of Discover magazine.
It is 1991 by Robert Finn. All rights reserved.
It is reprinted by permission of the author.


(1997.5.6 作成)

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