氏か育ちかを越えて:文化の違いを越えたウィリアムズ症候群



ホームページに掲載されていました。

(2007年2月)

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Beyond nature vs. nurture: Williams syndrome across cultures

Public release date: 24-Jan-2007
Contact: Gina Kirchweger
Kirchweger@salk.edu
858-453-4100
Salk Institute

 カリフォルニア州ラ・ホヤ:目の色が遺伝子にコード化されていることを疑う人はいない。それが行動になると「DNAによって決定されている」という概念はたちまち崩れ去る。しかし、あらかじめ遺伝子で決められた状態が環境の影響でどれほど変化するかを解き明かすことは難しい。

 ソーク研究所の生物学研究室の科学者達はそれらを区別する洗練された方法を発見した。科学者達はウィリアムズ症候群の子ども(生まれながらに人との交わりを求める傾向が強いことで知られている)について、社会的習慣が異なる文化間で社会的行動を比較した。まもなく「Developmental Science」誌に発表される予定のこの研究は、社会的行動に見られる文化的特徴の範囲を示している。

 「全般的に言えば、我々の研究からは首尾一貫した結果が得られました」と、ソーク研究所の認知神経学教室長で代表執筆者のアースラ・ベルージ(Ursula Bellugi)は言う。「年齢、言語、文化的背景には無関係に、ウィリアムズ症候群の社会的表現型は遺伝子及び環境との相互作用の両方で形作られます。」

 今取り組んでいる研究は米国国立小児発育研究所(the National Institutes of Child Health and Human Development)主催のプログラムプロジェクトで10年以上に渡り、完成させようとしているジグソーパズルのピースの一つにすぎません。ベルージに率いられた研究者達は遺伝子が行動に与える影響に関する謎を解き明かす手がかりを提供してくれるウィリアムズ症候群に注目している。ほとんどの研究者は、UCLAの小児科学教室教授でソーク研究所の非常勤教授である分子遺伝学者ジュリー・コーレンバーグ(Julie R. Korenberg)の研究成果を中心に活動を展開している。彼女は10年以上にわたってウィリアムズ症候群の遺伝子的基礎を研究し続けている。

 ウィリアムズ症候群のほぼ全員が一本に連続するまったく同じ遺伝子セット(7番染色体の片方にある小さな遺伝子の集合)を失っているが、欠失の大きさが異なるごく少数の患者の存在が研究者達の興味をかきたてている。この症候群のほとんどの患者で欠失しているGTF2iファミリー遺伝子の少なくとも一つを、めずらしく恥ずかしがりやで内向的なひとりの少女が保持していた。この発見により、コーレンバーグと共同研究者は少し長めに残されたDNAにはウィリアムズ症候群の子供達の超社会性に影響を与える遺伝子(群)が含まれていることを確信した。

 「ウィリアムズ症候群の患者群にはある程度の変動がありますが、解明されている遺伝子的基礎によって、信頼や過度のひとなつっこさ等のヒトの社会的行動や社会的性格をつむぎ出している遺伝子を研究するまたとない機会を手に入れました」と、ベルージは説明する。

 40年以上前に同定されたウィリアムズ症候群は人種にかかわらず2万回の出産に1回の割合で発生する。この症候群は精子細胞か卵子細胞が作られる途中の組換えの異常によって起きる。その結果、エラスチン遺伝子を含む20個ほどのほぼ同じ遺伝子セットが7番染色体の片方から欠失し、この欠失の保有者を「人」のほうが「物」よりも価値があるこの世の中に押し出す。様々な健康問題や一般的に知能指数が低いにもかかわらず、ウィリアムズ症候群の子供たちはおしゃべり好きで、社会性があり、見知らぬ人に惹きつけられてしまう。

 このような行動特性が文化の違いを越えてどの程度普遍的であるかを調べるために、研究者は2つの大きく異なる環境を設定した。アメリアと日本であり、それらの文化的差異は次の格言に的確に表されている。「アメリカでは『キーキーときしむ車輪は潤滑油をさしてもらえる』、一方日本では『出る釘は打たれる』」。

 ソーク研究所で開発された質問表を使って、ベルージと筆頭執筆者でロングビーチにあるカリフォルニア州立大学教授であるキャロル・ジッツァー-コンフォート(Carol Zitzer-Comfort)はアメリカと日本の両親に対して、子供達の他人への近づき方、社会的状況における一般的行動、名前や顔を覚える能力、他人を喜ばせようとする傾向、他人の感情状態への感情移入傾向、自分の子どもに対する他人の近づき方を評価した。

 教育やしつけの方法が異なるにもかかわらず、両国のウィリアムズ症候群の子供達は全体的社会性と見知らぬ人に近づいていく傾向が、普通の発達をした子供達に比べて優位に高いと評価された。しかし、文化的な期待値は社会的行動に明らかに影響を及ぼしており、正常なアメリカの子どもの社会性とは日本のウィリアムズ症候群の子どもと同等であり、これは母国である日本では社会的行動の基準を超えている。

 ジッツァー-コンフォートは、「これは氏と育ちの関連を反映する興味深い内容です」と語るが、これには異なる解釈も存在することを忘れてはいけない。例えば、日本の両親は質問表に対して自分達の子どもに全体的に7ポイント低い評点を付けている。「日本においては『普通ではない』子どもを持ったという「ひけめ」があるため、両親が自分の子どもの社会性を判断する際に影響を与えている可能性があります」と、彼女は推測している。

 昨年出版された初期の研究で、ベルージと同僚はアメリカとフランスとイタリアに住むウィリアムズ症候群の子供や青年から発せられた口語表現を集め、同じ結論に達している。ウィリアムズ症候群の子供は聴衆の表現力が豊かで情緒的な語り口を有する生まれつきの語り部であるだけではなく、どこで生まれたかにかかわらず自分の同郷人より上手である。

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上記解説記事で紹介された論文が専門誌に掲載されたようです。

(2007年11月)

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Nature and nurture: Williams syndrome across cultures.

Zitzer-Comfort C, Doyle T, 正高 信男, Korenberg J, Bellugi U.
Departments of English and Liberal Studies, California State University, USA.
Dev Sci. 2007 Nov;10(6):755-62.

この研究はウィリアムズ症候群(エラスチン遺伝子(ELN)を取り巻くおよそ20個の遺伝子を含む染色体領域7q11.23の半接合欠失を原因とする希少発達障害)の子供が、習俗・慣習が大きく異なる文化、すなわちアメリカと日本においてどのように影響を受けているかを明らかにすることに取り組んだ。遺伝子の表現型はきちんと調べられており、その影響で不規則な認知プロフィールや見知らぬ人への明白ななれなれしさを含む社会的表現型が現われることあら、我々は今回の調査について有力なモデルを提供する。多くの国々で研究者たちは、ウィリアムズ症候群の人々の認知的長所と短所に関する様々な研究しているが、異なる文化圏にまたがったウィリアムズ症候群の表現型に取り組んだ研究はこれまで行われていない。本研究は、原因となる特定の遺伝子から生じて、文化的束縛によって仲介されている可能性も考えられるウィリアムズ症候群患者の社会的行動を調査する。本研究はウィリアムズ症候群の人々に共通的にみられる社会的側面を測定するツールを使って異文化間研究を実施した。量的分析を行った結果、両国共に特徴カテゴリーに有意な効果が認められた。つまり、ウィリアムズ症候群の子供は全体的社会性が有意に高いと判定され、同年代の普通の子どもに比べて見知らぬ人に近づいていくことが多い。また文化による効果も認められ、カテゴリーに関わらず日本人のウィリアムズ症候群および正常な子供はそれぞれアメリカの子供に比べてその傾向値が低い。ウィリアムズ症候群の子供の過度の社会的表現型は文化の違いを超えて存在しているものの、文化の影響を受けてその傾向は異なっていると考える。これは氏と育ちの相互影響を示す興味深い事例である。



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