肺動脈分枝狭窄症
肺循環の異常:肺高血圧症
Pulmonary artery branch stenosis
田邉 信宏
千葉大学大学院医学研究院 加齢呼吸器病態制御
別冊 日本臨床 新領域別症候群シリーズ No9:呼吸器症候群(第2版)U、288-292ページ
1.概念・定義
肺動脈分枝狭窄症(Pulmonary artery branch stenosis)は肺動脈幹やその末梢肺動脈(細少肺動脈を除く)に狭窄をきたす疾患である。先天性心疾患の合併があるものが2/3、合併のない純型(isolated)が1/3とされ、先天性心疾患の2-3%に合併するとされる。狭窄部位により種々の名称で呼ばれており、肺動脈縮窄症(pulmonary artery coarctation)、あるいは弁後性または弁上部狭窄症(postvalvular or supravalvular stenosis)、末梢性肺動脈狭窄症(peripheral pulmonary artery stenosis)などがあるが、すべて一連の疾患群である。
2.病因
病因としていまだ不明な点が多いが、家族性の因子や染色体異常などのほかに母体妊娠中の風疹罹患が誘因と考えられる報告が多く、先天性疾患と考えられている。心臓カテーテル検査の発達に伴い、米国では1950年代以降、周期的に繰り返す風疹の大流行で本疾患の存在が注目され、多くの報告がなされた。わが国でも1963年に服部、山口らにより最初の報告がなされ、純型肺動脈狭窄症が2,000例の心臓血管造影中7例と決してまれではないことが報告された。その後、米国では1969年より、我が国では1976年より風疹の定期予防接種が導入され、大規模な流行が少なくなり風疹胎内感染に伴う本疾患の発生は少なくなっていると考えられる。先天性風疹症候群のほかにも、Williams症候群(弁上部大動脈狭窄、多発性肺動脈狭窄症、精神発達遅滞、妖精様顔貌を呈する)、Alagille症候群、Ehlers-Danlos症候群、Noonan症候群などの病態の一つとして本疾患の報告も認められる。また、本疾患の約60%で様々な心疾患の合併(Fallot四徴症、肺動脈弁狭窄症、心房中隔欠損症、心室中隔欠損症、動脈管開存症など)が存在するという報告がある。
本症および関連疾患の異同は、肺動脈の発生の理解によって明確になる。発生学的に肺動脈は4つの胎生原基からなる。
- 肺動脈弁直上の肺動脈幹球部は、心原基(bulbus cordis)より発生し、この部位の狭窄性病変は、肺動脈弁狭窄となり、本症とは区別される。
- 球部より末梢の肺動脈幹は、総動脈管(truncus ateriosus)よりつくられる。この部位に狭窄ができたものを肺動脈弁上部狭窄症と呼ぶ。
- 左右主肺動脈から肺動脈枝は、第6鰓弓(sixth branchial arch)から発生する。したがって、末梢型の肺動脈狭窄症はこの部位の障害に起因する。
- 更に末梢の細動脈以下の肺動脈は、肺原基(lung bud)のpost-brachial plexusより形成され、この部の多発性狭窄は原発性肺高血圧症の一因とも考えられる。
以上より本症は、総動脈管から第6鰓弓の発生異常によると考えられる。
中略
5.治療と予後
治療として心奇形合併や中枢側のみの肺動脈分枝狭窄症では積極的に外科的手術(バイパス術やパッチ使用)が施行される。多発性、末梢性肺動脈分枝狭窄症では、肺内部に複数の閉塞領域が存在し、閉塞部遠位の肺動脈枝が形成不全をきたしていることから、外科的手術が適応となることはまれである。しかし、小児循環器科領域では症例により、併存する心疾患に対する外科的手術とともに最近では、肺動脈狭窄部位への経皮的バルーン血管形成術や血管内ステント留置術を行う報告がみられる。バルーンによる拡張術は、50%以上の血管径の増加、20%以上の血流の増加、20%以上の右室収縮期圧/大動脈圧比の低下などによって、有効と判断される。全症例では70%に改善が見られたが、純型のものでは50%との報告もみられる。バルーン拡張術の合併症としては、肺動脈破裂による出血、喀血、肺水腫、血管の閉塞、肺動脈瘤、などがあげられるが、最近では死亡率の低下がみられている。ステント留置は、バルーン血管形成術に不応性の例あるいは血管損傷例などで有効とする報告がみられるが、小児例に対する長期効果、安全性などは明らかではない。一方、成人例では肺高血圧症がプロスタサイクリン持続静注療法により改善したとする報告もある。
狭窄が軽度から中等度で無症状なものは、予後も良好であるが、多発性の末梢狭窄を認めるものでは、肺高血圧症が進行し、予後が不良となる。感染や狭窄後拡張部(動脈瘤様部位)の血管壁が薄い部位の肺動脈破裂による喀血死の報告もあるが、主に二次的な血栓形成による肺高血圧の進行程度が予後に関与するといわれている。
(2009年4月)
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