Williams-Beuren症候群患児の全身麻酔下歯科治療経験
田中 裕子1)、高森 一乗1)、金 博和2)、見崎 徹2)、白川 哲夫2)
1) 日本大学歯学部小児歯科学講座
2) 日本大学歯学部歯科麻酔学教室
障害者歯科 第31巻第3号 2010年 443ページ
緒言:
Williams-Beuren症候群(以下WSと略す)は7番染色体q11.23領域の部分欠損が原因の先天性奇形症候群で、発生頻度は20,000人に1人と稀な常染色体優性遺伝疾患である。WS患者の特徴は、大動脈弁上狭窄、肺動脈閉鎖を伴う心血管系異常、特異的顔貌、低体重、低身長、知的障害(IQ40〜85)、成長障害、内分泌障害などである。また、口腔内所見としては、エナメル質形成不全、歯の先天欠如、矮小歯などが報告されている。今回私たちは、軟口蓋形成術の既往があるWS患児に対して、全身麻酔下で集中的歯科治療を実施し、いくつかの知見を得たので報告する。なお、本症例の発表については保護者より文書による同意を得ている。
症例:
患者:5歳6ヵ月女児
主訴:虫歯を治療してほしい
医科的既往歴:
患児は在胎39週で正常産で出生した。身長は44.4cm、体重は2295gであった。1歳5ヵ月時に某こども医療センターにて全身麻酔下で軟口蓋形成術を受けた。1歳10ヵ月から某療育センターにて外来療育を開始した。運動機能は2歳8ヵ月で独歩のみ可能であった。3歳4ヵ月時に某病院遺伝科でFISH法にてWSと診断された。
歯科的既往歴:
2歳時に齲蝕治療のため、某センター歯科に通院し、抑制下で修復処理を受けた。その後、再び齲蝕のため近医を受診したが、患児の協力が得られなかったため、治療困難を理由に当科を紹介された。患児の協力度の問題、ならびに母親が頻回の通院を希望しなかった事より全身麻酔下での集中歯科治療を計画した。主治医への対診の結果、全身麻酔についてのリスクは無いと連絡を受けた。
全身所見:
顔貌は両眼開離、腫れぼったい眼、平坦な鼻根部、長い人中が認められ、口唇が厚く、翻転して常に開口しており、いわゆる妖精様顔貌を呈していた。軽度の知的障害が認められ、会話は現在も一語文が中心である。
口腔内所見:
図に示す様に、12歯に齲蝕が認められた。上下顎の歯列弓は著しく狭窄しており、幅径は3SDを超えて小さく、高口蓋、正中偏位を認めた。また、多数の乳歯にエナメル質形成不全が認められ、WSの特徴と一致した。
処置および経過:
術前の血液検査、心電図、尿検査、胸部レントゲン診査において特記すべき所見は認められなかった。軟口蓋形成術から5年が経過していたが、母親が経鼻挿管による軟口蓋の裂傷を懸念したことから、経口挿管で処置を行うこととした。麻酔時間は4時間22分であった。歯科処置について、術中、術後とも特記すべき問題はなく、処置日当日に帰宅可能であった。
まとめ・考察:
本症例は軟口蓋形成術の既往があったため、傾向挿管による全身麻酔下での処置となった。治療方針は麻酔方法の選択に関して担当医、麻酔科医ならびに保護者で十分協議を行なった結果、術中、術後の患者管理に問題を認めず、予定した治療を全て行うことができ、保護者の満足も得られたと考えられた。今後は、定期的検査を継続して、齲蝕の予防に加えて、後継永久歯胚の有無の確認、歯列・咬合の管理等を行なっていく必要があると考えている。
(2010年10月)
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