マリナ(Marina)



アメリカのメーリングリストで紹介されていた、ドイツに住むへインズ=フーバーさ んの手記です。御本人の許可を得て翻訳したものを紹介します。この話の中に出てくるオー ストラリアのイングリッド・シューバートさんの手記は 資料番号2−1−06に収録され ています。

1998年4月

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オーストラリアのイングリッド・シューバートさんがゾーイの母親としての手記を送 ってくれましたので、彼女に次のような思いを書き送りました。イングリッドは、他の人た ちもこの手記を読みたいに違いないと言ってくれましたので送ります。皆さんにも役に立つ ものだと思います。

マリナ(Marina)は生まれたとき正常に見えました。彼女はレベッカ(Rebecca)と 同じ帝王切開で生まれました。私の脳がオキシトシン(訳者注:脳下垂体から放出される分 娩促進ホルモン)を放出したにもかかわらず、体が反応しなかったのです。彼女のアプガー スコア(Apgar)は正常でした。ぼんやりとした意識の下で彼女を初めて見たときに、なん とかわいい赤ちゃんだろうと思ったことをよく覚えています。しかし、彼女は私に似ていま せんでした。姉には今でもまったく似ていません。レベッカは、髪が父親譲りの金髪ですが 私によく似ています。一方、マリナは小柄で、くるくるとカールしたふさふさの黒髪をして おり、かわいいヤマアラシ(hedgehog)に少し似ています。彼女が泣くときはキーキー言う (squeak)ので、Pipsqueak(つまらないもの)というニックネームをつけました。周りの 人は彼女の声帯がまだ柔らかいためだと言いました。夫の家系はみな丸顔でしたので、大き くなるにつれて確かに顔は丸くなりました。彼女の食欲は悪くありませんでした。まるで、 子豚のように遠慮というものがありません。一心不乱にお乳を飲んでは吐いていました。ま るでロケット噴射のような嘔吐でした。成長してはいましたが、食事を与える時は悪夢のよ うでした。がつがつ食べては吐いてしまうので、必要な量を食べさせるためには、食事を少 量に分けて何度も与えなければいけませんでした。

彼女は普通はいい子でしたが、夕方になると毎日同じ時刻に発作的に泣き叫びました。 私たちはおなかが痛いのだろうと思い、8ヶ月のときに医者に見せたところ、心臓からかす かな雑音が聞こえると言われました。特別に検診は受けませんでしたが、この心雑音は消え てしまいました。最初におかしいと感じたのは、お座りやはいはいの開始がかなり遅かった ことで、歩き始めたのは21ヶ月でした。それ以降はゾーイと同で、前から怖がっていたか のようにホールを横切って歩き始めました。

彼女の運動機能はよくありません。彼女は足元の形状が変化すると立ち止まってしま います。また長い間階段には近づこうともしませんでした。彼女の視力が眼鏡を必要とする ほど悪いことに気が付いたときには、これで状況が変るかもしれないと思いましたが、3才 になった時に小児科医からエルゴセラピー(ergotherapy:理学療法と作業療法を合わせた ような訓練方法)を受けるように指示されました。それ以来ずっとそこに通っていますが、 大変役に立っています。今では少しですがなんとか階段を上れるようになりました。ただ、 見慣れない階段の場合は、落ちるのを恐がって私の手を握ります。車にも一人で乗り込める ようになりました。この療法は私自身の役にも立っています。マリナの目で物事を見られる ようになったし、彼女を理解したり、私自信の対応方法を冷静に考えられるようにもなりま した。

マリナはこれまで普通の幼稚園に通ってきました。(ドイツでは7才になってから小 学校に通います。) ほんの2・3ヶ月前まで、絵を描くことに興味を示さないことと、小 さなもの(例えば他の子供が扱えるカードボード(cardboard)等)をうまく扱えないこと 以外にたいした問題もありませんでした。はさみはかなり上手に使えます。特に、自分の髪 の毛や犬の毛のような切ってはいけないものを切るのが得意です。彼女の総合的発達度合は 1年から1年半遅れていると評価されました。その後、クリスマスの前のことですが、マリ ナは自宅でも幼稚園でも頻繁にパンツをぬらすようになりました。それ以前はたまに失敗す る程度でした。彼女の消化器系はめちゃくちゃになったようでした。彼女は便秘勝ちでした が、今は便秘と下痢を繰り返しています。他の子供たちともうまくいかなくなり、時には乱 暴をするようです。毎日が楽しくないようでした。

彼女のカルテを見た小児科医から、神経テストを受ける前に遺伝科の医師に相談する ように薦められました。ウイリアムス症候群の疑いがあると告げられました。ここでウイリ アムス症候群というものに出会いました。

今年の9月からは、マリナを養護幼稚園に入れるように登録しました。今は、可能性 が考えられる合併症の診察で忙しい毎日です。腎臓には問題が無かったようで、次は小児循 環器科の診察を受けます。ドイツの(ウイリアムス症候群の)サポートグループとも連絡を 取りました。あなたを始め、アメリカ・イギリス・南アフリカの人たちとも話ができます。 技術の進歩はなんとすばらしいのでしょう。

今、新しい小児科医を探しています。実のところ、今の小児科医の診察を受けて帰っ たその時にあなたからのメールを受け取りました。そして座り込んでしまうほど頭にきて、 あなたに色々な問題を次から次に話してしまいました。あなたは幸運だと心底思いました。 この症候群の診断をしてもらうために診察に行ったのに、彼女は診断を下したことですべて が終わったと思っているように見えます。彼女は私に話すときとほぼ同じように、マリナに 対して高圧的な話し方をします。わかりますよね。養護施設や養護学校に行かせなさい、楽 しいことだけをさせなさい、役に立たないのでエルゴセラピーはもうやめなさい、と彼女は 言うだけです。これではマリナの発達によい効果は期待できません。診断が出たからといっ て、なぜ3年間も続けてきた役に立つことを止めなければならないのでしょうか? FISH テストがどういうものか、血中のカルシウム濃度について何を注意しなければいけないのか、 典型的な聴覚過敏や豊かな音楽的感受性を持っている、などと言うことを彼女がまったく知 らないことがすぐにわかりました。彼女にとってウイリアムス症候群は、名前・顔の特徴・ 心臓疾患の合併症があることを知っているだけでした。医者が新しい医学的事実のすべてを 知っているわけではないこと、両親達に間違った希望を与えてはいけないことはよく理解し ているつもりですが、彼女は前もって調査をしておくべきだし、事前準備が間に合わないの なら、もっと知識を手に入れるまで黙っているべきだと思いました。

繰り返しになりますが、私はマリナの賢明な判断に脱帽しました。彼女はこの女医の 前では、いつもならやれることを見せようとしなかったり、テスト結果は他のどこで受けた ときよりも低い結果になったり、質問には答えようともしません。 そういう状況を見て、 必要な援助を受けられない子供たちがいることや、子供たちの親達が同じような発言をして いることを考えると、背筋が寒くなります。しかし、両親達のグループやこのメーリングリ ストのようなものがとても役に立っていることは実感しています。温かい励ましの言葉をた くさん受け取りました。みんな昔からの仲間だったように感じています。

Susan Haynes-Huber
スーザン へインズ=フーバー

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