歯科治療中に息ごらえのため酸素飽和度(SpO2)が50%まで低下したWilliams症候群の1例
鷲尾 知子1)2)、松井 秀行1)2)、井東 竜彦1)2)、畑 ちか子1)、田畑 良江1)、中山 幸子1)、山田 和代1)、小谷 順一郎2)
1)大阪府歯科医師会障害者診療センター
2)大阪歯科大学歯科麻酔学講座
障害者歯科 第30号3巻 257ページ、2009年
緒論
非協力児における歯科治療には、薬物を用いて行動調整をする方法を選択する場合が多々ある。しかしながら必ずしも良好な結果をたどるわけではない。
今回、Williams症候群の患児に静脈内鎮静法を用いて対応を試みたが、息ごらえによりSpO2低下を来たし治療を中断した症例を経験し、行動調整法の再検討を余儀なくされたので概要を報告する。
症例
患 者:8歳6ヶ月 女児
初 診:2006年10月3日(6歳2ヶ月)
現病歴:重度の知的障害で、症状や痛みを自分で表出できず、家族が当センターでの治療を希望して来院した。
既往歴:Williams症候群で肺動脈狭窄があり経過観察中。けいれん発作があるが、脳波検査では改善傾向にある。
現 症:療育園に通い、嚥下訓練を受けている。
経 過:
初診時より、ストレスを受けると号泣し息ごらえをするため積極的な治療が行えずにいた。乳前歯の残存が認められたが、X線写真上では後続永久歯が確認されたため経過観察とした。8歳になった時点でも上顎右側Aが自然脱落しないため抜歯を計画した。モニタリング下、ミタゾラムにて鎮静を得たと思われた時点で処置を開始した。この時点では異常はなかったが、浸潤麻酔の刺激で暴れはじめてSpO2が低下した。下顎挙上による気道確保をおこないマスク換気するも、一時は50%近くまで低下した。補助呼吸を行ううち、マスクを嫌がって顔を振り、泣き出したため抱き上げて背中をさすり声がけすると少々落ち着いた様子となった。その日は処置を中止しとし、エピソードを母親に説明すると、以前にもけいれんの検査でMRIを撮影する時に同様のことがあったと初めて聴取した。患者の歯科的問題についての治療難易度および患者家族からの情報等を再検討し、鎮静なしに抜歯を行う方法を選択した。初診より2年3ヶ月後に鎮静なしに抜歯を行い、治療を終了した。
考察:
本症例は、憤怒てんかんを類推させる状態、すなわち強いストレスにより息ごらえを誘発したと思われるが、初見では痙攣発作などを鑑別することは困難である。問診の時点でMRIのエピソードを聴取できていればある程度想定することが可能であり、鎮静の深度を深くすることでもう少しスムーズに治療に移行できたかもしれない。しかし、心疾患のある場合はプロポフォールを用いた深鎮静は心負荷を与えかねず、ためらわれる。一方、治療内容がより侵襲的であれば全身麻酔下での歯科治療となる可能性が高く、その場合は患者の全身状態に強い影響を及ぼすことが懸念される。治療難易度を判断材料に入れた上で検討した結果、可能であれば鎮静などの行動調整を行わずに、歯科処置を行うことも一つの選択肢であると考えさせられた症例であった。
結論:
Williams症候群の患児の抜歯において、適切な行動調整に苦慮した1例を症例報告した。
(2010年1月)
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