息子の療育について考えてみた



山口 光孝
2008年2月21日付け
「民報サロン第104期作品集 てんし 創刊号」2008年8月2日発行 63ページ

わが二男はウィリアムズ症候群という病気を背負って生まれてきた。染色体に由来する病気なので治ることもないし、体中に不都合を引き起こす。循環器系に重い症状をみることが多く、突然死の確率が健常の人の五倍から十倍というデータを見たときには、こちらの心臓が止まりそうだった。他にも免疫力が低いとか、骨格の形成が十分じゃないとか、発達障害があるとか、枚挙にいとまがない。しかし神様は彼らを見捨てていなかった。彼らは音楽への並々ならぬ興味と、人によっては才能を与えてくれていたのだ。

ウィリアムズの人たちは、もちろん個人差もあるが耳とリズム感が非常にいい。絶対音感を備えている人もいるらしい。音楽に対するノりがよく、小さな子供でも体全体を使って曲を表現する。彼らにとって音楽はともに生きる吸気のような存在であり、音楽療法、いわゆるミュージックセラピーはスキルアップをするための有効な手段となる。

ウィリアムズの人たちを対象にしたこの音楽療法は、海外のみならず日本でもリトミックやキャンプという形で行われている。中でも全国規模といえるのが、ある大学で主催しているキャンプだ。

私と二男はアメリカで行われているキャンプにも、日本で行われているキャンプにも毎年参加しているが、このふたつには、本人のスキルアップを重視するか、家族を参加させル事により交流や情報交換の機会も提供するか、という大きな違いがある。アメリカのキャンプは前者で日本のキャンプは後者といえる。そしてこの後者のキャンプで、私は意外な人物の意識の変革を目の当たりにした。わが家の長男である。

それまでは長男は二男に対して全くの自然体で接していた。病気なんか関係ない、悪いことは悪い、やることはやれ、と。とても当たり前のことではあるが、時にそれが非常にきつい態度に思えて仕方がなかった。そのため、まだ十三歳の彼を初めて参加させるときは、他の子供たちにも同様の態度を取ったらどうしよう、不安でならなかった。

しかし、しかしである。彼の態度は完ぺきだった。小さい子には体を張って相手をし、自分より大きな子にも真摯(しんし)に対応する。スタッフの手伝いを進んでし、他の家族からの評判も上々だった。いったいどうしたんだ。何があったんだ、長男。

私は彼に問わずにはいられなかった。あんた、いったいどうしちゃったの、と。すると、長男は事も無げに「いや、ただみんなといると楽しいから」と言うだけ。

この時は肩透かしを食らったような気分であったが、それからの二男に対する長男の態度は少しずつ変わっていった。宿題を見てやったり、お使いに付き合ってやったり、気が付けば自然にそばにいる。接し方が一回り大きくなったようだった。二男の療育のためだったはずのキャンプが、長男の心の成長まで促してくれたのだろか。だとしたら、こんなにうれしいことはない。

現在の長男の目標としている進路は、キャンプを主催している大学へ入学することだそうだ。とにかくキャンプに携わりたい、という一心だ。その後の就職はどう考えているんだ、というツッコミをいれたいところではあるが、彼なりの目標は尊重し、応援すべきであろうと思う。たとえそれがいわき市から六百五十キロの離れたかの地であっても。

(2008年8月)