心筋梗塞を合併した大動脈弁上狭窄症の1例



本間 哲・大塚 宏子・数間 紀夫・伊藤けい子・李 慶英・浅井 利夫・村田 光範
東京女子医科大学附属第二病因 小児科
東女医大誌 第67巻 臨時増刊号 E81-E85ページ 1997年7月

緒言:
大動脈弁上狭窄症は、単独の疾患として、またはWilliams症候群の部分的症状とし て認められることが知られている。さらに大動脈弁上狭窄症は、心筋梗塞発作を起こす 危険のあることが知られているが、心筋梗塞発作を起した奨励の報告は意外に少ない。 私共は心筋梗塞を合併した大動脈弁上狭窄症を有するWilliams症候群の症例を経験した ので報告する。
症例:
省略(9ヶ月の男児。突然の嘔吐、発熱、顔色不良が認められた。)
考察:
1961年にWilliamsらは精神発達障害、特有の顔貌(妖精様顔貌)、大動脈弁上狭窄症 (supravalvular aortic stenosis:SVAS)を特徴とした4例の散発例を報告した。その後、 同様の症例の報告が集積されるにつれ、次第にWilliams症候群の臨床的概念は拡大した。 PreusらはWilliams症候群の客観的診断のためのスコア表を作成し、診断に有用であっ たと報告している。また、最近では、遺伝子型と表現型のlinkage analysisの結果、7番 染色体長腕上(7q11付近)のDNAマーカーがWilliams症候群を含むSVASと関連してい ることが知られている。

Williams症候群の概念が拡大し複雑化する一方、古典的Williams症候群は、臨床上 依然重要な疾患単位であり、しかも診断が困難である例があることも多い症候群である と認識されている。精神発達障害、特有の顔貌(妖精様顔貌)、SVASを認める古典的 Williams症候群が臨床上重要である理由として、(1)心筋梗塞による突然死が知られてい ること、(2)SVASは進行性の病変であり、狭窄は成長とともに相対的に高度となり、圧 較差が経時的に増大することが挙げられる。またWilliams症候群の診断が遅れがちにな る理由としてMorrisらは、(1)加齢とともに特徴的な顔貌となる、(2)無症候性のため心 雑音は無害性と診断されやすい、(3)発達面の遅れは見逃されやすいことなどを挙げてい る。

本報告は、初めに心エコー検査にてSVASと診断され、その後経過観察中に徐々に 特徴的顔貌が明らかになり、軽度の発達障害もみられたため、Williams症候群と確定診 断した。心エコー検査を日常的に行うことが、SVASひいてはWilliams症候群の早期診 断に寄与していたのは明らかである。しかし、心雑音が診断の契機となっており、臨床 的所見を注意深く観察することは早期診断上、さらに重要であることはいうまでもない。

SVASに伴う心筋梗塞の原因については諸説ある。中でも代表的な説として、大血管 の発生に関係のある心筋層の異常が冠状動脈の発生学的な異常を同時に伴う可能性があ り、冠状動脈の形成異常が先天的に生じるという、系統的な血管の形成異常を原因とす る説が挙げられる。本性例はSVASに僧坊弁閉鎖不全症、末梢性肺動脈狭窄症を合併し ており、心血管造影検査上、左冠状動脈の低形成も疑われていることから、心血管系の 系統的な形成異常が疑われた。その他に、狭窄部より近位での収縮期圧の上昇による冠 状動脈の二次的な変化と考える説があり、OgdenらによるSVASに冠状動脈の拡張を伴 う5例の報告はこの説を支持するものである。また、SVASは大動脈弁の奇形を合併する ものがあり、それが冠状動脈の起始部を閉塞すると考える説もあり、Allenらによる、左 冠状動脈起始部の閉塞を認めるSVASの報告はこの説を支持する。本症例は7ヶ月時の 心血管造影検査上、狭窄部の圧較差は25mmHgであり、収縮期圧の上昇により二次的に 冠状動脈に変化が生じたとは考えにくい。また、大動脈弁の形態は正常であった。

本症例は心エコー検査上、左心室前壁の心室瘤様の所見とその部分の壁運動の障害 の所見が認められたが、駆出率は左室短軸方向でGibson法により算出したところ68% であった。この方法は部分的な心筋の運動障害がある場合、心機能が十分に反映されに くい。しかし病変部以外の左心室の収縮は良好であり、代償性に心機能は保持している と考えられた。また、瘤が右室側に突出してみられたのは、左右両心室の圧較差のため と思われた。入院の二ヶ月前に行った心臓カテーテル検査では、末梢性肺動脈狭窄を認 めたものの、右心室圧は110/0mmHg(mean 50mmhg)、左心室圧は125/5mmHg(mean 55mmHg)であった。

本症例では心エコー検査上の所見が、心筋梗塞と診断した最も有力は根拠となった。 心筋逸脱酵素の上昇と心電図上の変化がその裏付けとなった。しかし、一般に幼少児の 心筋梗塞は非常に稀であり、臨床症状も多彩で非特異的であるため見逃され易い傾向が ある。SVASの合併症として心筋梗塞があることは強調されるべきである。

結語:
省略
本論文の要旨は第28回日本小児循環器学会(1992,東京)において発表した。

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編者注:1992年当時Williams症候群の原因が染色体7q11.23の微小欠失と判明していなか った。現在はWilliams症候群の確定診断は遺伝子検査(FISH法)で可能になったが、初期診 断の難しさはこの論文の指摘と大差ないと思われる。

(1999年10月)

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