ウィリアムズ症候群と欠失サイズ
Williams Syndrome and Deletion size
Kristen Dean MS, Genetic Counselor, Massachusetts General Hospital,
Barbara Pober MD, Physician, Massachusetts General Hospital for Children,
Lucy Osborn PhD, Associate Professor, University of Toronto, Canada
“Heart to Heart”, November 2007, Page4-6
ウィリアムズ症候群の診断に用いられる検査方法であるFISH検査についてはよく知られています。この検査はプローブ(特殊な顕微鏡の下で光るように蛍光が付加されたDNA小片)と被検査者の染色体を結合させて、エラスチン遺伝子とその近傍のDNAが第7染色体の片方から欠損しているかどうかを調べます。
FISH検査でウィリアムズ症候群の診断を確定できますが、欠失したDNAの大きさに関する情報は得られません。それでも、ウィリアムズ症候群患者の欠失領域の大きさは本質的に同じなので、FISH検査は診断用の検査として最も一般的に利用されています。
ウィリアムズ症候群の遺伝子に関する研究が進展したことで、今ではウィリアムズ症候群患者一人ひとりの欠失の大きさをより詳しく(塩基対あるいはDNAコードの文字で数千個レベルで)知ることが可能になりました。最近になってウィリアムズ症候群関係者の間では、ウィリアムズ症候群患者一人ひとりに対してその欠失サイズを確認する検査を行うべきかどうかという議論がありました。我々のこの質問に関する答えは「いいえ」です。この問題に関して以下に最新の科学的状況を述べて解説します。
共通的な欠失
ウィリアムズ症候群の原因となる欠失は精子や卵子が減数分裂(各染色体の2本のコピー同士がDNA断片をお互いに交換するプロセス。このプロセスがあるために我々は同一のDNAを受け継がないのでまったく同じ人間にはならない)の際に発生します。第7染色体のウィリアムズ症候群領域には、非常に似ているDNA領域が存在しており、たまに染色体の「誤整列」が起こる、すなわち正しい対を作れないために、ある染色体領域が失われ(時には二重になり)ます。この部分の染色体遺伝子的構造の特徴から、ウィリアムズ症候群の患者から欠失しているDNA断片は誰でもほぼ同じになります。
「ほぼ同じ」という言葉を用いたのは、個人個人の欠失の先頭と最後が少し異なっているので、2つの遺伝子(後で述べます)を除けば全員同じ遺伝子群が欠失しているからです。ウィリアムズ症候群領域にある欠失の約95%は、非常によく似たDNA断片内(図中のBブロック。【訳注:図は省略】)に断点が存在します。残りの5%は少し欠失サイズが大きく、Bブロックとは異なっている同じようなDNA断片(Aブロック)内で発生します。「共通的な欠失」という用語はAブロックとBブロックの両方の欠失を含んでいます。
「共通的な欠失」の大きさの違い
サイズが大きいAブロック欠失と小さいBブロック欠失ではその影響に大きな違いがあると思われるかもしれませんが、全般的に両者に大きな差はありません。
ウィリアムズ症候群患者全員から共通して26個の遺伝子が欠失しています。しかし、Bブロック欠失を持つ患者の精密な欠失断点には変異があることから、さらに2つの遺伝子が欠失するか存在するかの違いがあります。2つの遺伝子とはNCF1とGTF2IRD2です。
欠失の大きさを知ることは大切でしょうか?
NCF1とGTF2IRD2はAブロック欠失を持つ患者では必ず欠けていますが、Bブロック欠失の患者では欠けていない場合もあります。2006年に行われた研究の中で、NCF1やGTF2IRD2が欠けているかどうかでウィリアムズ症候群の臨床的特徴を比較しました。この調査研究によれば、欠失にNCF1が含まれていない患者において高い血圧(高血圧)の頻度が高いというたった一つの相関だけが見いだされました。
この研究結果からは、ウィリアムズ症候群の患者は医学的症状や発達障害がかなり変化に富んでいるものの、欠失の大きさではこれらの変化を説明できません。言い換えると、ウィリアムズ症候群はほとんど同じ大きさの遺伝子欠失があってもその症状は大きく異なる可能性があり、その差異は欠失遺伝子とは別の要因に由来する可能性があります。
小さな欠失
ウィリアムズ症候群領域にある欠失が共通的な欠失より小さい患者が存在するという報告があります。小さな欠失を持った患者の数はとても少なく、確認されている患者数は25人以下です。
小さな欠失の患者から失われている遺伝子の数は各患者で同じではありませんが、全員に共通してエラスチン遺伝子は欠けています。最も小さい欠失(エラスチンだけの欠損、そしてそれに隣接する1個あるいは2個の遺伝子も欠けている可能性がある)を持つ家族内では、SVAS(大動脈弁上狭窄症)はありますがそれ以外のウィリアムズ症候群の症状はみられません。しかし、共通的な欠失サイズより小さい数家族(つまり、失われた遺伝子の数は26個より少ない)でも、典型的なウィリアムズ症候群の症状のすべて、あるいは大部分を有する症例も存在します。後者の患者の場合、医学的処置とその予後は典型的なウィリアムズ症候群患者と同じにするべきです。欠失のサイズが小さく、かつウィリアムズ症候群の典型的徴候がみられない患者の場合、医学的処置とその予後は同じではありませんが、患者数や遺伝子の機能に関する知見が少なすぎて、確実なガイドラインは提示できません。
大きな欠失
共通的な欠失より欠失サイズが大きい患者が存在するという報告もわずかながらあります。欠失サイズが大きいウィリアムズ症候群患者のDNAサンプルを積極的に集めています。複数のウィリアムズ症候群研究センター、イギリスやカナダの研究拠点から得られたサンプルと我々の症例を合わせても、サイズが大きい患者は25人しかいません。
欠失サイズが大きい患者は医学的症状や発達障害は重症であることが多いように思われ、欠失サイズが大きいのではないかと担当する遺伝医が疑いを持った結果欠失サイズに関する検査を受けることが多いようです。欠失サイズが共通的な欠失に比べてかなり大きい場合、点頭てんかんや稀なてんかん発作を非常に幼い時期から起こす可能性があります。このような付加的な症状が幼い時期から発生した場合は、臨床的治療方法は欠失の大きさに基づくのではなく、症状の種類によって決定すべきです。(強調しておくべきことは、共通的な欠失の子どもの場合、一般の人と比べててんかんを起こす危険度は高くないことです。点頭てんかんタイプの発作を起こすリスクは欠失サイズが大きい患者に限定されているように思えます)。
欠失サイズ検査の実用性
最近は遺伝子的なウィリアムズ症候群診断は2種類の方法で実施されています。伝統的なFISH検査は今でも最も広く利用されています。FISH検査の利点はどこでも利用可能であることと、比較的経済的であることです。一番大きな欠点はFISH検査がエラスチン遺伝子だけを対象にしているため、欠失が典型例なのか非典型例(大きいか小さいか)なのかはわからないことです。FISH検査の結果が陽性でウィリアムズ症候群であることを示唆している場合、臨床的カウンセリングや治療目的で追加的な遺伝子検査を受けることはお勧めしません。エラスチン遺伝子以外にはその機能を理解している遺伝子がないからです。しかし、ご家族の中には正確な断点を調査することを目的とした研究的検査に参加したいとお考えの方もおられるでしょう。この研究から得られた知見は将来カウンセリングや治療に役立つ可能性があります。
ウィリアムズ症候群診断に用いられる2つ目の方法はもっと複雑な検査です。診断検査機関において、ウィリアムズ症候群領域内でどの程度のDNAが存在し欠失しているかを調べる新しい検査方法が利用可能になっています。この検査は次に述べる2種類の方法のどちらかで行われます。「定量的PCR法(quantitative PCR)」と「CGHアレイ(array based comparative chromosomal hybridization:CGHあるいは染色対マイクロアレイとも呼ばれる)」です。これらの手法がうまく機能するかどうかは用いられるプローブで決まります。エラスチン遺伝子が2本のコピー上に存在する(正常)か、片方にしかないか(ウィリアムズ症候群に見られる状態)の検査は比較的容易です。なぜならこの遺伝子のDNA配列は独特でありヒトゲノム上のほかの部分には存在しないからです。しかし、NCF1やGTF2IRD2のような遺伝子を同じ手法で検査することは不可能です。これらの遺伝子は正常な7番染色体上には3個以上存在するため、現在利用可能な検査方法ではその中のどの遺伝子が欠失しているかはわからないからです。これらの新しい検査方法を使えば欠失サイズに関してより詳しい情報を得ることはできますが、個人毎の正確な大きさを知ることはできません。今時点では、大学などの研究室で行われている特別な検査方法だけしか欠失の正確な大きさを計測できません。
どの方法を利用してウィリアムズ症候群の確定診断を行ったとしても(そして、検査が病院で行われたか大学などの研究機関で行われたかにかかわらず)、どのウィリアムズ症候群患者であろうとその症状の程度を予測することは不可能です。遺伝子検査の結果に基づいて、ウィリアムズ症候群では「軽度」であるとか、「典型的な」ウィリアムズ症候群であるというような判断はできません。我々は今後の研究成果を利用によって、この問題を解明できるという希望を持っています。
まとめ
今現在の状況から考えて、典型的なウィリアムズ症候群の症状を有している患者の場合、正確な欠失サイズを知ることには便益はないと感じています。というのは、我々はエラスチン遺伝子以外にその機能を理解している遺伝子がないためで、欠失の大小によって臨床的対処方法を決められないので、個人個人の欠失サイズを知ることは時期尚早です。典型的な欠失サイズのウィリアムズ症候群患者の中でさえ、その臨床的症状の有無とその程度には大きなばらつきがあるので、我々は欠失サイズに基づく症状の予想をする前に、取り組むべき研究テーマがあります。現在我々はまだ遺伝子そのものよりも症状を対象とする段階にあり、まだしばらくの間はこの段階に留まっていると思います。
(2008年1月)
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