遺伝学とウイリアムス症候群
アイルランドのウイリアムス症候群協会の年次会合におけるメトカーフ医師の講演内容で、
アメリカのWSAの会報に掲載されたものです。
(1998年7月)
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GENETICS AND WILLIAMS SYNDROME
Dr Kay Metcalfe - Research registrar
in Clinical Genetics St Marys Hospital, Manchester, England
Heart to Heart Volume 15 Number 1, May 1998, Page 3 - 4
最初に、人間の発生と遺伝学に関する基本をお話します。我々人間の生命は、受精卵
というたった一個の細胞から始まります。受精卵は分割を繰り返して何百万個もの細胞に
なり、整然と体の構造を作り上げます。これらの細胞はどのような制御を受けて、心臓や
脳や四肢を形作るのでしょうか。受精卵には必要な司令が全て備わっていて、細胞分裂す
る毎に複製されていきます。この司令は遺伝子の形で蓄えられています。遺伝子はDNAで
構成されています。DNAは非常に長い「ひも」のような分子で、折れ曲がり螺旋状にたたま
れて染色体の中に詰め込まれています。ひとつひとつの染色体にあるDNAは数百の遺伝子
を含んでいます。すべての遺伝子はDNAで構成されていますが、すべてのDNAが遺伝子で
はありません。実際、DNAの大部分は「ごみ」なのです。
人の受精卵は46本の染色体を持っています。内訳は、精子から23本、未受精卵から
23本です。ウイリアムス症候群では、一続きのDNAが7番染色体の片方から抜け落ちて(欠
失)います。この7番染色体は、精子から来ることもありますし、未受精卵から来ること
もあります。
遺伝子は、どのような蛋白質が細胞の中で作られるかを決定する機能を果たします。
人は、およそ5万種類の蛋白質を持っています。すべての遺伝子がすべての細胞の中で機
能するわけではないので、すべての細胞がすべての蛋白質を含んではいません。遺伝子は
人の発達に応じて時と場所を変えながら、オンになっりオフになったりします。
DNAは、あらゆる蛋白質を作るための指令を保存している巨大な図書館だと考えること
ができます。さらにDANは、どの蛋白質を、いつ、どこで作るかの制御も行っています。
DNAには、ある蛋白質の取り扱いについての命令、つまり、取り出し方や読み方といった「図
書館利用ルール」も含まれています。
蛋白質が適切な時期や正しい場所で作られなかったり、構造に欠陥があったり、作ら
れる量が少なすぎたり多すぎたりすると、発達異常が起こります。
DNAはA,C,T,Gという4種類の基本単位(ヌクレオチドあるいは塩基)の列から
なっていて、つながる順番がコードになっています。
例:GCTTCCTAGGACCCCTGACTACGACCTTAGGATCAGTAGACATAGCAGGTT
ウイリアムス症候群では、欠失部分の基本単位の数は2百万個ほどです。エラスチン
遺伝子(遺伝子としては大きいものです)は塩基45,000個の長さです。
FISH テスト
ウイリアムス症候群の欠失は小さすぎるため、普通の染色体テストでは見えませんが、
FISHテスト(Fluorescent in-situ hybridization)ならば見つけることができます。FISH
テストは、エラスチン遺伝子が存在するかどうかを調べるものです。
エラスチン遺伝子に適合するDNAの断片に、蛍光染料で目印をつけます。これが染色
体と混合されるとエラスチン遺伝子にくっつき、特殊な顕微鏡下で蛍光染料による発光が
観察されます。光っていれば遺伝子が存在していることが、光が見えなければ(遺伝子を
含んだ領域が失われているため)遺伝子が無いことがわかります。エラスチン遺伝子はウ
イリアムス症候群の欠失領域のほぼ中央に位置するため、エラスチン遺伝子が存在すれば
ウイリアムス症候群ではないと言って間違いないでしょう。
ウイリアムス症候群にはどのような遺伝子が関係しているのか。
ウイリアムス症候群で欠失している遺伝子すべてが重要ではありません。というのは、
遺伝子の多くは、コピーが一つあるだけでまったく正常に機能するからです。酵素をコー
ドしている多くの遺伝子は、片方あれば十分です。それ以外で、特にエラスチンなどの構
造蛋白質(体を形作る蛋白質)を作る遺伝子は、コピーが一つしかないと問題がおきます。
エラスチン(Elastin)遺伝子
エラスチン遺伝子は蛋白質であるエラスチンを作ります。エラスチンは、心臓や皮膚
や血管や肺などの弾力性のある(エラスチックな)器官を作るのに重要な働きをします。
ウイリアムス症候群のように片方の遺伝子がなくなってしまったり、遺伝子に変異があっ
て正常なエラスチンが作れないなどの原因で、十分な量のエラスチンが存在しないと、大
動脈弁上狭窄(SVAS)になります。SVASが重い人もいれば、SVASが軽い人から心臓は正常な
人までが存在する理由はまだわかりません。
同じ遺伝子欠陥を持ちながらSVASの症状に差が見られる家系をいくつか観察していま
すが、別の染色体上の他の遺伝子がSVASの程度を変化させていると考えることが妥当だと
思われます。皮膚等の器官におけるエラスチンの欠如が、ウイリアムス症候群の人にヘル
ニアが多い理由であろうと考えられます。エラスチンの欠如は、ウイリアムス症候群の容
貌とは関係ないと考えています。エラスチン遺伝子が欠失していてSVASを持っているのに、
ウイリアムス症候群の特徴的な容貌をしていない人々(ウイリアムス症候群ではない)を
幾人か診ています。
LIM-kinase遺伝子
LIM-kinaseの機能に関しては、いろいろな議論があります。Keating 達(アメリカ)は、
ウイリアムス症候群の空間視障害の原因になっていると考えています。我々はエラスチン
とLIM-kinaseの両方が欠失しているウイリアムス症候群ではない3家族を調査しました。
1家族につて広範囲にわたるテストを行いましたが、彼らは視空間能力に関しては、平均以
上の成績でした。他の家族についても近いうちに調査したいと考えています。我々は、こ
の遺伝子は、ウイリアムス症候群の症状に重要ではないと考えています。
RFC2 (replication factor C subunit 2)
DNAの複製に関っていますが、ウイリアムス症候群において役割があるかどうかわかっ
ていません。
Syntaxin
神経細胞は、神経末端の嚢から神経伝達物質とよばれる化学物質を放出することで信
号を送ります。化学物質は、わずかなすきまを横切って連鎖している隣の神経細胞に到達
し刺激を与えます。Syntaxinは、化学物質が嚢から放出されるしくみに関係しています。
ウイリアムス症候群の障害に関連しているかどうかは判明していません。
"Frizzled"
治ることはありますか? 遺伝子療法の可能性は?
我々が現在持っている知識からすると、ウイリアムス症候群が「治る」ことは不可能
に近いでしょう。しかし、我々が生きている間にも技術の進歩は目覚しいものがあるので、
将来はどうなるかわかりません。同様に、失われた遺伝子断片を元に戻すということも実
現不可能でしょう。しかし遠い将来には、欠けてしまった遺伝子や、その遺伝子が作り出
す物質を置き換えることが可能になるかもしれません。ウイリアムス症候群における問題
は、胎児が発育するときにすでに異常が発生していたり、その芽が作られているために、
生れた後に元に戻せないことです。
例えば、カルシウム異常に関連している遺伝子(仮にあったとすれば)のように、生
れた後も重要な機能を果たしている遺伝子もあります。これらに関しては治療は可能でし
ょう。またまた遠い将来の話ですが、脳の器質的構造の修復は無理としても、脳内の化学
物質の放出に関するしくみが判明すれば、それを修復することは可能かもしれません。
あなたが子供を変えたいと思おうと思うまいと、無条件に愛することは別の問題なの
です。
ウイリアムス症候群の子どもが産まれることを防げるのですか?
高リスクの妊婦を見つけ出せるような血液検査法が開発されない限り不可能でしょう。
羊水穿刺にもFISHテストは適用できますが、羊水穿刺が持つ正常な赤ちゃんを流産させて
しまうという危険性と、ウイリアムス症候群の子どもを持つ確率が非常に小さいことを考
え合わせてみると、この方法は一般的な人々にとっての選択肢にはならないでしょう。
ウイリアムス症候群の子どもが生まれることにつながる危険因子は、今の所見つかっ
ていません。7番染色体の特徴として、特定の位置で切れやすいということが原因と思わ
れますが、欠失がある家族で出現する理由については判明していません。
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