先天性心疾患の分子生物学



門間 和夫、松岡 瑠美子
東京女子医科大学循環器小児科
日本小児循環器学会雑誌 15巻3号 430〜435ページ(1999年)

ホームページ上で公開さ れていました。

(2001年8月)

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要旨

先天性心疾患の成因解明を目指して心臓の発生を司る遺伝子群の研究が進んでいる.心 臓発生の各段階に各遺伝子が限局性に順次発現して,細胞の分化,増殖をprogramして いる.先天性心疾患を合併する22q11.2欠失症候群とWilliams症候群(染色体7q11.2 欠失)の染色体部分欠失が末梢血リンパ球とそれぞれの染色体上のprobeを用いたFISH 法で診断できるようになり,欠失遺伝子の解明が進んでいる.22q11.2欠失症候群では神 経堤細胞の遊走あるいは機能の異常から主にConotruncusの先天性心疾患が生じる.即 ちFallot四徴症,総動脈幹症,大動脈弓離断などである.一方でChick-Quail Chimera の実験とRetrovirus Lac Z組み込み細胞の追跡実験から神経堤細胞の分布が解明された. 正常のConotruncusの発生ではendothelin 1遺伝子,d-Hand遺伝子,UFD1L遺伝子がこ の部分で順次発現していて神経堤細胞の作用を助けており,UFD1L遺伝子のみが22q11.2 に位置することが判明した.家族性の心房中隔欠損を生じる遺伝子としてHolt-Oram症 候群遺伝子とCSX/NKX-2.5が今までに同定された.Polysplenia,Asplenia(Situs ambiguus),Situs Inversus,Corrected Transpositionなどを生じうる遺伝子がいくつ も発見されはじめた.各先天性心疾患を生じる遺伝子は多数存在する様である.

(途中省略)

2 .Williams 症候群

Williams 症候群は大動脈弁上狭窄,末梢肺動脈狭窄,特異顔貌,精神発達遅延,外 交官気質,しわがれ声,などの症状を呈する症候群である.通常は散発例である.Williams 症候群が7 番染色体長腕q11.23 の欠失(deletion )によること,この欠失部分にelastin 遺伝子が含まれていることが,1993 年に確定した.

東京女子医科大学ではWilliams 症候群32 例のWSCR probe を用いたFISH 検査を 行い,全例に7 q11.23 の欠失を証明した.80 %に大動脈弁上狭窄があり,半数に末梢 肺動脈狭窄が合併していた.

Williams 症候群ではelastin 遺伝子の半接合体欠失のため,elastin 蛋白の形成不 全があると考えられている.これに相当する組織所見として,大動脈弁上狭窄症では弾 性線維の断裂,乱れ,減少があり,代償性に膠原線維の増加,平滑筋線維の肥大がある.

Williams 症候群とは別に常染色体性優性遺伝をする大動脈弁上狭窄症が知られてい たが,1993 年に至り,この場合もelastin 遺伝子の突然変異によることが判明した.こ の場合のelastin 遺伝子異常には転座による断裂と遺伝子内欠失があり,それぞれ短い elastin 蛋白が作られる.これらの家族発生例では心疾患があるがWilliams 症候群の他 の症状は合併しないか,極く軽い.

Williams 症候群の脳神経異常を生じる遺伝子はelastin 遺伝子とは別に染色体7 q 11.23 にあると考えられている.本症候群で欠失している遺伝子の中で,脳の形成と機 能に関係する遺伝子としてLIM Kinase 1 遺伝子とSyntaxin 1 A 遺伝子が注目される.



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