ウイリアムス症候群
「発達心理臨床学:病み、悩み、障害をもつ人間の臨床援助的接近」という本の第2章「発達につまずく人間」の第5節です。
(2008年7月)
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ウイリアムス症候群
発達心理臨床学(ISBN4-7628-2309-0、出版社: 北大路書房、2003年)、46-51ページ
久留 一郎著
1.ウイリアムス症候群の概念
ウイリアムス症候群は、ニュージーランドのウィリアムス(Williams,J.C.P.)によって初めて報告された。突発的に発生する先天的(神経行動的)障害であり、出生2万人に1人というまれな疾患である。7番目の染色体、エラスチン遺伝子の欠損が証明されている。
いわゆる妖精様の顔つきが特徴的であり、また、心臓病の一種、大動脈弁上狭窄症を伴うことがある。
以下に、アドウィンとユールの「ウイリアムス症候群」(Udwin,O. & Yule,W. ,1997)を引用して、その特徴を述べてみたい。
2.ウイリアムス症候群の行動特徴
ウイリアムス症候群の多くの子どもは、通常は社交的で、まだことばが出ない乳幼児の頃から顔の表情や視線を合わせることができ、しだいに、ジェスチャーで意思を伝えるようになる。1歳半頃までには単語を話し始め、二語文を話す子どももいる。歌を覚えることが得意な子どももおり、この音楽的才能と同様に、聴覚的情報を覚える才能を発揮することもある。3歳頃までには文章を話せるようになり、4〜5歳までには言語能力にすぐれてくる。
しかし、さまざまなレベルの学習能力の障害をきたす傾向にある。知的障害の程度は軽度から重度までさまざまであるが、特有の能力をもち、共通した、特殊な行動上、性格上の特徴をもっている。しかし、いわゆる学習障害とは区別する必要がある。
会話能力は優れているが、視空間認知に関する問題と粗大運動、微細な協調運動の障害が見られる。たとえば、歩き始めるのが遅れたり、ボタンはめや鉛筆を持つことなどに困難を示す。また、高い所を怖がり、デコボコの所や階段の昇り降りが苦手である。また、多動で、一定時間座っていることが困難である。
多くのウイリアムス症候群の子どもは、大人に対してたいへん親しく、なじむことができるが、同年代の子どもと友だち関係になることがむずかしく、トラブルも生じやすい。また、過剰なほどの心配と不安を示しやすい。
以下に、いくつかの大きな特徴を述べてみたい。
(1) 言語や会話の問題
児童期までには、多くのウイリアムス症候群の子どもはかなり多くの語彙を獲得し、しゃべるようになり、しばしば、大人びた言い回しを使うこともある。実際、学習困難や知的障害があっても、そのレベルを超えた複雑な話しことばを使用することがあるが、彼らの会話は往々にして不適切で、同じことの繰り返しになりやすい。このような不適切なことばづかいは、ことばの意味を十分に理解していないことからくる。したがって、平易なことばで、わかりやすく話しかけることが大切になる。
ウイリアムス症候群の子どもの言語理解能力は、多くの場合、表出能力に比べて劣ることが多い。しかし、中には、話しことばが的確、適切で、同じことを繰り返し言うことのない子どももいる。
(2) 視覚認知と運動機能の問題
ウイリアムス症候群の子どもの多くは、身体全体を使う粗銅運動、眼と手の協応動作、手先を使う微細な運動、空間で自分の身体や対象物を定位すること、方向や距離を判断することなど、視覚的情報処理過程に行為上の独特な障害をもっている。そのため、このような領域においては、特別の支援的配慮が必要である。特に、物や形の分類や照合、物の配置、描画、図形模写、線描画のなぞり描き、などの課題に困難を生じる。
視覚・運動場の障害としては、高いところを怖がる、山登りや階段の昇降、キャッチボールやはさみの使用、自転車の運転などが特に不得手である。
しかし、どんな子どもも、自信を与えてもらえるよう支援を受けつつ、十分な練習をすれば、やがてそうした不得手なこともしだいに上達してくる。
(3) 学習能力の問題
a.読みの問題
ウイリアムス症候群の子どもの読解力はさまざまである。基礎的レベルにとどまる子どもも多いが、時にはもっと高度なレベルまで読むようになる。
特に音声に対する記憶力と聴覚配列的記憶能力がたいへんすぐれているので、その特性を強調した発達支援が有効である。ただ、外からの視覚的刺激にすぐに気が散ってしまいがちであり、発達支援上の配慮が必用になる。
b.書字と綴り
文字を書く・綴ることは、読みに比べて上達が遅い。これは、視覚性と微細運動の巧緻性が必要とされることに起因する。子どもによっては、書くこと自体にエネルギーを使い、疲れてしまうため、書く量を少なく、無理のない程度に進めていくことが大切である。
c.数の理解
算数を苦手とする子どもが多い。視空間認知と運動能力の問題のために、数字を書いたり計算することは、計算の原理の理解が困難であると同様にむずかしいことになる。子どものペースに合わせて、何度も繰り返し伝えることが大切である。
(4) 注意集中困難と多動性
注意集中力が乏しく、絶え間なく動き回る行動は、ウイリアムス症候群の子どもに多くみられる問題である。さらに彼らは、音に対して敏感なため、偶然聞こえてきた音やイライラするような音に、特に気持ちを乱されがちである。
また、多くの子どもは衝動的で、交代することや、順番を待つことなど大人の指示に従うことができにくい。
できるだけ静かで、妨害物を遠ざけた環境で、大人と一対一のかかわりをすることで、より安定できるように思われる。
(5) 行動と情動の問題
a.不安
ウイリアムス症候群の子どもは、心配性であり、人に注意されたり、思うようにことが運ばなかったりすると動揺しやすい。また、慣れない状況やあらゆる種類の災難を想像して気に病んだりする。しかし、困っている人に対する細かい気遣いができることは大きな特徴である。
b.こだわり、強迫観念と常同行動
ある種のもの(たとえば、昆虫、車、電気のおもちゃ)や話題(災害や暴力に関するニュース、病気、誕生日や休日などの行事)などに没頭したり、特定の人々(特定の教師、同級生や近所の人)に強迫的な関心を示すことがしばしばみられる。
また、中には、ロッキング(体を揺さぶる)や手をたたくなど常同行動を示すことがある。これは、不安や動揺がある時、退屈でつまらない時、逆に何かに熱中している時、特に顕著にみられる。
c.かんしゃく
多くの子どもは、穏やかで協力的である。しかし、他の子どもと同様に、時には気にいらなかったり、人の注意を引きつけたい時、あるいは自分のやり方が通らない時に、しばしば、ひどいかんしゃくを起こす。安定した一貫性のある態度で接することが大切になる。
d.摂食障害
嘔吐やミルク嫌いなどの摂食行動上の問題は、生後数ヶ月から1年目にかけて生じる。時間とともに食事の問題は減少し、解消するが相変わらず食事中は落ち着かず、食べ終わることができなかったり、ごく限られた食べ物しか受けつけない子どももいる。一つの方法として、食事の時には緊張感をほぐし、少ししか食べなくても、その子のペースに任せてみる、というゆとりある関わり方が重要である。
e.音に対する過敏性
ウイリアムス症候群の子どもの90%が、特定の音に過敏性を示す。場合によっては、人の話し声や笑い声にさえ敏感であり、そのような音は子どもをイライラさせ、両手に耳を当てて泣いたり、騒音を避けようとして部屋を離れたり、テレビやラジオを消したりする。子どもによっては、大勢いる騒がしい教室や、活動的で騒音の多い状況で特に困惑することがあるため、そのような場合は、特に安心感を伝えることが大切になる。
(6) 身辺自立
a.排泄
児童期まで排泄が自立しないことがある。また、大人になっても頻回に排尿をしたがることがある。そのような場合、彼らの正当な要求であることを理解しておくことが必要である。
b.衣服の着脱
衣服の着脱にはさまざまの筋肉の協調と動作の計画性が必要になるため困難になりやすい。ゆっくりと時間をかけて、できるだけ自分でできるよう配慮することが大切になる。
c.一人で行動すること
年齢が高くなるにつれ、知っている順路や、家から離れた所までも一人で行くことができるようになる。ウイリアムス症候群の子どもは話しことばが上手に使えるため、話して教えると、旅行の手だてや順路を容易に覚えることができる。
(7) 社会性
ウイリアムス症候群の人間は、子どもでも大人でも同年齢の人と友だちになることがむずかしい。その反面、大人の集まりが好きで、大人を楽しませることに熱心になり、少しでも会話につきあってくれる大人を見つけようとする。
中には、親しみやすく外交的で他人への思いやりや関心が豊かなため、あたたかな友好を築くこともできる。
以上のように、ウイリアムス症候群にはいくつかの特徴がみられるが、そのありようは個々によりさまざまである。大切なことは、その子自身を理解すること、その子どもにあった、適切な発達支援を進めることである。日頃のかかわりの中にそのヒントがあるように思われる。
特に、プレイ・セラピー的かかわりは、子どもの情動面を安定させ、一方、子どもの養育に悩む母親へのカウンセリングは、落ち着いた母子関係を促進させる。
また、ウイリアムス症候群の親の会などに参加し、同じ悩みをもつ親同士で話し合うことで、家族自身の安定をはかることができる。
筆者はこれまでに、ウイリアムス症候群の2つのケースについて発達支援を行ってきたが、その経験はまだ浅く、ここでは事例の紹介は省略する。
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