先天性心疾患
新 目でみる循環器病シリーズ 13
ISBN4-7583-0135-2、2005年12月、22-23、306-311
(I-総論/先天性心疾患の発生と臨床経過/成因論 松岡瑠美子)の一部として
Williams症候群
染色体7q11.23領域の半接合体部分欠失を伴い、幼児期の特徴的な妖精様顔貌、大動脈弁上狭窄と抹消肺動脈狭窄などの心血管奇形、独特の性格、乳児期の高カルシウム血症などの多様な表現型を呈する染色体微細欠失症候群である。
本症候群の発生頻度は出生20,000〜30,000人に1人で大部分は単発例であるが、家族性もみられる。大動脈弁上狭窄(高頻度)、抹消肺動脈狭窄(中頻度)を認めるが、まれに心血管疾患を伴わない例もある。
染色体7番q11.23の欠失領域には、エラスチン(ELN)を含む約20個の遺伝子が存在する。家族性大動脈弁上狭窄家系において、ELN遺伝子の変異が検出されており、大動脈弁上狭窄、抹消肺動脈狭窄の疾患遺伝子はELN遺伝子が確認されている。ELN機能欠損マウスは、全身の動脈中膜平滑筋層の肥厚による内腔狭窄が認められ、本症の剖検例2例の血管病理組織学的検索でも、2例とも全身の血管に中膜平滑筋層の肥厚を認めた。ゆえに、全身の血管において中膜平滑筋層の肥厚が推測される本症の患者では、高血圧、動脈硬化、糖尿病などの生活習慣病の早期発症の危険性が示唆される。
視空間認知障害の疾患遺伝子として脳にその発現が認められるLIMK1遺伝子の報告があり、特異的認知パターンの疾患候補遺伝子として、HPC-1/Syntaxin1A遺伝子、FZD3遺伝子などがある。形質膜結合蛋白質であるHPC-1/Syntaxin1Aは、神経細胞において神経発芽と伝達物質の開口放出にかかわる神経可塑性制御因子と考えられているため、神経や内分泌細胞における伝達物質の分泌の促進の可能性も予想されている。
93人の患者でのFISH法による欠失範囲の検討の結果、8人について、典型例より染色体末端側の欠失が小さい非典型例が認められた。非典型例の表現型は典型例に比べ、視空間認知障害の程度が軽い傾向が認められている。
(X-主として幼小児期に発症する心疾患/左室流出路狭窄/大動脈弁上狭窄 安河内聰)の一部として
概念:
Valsalva洞と上行大動脈の接合部(sinotubular junction)より遠位側での先天的な大動脈の狭窄病変である。先天性左室流出路狭窄疾患の8%を占め、Williams症候群として認められることが多い。左室の圧負荷の強い場合や冠動脈入口部狭窄を合併する場合には外科手術の適応となる。
病型:
狭窄の病型には、@低形成型(上行大動脈全体が低形成)、A砂時計型(局限型狭窄)、B膜様狭窄があり、それぞれの頻度は、@25%、A75%、Bまれといわれている。また、大動脈弁上狭窄は、肺動脈狭窄、大動脈狭窄、腎動脈狭窄などほかの全身の血管狭窄病変を伴うことがある。特にWilliams症候群では、末梢性肺動脈狭窄の合併は多く新生児期乳児期に外科手術を必要とすることも多い。
Williams症候群:
1961年にWilliamsにより報告された小妖精様顔貌(elfin face)、精神発達遅滞(平均IQ 60〜70)、歯形成不全、陽気な性格、音に敏感、鼠径ヘルニアなどの臨床的特徴に加え、大動脈弁上狭窄(100%)や肺動脈狭窄(70〜80%)などの血管病変を示す疾患である。約50%に高血圧を合併するが、この場合には大動脈狭窄や腎動脈狭窄などの鑑別が必要である。発生頻度は1/20,00人程度といわれている。
遺伝的背景と病因:
最近の遺伝的検索の結果、大動脈弁上狭窄とWilliams症候群の原因として細胞外基質蛋白のエラスチン異常が大きな役割を果たしていると考えられている。遺伝的には3型に分類される。( )内は発生頻度を示す。
@ 常染色体優性遺伝を示す家族性(知能異常や顔貌異常を伴わない)(7%)
A Williams症候群の部分症状として大動脈弁上狭窄を示すtype(知能異常や顔貌異常を伴う)(60%)
B 知能異常や顔貌異常などを伴わない散発例(30%)
Williams症候群の95%以上の症例では、7番染色体上のq11.23の欠失(monosomy)がある。この遺伝子座部分の遺伝子プローブを用いて、FISH法(fluorescence in situ hybridization)で欠失の有無を調べることができる。この方法を用いるとWilliams症候群の臨床病状がまだそろわない乳幼児期の確定診断が可能となる。
家族性大動脈弁上狭窄では、FISH法での7q11.23の欠失は認められないが、エラスチン遺伝子の部分欠失の報告がありエラスチン遺伝子異常に関連する疾患と考えられる。病理学的には、上行大動脈壁や主肺動脈壁の中膜の肥厚や弾性繊維の錯綜配列がみられる。
合併異常:
大動脈弁上狭窄には、大動脈二尖弁や大動脈弁狭窄2大動脈弁閉鎖不全などの大動脈弁の異常を35〜50%合併するといわれている。大動脈弁下狭窄は13〜20%に合併し、僧帽弁狭窄や大動脈狭窄を同時に合併するShone症候群の合併の報告もある。
また、まれではあるが冠動脈入口部狭窄やびまん性の冠動脈狭窄など冠動脈異常も合併することが知られている。冠動脈が肥厚した大動脈壁内を斜めに走行し(intramural coronary artery)、冠動脈入口部が狭くなって心筋虚血の原因となることもある。大動脈弁上狭窄で狭心痛や失神発作を認める場合には突然死の可能性もあるため注意が必要である。
臨床所見:
多くは、駆出性心雑音で発見されることが多いが、乳幼児期には特異な顔貌で発見されることも多い。聴診上は大動脈弁狭窄のときに聴取される収縮期駆出性クリック音は通常聴取されない。大動脈弁上狭窄が進行して、左室肥大が進行すると易疲労感や相対的冠灌流低下による心筋虚血のための狭心痛や労作時息切れを生じることもある。
体血圧は、右手のほうが左手より10mmHg程度高いことが多い(Coanda効果)。
検査:
心電図所見では小児では約40%に左室肥大所見を認めるが、成人ではほとんどが軽度の大動脈弁上狭窄はすでに外科手術を受けている例が多いため正常心電図を示すことが多い。
心エコー所見
左室長軸像で大動脈弁上の形態的狭窄を描出できれば診断は容易である。カラードプラ上狭窄部でのモザイク血流と加速を認める。重症度の判定のためには、左室心筋肥厚などの左室圧負荷所見に加え大動脈弁上狭窄部での血流速度の測定が参考になる。ただし、簡易ベルヌーイ法による圧較差測定は、大動脈弁狭窄と異なり通常過大評価され正確な圧較差の推定は理論上も困難なため参考程度にしかならない。
CTとMRI
CTやMRIによる大動脈の三次元画像診断は大動脈全体像を診断するのに有用である。心臓カテーテル検査と異なり、外来検査が可能で反復も容易で経過観察するためには非常に有用である。
心臓カテーテル検査
非侵襲的な画像診断検査で、右心系または左心系の有意な狭窄所見がみられた場合にはカテーテル検査の適応となる。大動脈弁上狭窄の圧較差を正確に診断するためには、ピッグテールカテーテルではなくマルチパーパス型などの直孔カテーテルを用いて、大動脈弁より抹消の狭窄部での圧較差を測定する。大動脈造影で弁上狭窄を描出して診断を確定する。肺動脈造影も右心圧が高い場合には必ず行い末梢性肺動脈狭窄の診断を行う。肺動脈や大動脈を血管内エコーで観察すると、肥厚した血管壁が特徴的に観察される。
自然暦
大動脈弁上狭窄は加齢とともに進行する傾向があるが、肺動脈狭窄は軽減する場合もあるといわれている。Williams症候群では、身体発育はcatch-upするが精神発育はさまざまで、成人しても社会的な保護を必要とすること多い。
治療
大動脈弁上狭窄の圧較差が50mmHgを超えるか、冠動脈異常を伴う場合には外科手術の適応がある。末梢性肺動脈狭窄や大動脈弁上狭窄に対する経皮的バルーン拡大術は、肥厚した血管壁のため容易にrecoilし有効ではない
外科手術は、通常狭窄部のパッチ拡大を行う。手術成績は良好で再狭窄率は低く、手術死亡率は0〜11%、10年生存率も87%である。
(2006年4月)
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