Lucy Osborne : The Hospital for Sick Children, Quebec, Ontario
WS ではエラスチン遺伝子が欠失していることはよく知られています。しかし、7
番染色体の 7q11.23 にあるエラスチン遺伝子に隣接するその他の遺伝子はどうなってい
るのでしょうか。また、どうして7番染色体のこの部分が欠失しやすいのでしょうか。
Dr.Osborne が、この疑問に答えてくれます。
WS におけるエラスチンやその周りの遺伝子の欠失は、減数分裂の際にDNAの繰
り返し配列部分の分離がうまくいかないことによっておこります。減数分裂は卵子や精子
を作るときの細胞分裂の中の1プロセスです。このプロセスで発生したエラーが、欠失を
子供に伝えることになります。人間の遺伝子はすべて2本が一組になっています。つまり、
遺伝子は2本ある DNA の鎖のそれぞれにひとつずつ乗っています。言い換えると、遺伝
子セット(ゲノム)には、遺伝子のコピーが2つずつ存在します。それぞれの遺伝子のコ
ピーは対立遺伝子と呼ばれ、この遺伝子の配列の違いが人ひとりひとりの違いを産みだし
ます。私たちの遺伝子は子供に引き継がれていくので、子供達は両親に似ているのです。
DNA の鎖の上で対立遺伝子が混ぜ合わされる組み合せは数多くありますが、これが子供
達の外観の違いにつながります。混ぜ合わせる方法の一つに交叉があります。交叉は、ペ
アになった染色体同士の間で遺伝子情報の交換が行われるものです。エラスチン遺伝子の
両側には DAN の長い繰り返し配列があるために、交叉の際に DAN の鎖同士が間違って
配置されてしまい、不等交叉につながると考えられています。この結果、DAN 鎖の一本
は余分な遺伝子のコピーを持ち、他の一本は遺伝子のコピーがなくなります。この現象は
偶然発生し、ふたたびおこる可能性は非常に小さいものです。DAN鎖上の遺伝子の欠陥が
卵子か精子に出現し、それが子供に受け継がれると、その遺伝子は失われたままになりま
す。子供は、DANのコピーを母親と父親から一本ずつ受け取るので、失われた遺伝子につ
いてはコピーを一つしか受け取れません。WS の場合、7番染色体の q11.23 の位置に大
きな欠落部分があります。この部分の遺伝子が一つしかないことが、正常な発達をさまた
げていると考えられています。WS では遺伝子(複数)の欠失が、WS の子供達の特徴的な
外観や行動に結び付いています。WS では、いくつかの遺伝子が欠失しています。エラス
チン遺伝子の欠失は、関節や血管の発達を妨げている一方、RFC2(Replication factor C
subunit 2)の欠失はDNAの複製に関する問題を引き起こすと考えられています。その他の
遺伝子(例えば RNA結合タンパクのような)の欠失の影響はわかっていません。
別の欠失遺伝子は、WS の行動面に影響を与えていると思われます。Lim Kinase 1
はWS で欠失していますが、WS の患者の空間視認識の障害に関係していることがわかっ
ています。この遺伝子が WS の視空間認識の障害に与える影響度合については解明されて
いない部分があります。というのは、同じ欠失を持ちながらも WS ではなく、視空間認識
の障害も持っていない人達がいるからです。彼らは大学に行くだけの能力があります。
Frizzled 3 と呼ばれ、第7ファミリーに属する遺伝子も、 WS では欠失している場合が多
く見受けられます。この遺伝子は、発達段階における信号伝達を受け持つ膜透過受容体を
形成すると考えられています。脳の中で非常によく発現しますが、眼・骨格・筋肉・腎臓
でも見つかっています。この遺伝子は、初期段階の中枢神経系の発達に関るタンパク質信
号である Wnt1 をコードしている可能性があります。Syntaxin IA(STX IA) が欠失してい
る WS 患者も見つかっています。これは神経細胞特異タンパク質ファミリーの一つで、神
経細胞間の神経伝達物質の伝達に関っています。実バエでは、この遺伝子を完全に欠失さ
せると致命的です。STX IA を部分的に欠失させると、ハエは正常ですが卵から出てこれ
なくなり死んでしまいます。ネズミでは、SNAP-25 と呼ばれる、似たような遺伝子の欠
失が多動を引きおこします。これらのモデルから、STX IA の片方の欠失が、WS の不安
感やADHD(Attention Deficit Hyperactivity Disorder:注意欠陥/多動性・衝動性障害)
やその他の行動面に影響を与えていると考えられます。
我々が見たところでは WS の患者のおよそ90%は、言語や聴覚記憶能力に比べる
と、視空間構築能力が著しく劣っている。しかし、視空間構築能力テスト結果の絶対的レ
ベルは大きくばらついている。WS の人のうち約 10% は、発達能力検査(Developmental
Ability Scales:DAS)のパターン構成において、正常範囲(2 パーセンタイル以上)のス
コアを示す。彼らは、たくさんのブロックパターンを正しくコピーできるが、たいへん時
間がかかる。対照的に、WS の人の 25% は、正常範囲の IQ を持っている。視空間構築
能力テストで正常範囲のスコアの人は、全員正常範囲のトータルIQを持っている。この
人々全員が DAS で示される WS の認知特徴に合致しており、Lim-Kinase1 の片方の欠
失をもっている。このグループのうち、2人は短大の普通コースに通っている。
WS 領域に微小欠失を持ちながら WS の症状を持たない、というパターンも発見し
ている。これまでにこの範疇に属するひと4人に会っており、一人を除いて全員が、DAS
で示される WS の認知特徴に合致している。4人全員が正常な知性を持っている。大部分
は正常範囲のパターン構成能力を示すが、DASの言語や聴覚記憶テスト等の結果と比較す
ると著しく低い。彼らは多くの(ときには全部)のブロックパターンを完成させられるが、
終えるまでに長い時間が必要である。彼らは、立体構築問題に取り組む時には、最初に言
語的戦略を取る。つまり彼らの課題を実行する間中、各パターンを完成する為に必要な手
順を言葉にして話し続ける。幼い子供達はこの言語的戦略が発達していないために、ブロ
ックパターンの大部分(あるいは一つも)を作り上げられない。このグループの大人の何
人かは大学に通っている。つまり、WS を持つ人のうち能力の高いグループと、WS では
ないけれどもLIM-K1を含む微小欠失を持っているグループのデータは一致する。彼らは
WS を持った人よりパターン構成課題をうまくこなせるが、視空間構成能力は言語や聴覚
記憶能力に比べて著しい劣っている。LIM-K1 の半接合のために、大学に入学できなくな
ることはない。この欠失をもった能力の高い人々は、空間構築課題を言語的にこなす能力
を持っている。平均あるいはそれ以上の IQ を持った人達は大学に行くこともできる。数
は少ないけれども、WS(LIM-K の欠失も確認されている)であることが確実な人の中に
も、言語や聴覚記憶能力よりもパターン構成能力のほうが高い人がいるという事も重要で
ある。このように、LIM-K の半接合はすべての人にとって同じ影響があるわけではない。
別の遺伝子との相互作用や、生育環境がLIM-K の半接合の表現型に影響を与えている可
能性がある。
まとめると、欠失部分が小さい人の方が、大部分の WS の人より視空間構成能力に
関する障害が少ないという、WS に関する発見は、IQ の高い人のほうが IQ の低い人よ
り障害が少ないということを予想させる。 視空間構成に関する障害それ自体だけで、大学
に行けなくなる事はない。これらの発見は、LIM-K1 が視空間構成に影響を及ぼすことを
否定しているわけでなない。その他のたくさんの遺伝子(と個人の環境)が知性にとって
重要であり、これらの遺伝子や遺伝子間の相互影響が、LIM-K1の半接合によって引き起
こされる視空間構成障害を部分的に補っていると考えておけばよい。
Carolyn Mervis, Ph.D.
Colleen Morris, M.D.