ウィリアムズ症候群
ピネル:バイオサイコロジー
脳−心と行動の神経科学
179-180ページ
ジョン ピネル著
訳:佐藤 敬、若林 孝一、泉井 亮、飛鳥井 望
西村書店
ウィリアムズ症候群 Williams syndromeは自閉症と同様に精神発達遅滞を伴い、障害された能力と保たれている能力が極端に入り混じった神経発達障害の1つである。ウィリアムズ症候群は出生2万に対し約1人の割合で起きる。
自閉症患者が引っ込みがちで、感情的に鈍く、コミュニケーションをとることが困難なのとは対称的に、ウィリアムズ症候群の患者は社交的で、感情移入がうまく、おしゃべりである。最も注意すべき点は彼らの言語能力である。彼らの言語の発達は遅れ、大人になっても言語の欠落を認めるが(Bishop,1999;Paterson et al.,1999)、彼らのIQ――通常60程度と低い――を考えると、その言語能力は注目に値する。例えば、1枚の紙に書かれた子供のなぐり書きについてたずねられると、重度の精神発達遅滞を呈する10代のウィリアムズ症候群患者は、IQが49にもかかわらず、そのなぐり書きを象とみなし次のような解説を行うのである(Bellugi et al.,1999)。
象が何かというと、動物の仲間。象が何をするかといえば、ジャングルに住んでいる。動物園にもいる。何を持っているかといえば、長い灰色の耳、うちわのような耳、風になびく耳をもっている。草をひろい、干し草をつまみ上げる長い鼻をもっている・・・。機嫌が悪い時は怒る・・・。怒ると足を踏みならし、襲ってくる。時々象は人を襲う。象は長い牙をもっている。象をペットにしたくない。ペットにするなら、ネコか犬か鳥か・・・。(p.199)
ウィリアムズ症候群の子供の驚くべき言語能力は客観的な検査によっても示されている(Bellugi et al.,1999)。例えば、ある検査でウィリアムズ症候群の子供は、60秒間にできる限り多くの動物の名前を言うことを求められた。解答にはコアラ、ヤク、アイベックス(野生ヤギ)、コンドル、チワワ、ブロントサウルス、カバも含まれていた。絵をみて、それについて話をするように求められた時、アニメを見るような物語が話された。物語を語るとき、ウィリアムズ症候群の子供は聴衆を話に引き込むために、話す速さ、声の大きさ、リズム、表現を変えた。悲しいことに、教師はこれらの子供の言語的、社会的能力のために彼らの認知能力を過大評価してしまうので、ウィリアムズ症候群の子供は本当に必要とする特別な教育の援助が常に受けられるとは限らない。
ウィリアムズ症候群の子供はさらに特別な認知能力をもっていて、その一部は音楽に関連する(Lenhoff., 1997)。ほとんどの子供は楽譜を読むことができないにもかかわらず、ある者は完全な、あるいはほぼ完全な音感をもっており、リズムに関して超人的な感覚を有する。多くの子供は何年もの間メロディーを覚えており、ある者はプロの音楽家である。集団としてみれば、ウィリアムズ症候群の子供は一般の子どもに比べ音楽に興味を示し、感情的な反応を示す。あるウィリアムズ症候群の子供は言う。「音楽は考える方法として好きだ」と。また、ウィリアムズ症候群の子供は顔の認知についても優れた能力をもっている。
IQ60の平均的な人々と同様に、ウィリアムズ症候群の子供は高度の認知障害を呈する。この事実に反して、彼らの優れた能力は際立っている。しかし、IQが同じくらいの子供たちと比べてさらに高度に障害された認知機能がある。彼らは空間認知が極めて劣っているのである。例えば、検査ボードの上に置かれた2,3のブロックの位置を覚えるのにも困難を感じ、空間に関連した彼らの話は内容に乏しく、物体を絵に描く能力はないに等しい(Bellugi et al.,1999)。
ウィリアムズ症候群は何種類かの心臓の異常を含めてさまざまな健康問題を伴っている。皮肉にも、ウィリアムズ症候群を呈さないこれらの異常に関する研究が、本症候群の主たる遺伝学的要因の1つを明らかにした。この心臓の異常は、エラスチンelastin(多くの臓器や組織に弾力性を与えている)の合成を司っている7番染色体上の遺伝子の変異によるということがわかったのである。ウィリアムズ症候群では同じ心臓の病気にかかりやすいことに気づき、研究者はこの遺伝子の関与を検索した。ウィリアムズ症候群患者の95%では、7番染色体上にある1対の遺伝子の一方が欠損していることが明らかにされた。他の遺伝子異常も見つかった。つまり、複製時の障害によって7番染色体全体が欠失していた(ウィリアムズノートの注:この記述は間違いだと思われる)。さらに、この部位の遺伝子異常が同定され、その機能が明らかにされれば、ウィリアムズ症候群の病因はもっとよく理解できるようになるだろう。
一般的にウィリアムズ症候群では、後頭と頭頂皮質の発達が明らかに悪く、それが空間認知能力の障害に対応し、前頭と側頭皮質の正常のため、会話能力は保たれている。そして、辺縁系の変化は異常に人なつっこいことに対応している(Bellugi et al.,1999)。
読者はウィリアムズ症候群の物語に知らないうちに出会っているかもしれない。多くの文化では魔法の小人に関する物語をもっていて、ピクシー(小妖精)、エルフ(森に住んでいる小妖精)、レプシコン(小さい老人の姿をした妖精)などである。明らかに、これらの生き物の記載や描写は、その特徴が妖精のようにみえるウィリアムズ症候群の子供にそっくりである。ウィリアムズ症候群の子供は背が低く、上を向いた小さな鼻、卵形の耳、大きな口と厚い唇、はれぼったい眼、小さな顎をもっている。したがって多くの人は、妖精に関するおとぎ話はウィリアムズ症候群の子供を元にしていると信じている。妖精の典型的な行動の特徴――人を話に引き込む語り手、才能のある音楽家、愛らしく、人を疑わず、他者の気持ちを気づかうこと――は、ウィリアムズ症候群にぴったり当てはまる。
(2007年10月)
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