これでよかったんだ^^



ウィリアムズ症候群の女の子の作文(原文のまま。句読点のみ手を加えました)です。20歳を過ぎてから「愛の手帳:東京都の療育手帳」の申請を行なった時に感じたことを書いてくれました。

(2010年9月)

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私は昔から、他の人と何かが違うって思って生きてきました。私はこれまで、普通学校ででも、担任の先生に、養護学校に行けばと言われたらしいです。小さいころから皆が出来ることが、私にはできない。だからいじめや、悔しいばっかりの毎日が小中学校ありました。

高校時代は先生と恋人なんじゃないかといわれるくらい、毎日のように、電車の駅で待ち合わせして、高校まで通っていました。高校時代は1回だけ授業を抜け出して、友達が誘ってくれた、カラオケというのに挑戦しました。あんまし大勢で遊ぶのが苦手だった私は、あまのじゃくといわれていました。でもそれが私の性格であるのだと、思いました。

で、最近愛の手帳を知ったんです。就職に向けて、どおしても身体の手帳は私の場合、心臓を手術した後に、てちょうはいただいていました。障害者年金のことも話を聞きました。カフェの先輩にも障害者年金に、詳しい人がいたので聞いたら、私ももらえるはずだからってことで、申請したけれど全然駄目で、どおしたら、障害者年金頂けたりするのか、キャンプの仲間に聞きなよといわれて、聞いてやっぱり愛の手帳が大事なんだって思って今回、申請しました。うちの親が、昔はできないことやらせてごめんねって謝ってきたので、昔のお母さん怖かったよって言っちゃいました。審査の方はとても事務的な方で、怖かったです。何で今まで愛の手帳申請しなかったんですか?? こっちが先に決まってるでしょうという間隔で、私が道に迷ったこと何回もあるって言う話ししたら、そんなことで道なんか迷ったとはいえないよとかかなり怖い方でした。私が道に迷うっていうんだからそれでいいジャンって思ったけれど、怖かったので言いませんでした。

今回私はいろんな経験をしました。今までも、これからもずっとしていくとおもいます。後悔は全然無いです。前から私は、おとっているってわかってたから。何にしても知らないことばかりだったし。だからこれから知ればいいし、失うこともたくさんあるかもしれないけれど。でもウイリアムズ症候群は私の特徴だから、何度失敗したっていいじゃん。でもできない事は何でじゃなくて、気がついてあげてほしい。病院の先生に言われたことがある。Aちゃんの場合は好きなことを伸ばして上げて下さいって。アメリカにでもいきなさいなぁって小さいころいわれたのを思い出します。今でもその先生が好きです。

でも私は、家族の中で葛藤する日々がいっぱいあります。姉には何も言わない癖して、とか色々家であるので、それが葛藤してた時期があったんです。だからこそ、家族だからこそ理解をしてあげてほしい。私の親だって、理解はしてるかもしれないけれど、理解が足りないと思うこともあります。我侭なんだとは思うけれど、家族だから理解が大事なんです。まったく何でぃと思わず、他にこの子のいいところが無いかとか。自分の、お子さんが何がすきかを、見つけてあげてください。

私はもう21です。9月23で22です。私の言葉を参考にってわけじゃないけれど、実際体験してるから、親御さんには私の言葉が届いたら嬉しいなぁ。今の私はまだ未熟だから、もっと器をでかくして、がんばって考えて、話して、道覚えたりして、苦しんだときは親に言えるようにして、いけたらいいな^^。不器用だから隠しちゃうんだ^^;;。そういう傾向が二十歳くらいになると出てくると思うから過保護にならない程度に、見守ってあげてください^^。以上です。



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