息子の病気について考えてみた



山口 光孝
2008年1月31日付け
「民報サロン第104期作品集 てんし 創刊号」2008年8月2日発行 62ページ

「ゴーオン、トム!」

「グレイトジョブ、トム、カモン!」

7メートルはあろかというウォールクライミングの壁の上部で、トムと呼ばれ、同世代の友達から、そして親たちから、口々に英語で声援を受けているのはわが二男。彼は今まさに壁のトップまで登りつめようとしている。その奥では女の子が、やはり5メートルほどの高さにまでつり上げられた特製の車いすブランコに乗り、歓声をあげている。アメリカ人、カナダ人、韓国人、日本人。どの顔も屈託がなく、やさしく、明るい。

彼らが参加しているのはアメリカ・ミシガン州の小さな町で毎年開催されるキャンプ。私と二男はこのサマーキャンプに一昨年から通い始めているのだ。

実はこれ、ただのキャンプではない。ウィリアムズ症候群という病気をもつ子どもを対象にしたミュージックセラピー、いわゆる音楽療法を主な目的としたキャンプだ。アメリカのウィリアムズシンドロームの協会が主催している。

ウィリアムズ症候群という病名はあまりなじみがないと思われので、説明を少々させていただく。これは七番染色体の一部に欠失があるために、心蔵や腎臓をはじめとして骨、関節、発達全般と、体のいたるところに不都合を引き起こす病気。エルフィンフェイスと呼ばれる独特の顔貌を持ち、性格は明るく社交的。さらに音楽に対し、並々ならぬ興味や才能を持つことが多い。罹患率は二万から二万五千人の出生に対し一人とみられ、かなり珍しい疾患である。福島県内においてこの病気と診断されている子どもは私が知っている範囲では三人。そのうちの一人がわが家の二男というわけだ。

二男がこの病気と分ったのは四年ほど前。彼が小学校一年生のときだった。心臓病の経過観察のため生後間もなくからいわき市内の病院に通ってはいたが、六年間、医師の口からウィリアムズという病名が出たことはなかった。カルテに「Williams syndrome?」という記述があったにもかかわらず。たまたま東京から来た医師に、今の主治医であるが、初めてこの名前を聞かされたとき、それまで味わったことのないほどのショックを受けた。しかし逆に何か合点がいったというか、安堵(あんど)したのを覚えている。二男の発達の遅れも心臓が悪いのも全部ウィリアムズ症候群という病気のせいだったのか、と。

告知を受けたあとしばらくは、二男に申し訳ないという思いから自分を責める日々が続いた。だが、何事も冷静に考えることができるダンナに、思考を将来に向けるようにたしなめられ、それからは原因や後悔に思いを巡らせるのではなく、二男の療育を検討するようになれた。その計画のひとつがアメリカでのキャンプに参加することだった。

ボランティア活動に造詣が深いアメリカでは、やはりこうした活動にもたくさんの有能な人材が指導員として集まってくる。彼らの元、子どもたちは音楽を通して社会性や自分の適性、集中力などを養うのだ。また、二男にとっては普段の生活でさまざまなストレス、つまり好奇の目やいじめなどから開放される貴重な時間でもある。

今、私の手元には六月に開催されるキャンプの申込書がある。周りからは賛否両論のご意見をいただくが、もちろん今年も参加する予定だ。彼の笑顔と何物にも変えがたい経験のために。

 (2008年8月)



目次に戻る