ウイリアムス症候群(WS)における標準以下の両眼視能力
アメリカのWSAの会報からの転載で、斜視に関する内容です。(1997年11月)
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Subnormal Binocular Vision in the Williams Syndrome
Scott E. Olisky, M.D.; Laurie Sadler, M.D.; and James D. Reynolds, M.D.
Heart to Heart, Volume 14 Number 2 August 1997, page5-6
WS の患者は、斜視を併発している可能性が高いことが知られている。この研究は、WSの
患者の両眼視能力が標準以下であることが多いかどうかを調べる事が目的である。11人の
WS の患者が眼科検査を受けた。27% の患者が斜視であった。残りの患者の 75%が、
monofixation 症候群(Worth の4ドット試験にれば、焦点付近ではなく周辺視野に見られ
る。視角 3000-60秒 の立体視力、眼球正位から 8pd 以内のアラインメント)であること
がわかった。運動・感覚検査結果が正常だったものはいなかった。両眼視能力が標準以下で
ある割合が高いが、これが斜視の割合が高い事を裏付けていると考えられる。
これまでは、斜視でないことが確認されている患者の両眼視能力について触れている
報告はない。我々は、今回調査した患者群のなかに両眼視能力が標準以下である患者を多数
見つけている。斜視と診断できないので正常な両眼の運動機能を持っていると考えられる8
人の患者の全員が、bifovealではなかった。このように、感覚障害を持つ割合が多い事が、
両眼視覚が原因の認知障害につながっている可能性がある。この事は、運動障害が進行する
素因となっている可能性もある。
視覚機能の減退が斜視を引き起こしているとも考えられる。WS に斜視が多く見られ
ることは、Arthur達によって発見された monofixation 症候群に見られる(視力の)減退と
同等である。bifoveal の患者・monofixation 症候群の患者・たとえ軽微でも両眼視機能を
奪われた患者には、斜視が見つかる可能性が明らかに高い。各グループの感覚機能の違いが、
斜視の発生頻度に強く結びついている。
最近、Kapp達は、幼児のころに共働性内斜視が発達した WS の患者は、本態性幼児
性共働性内斜視の患者と共通する特徴を持っていることを発見した。つまり、本態性幼児性
共働性内斜視と、WS に見られる共働性内斜視はメカニズム的に関連していると推測できる。
さらに、病因学的に考えると、これらのグループにおいては、標準以下の両眼視能力が斜視
の発達の要因になっていると考えられる。本態性幼児性共働性内斜視の原因はよくわかって
いないが、感覚器官原因説を指示する学者と運動機能障害原因説を指示する学者の間で議論
が続いている。
WS の患者において、最初に両眼視能力が低下し、それが斜視の発達につながる危険
性を持つことが、本態性幼児性共働性内斜視の感覚器官説を支えている。さらに多くのWS
の患者に対しての調査を行う事で、本態性幼児性共働性内斜視の病因に対する理解が深まる
と期待される。
*この記事は、会報の出版用に要約されています。全論文を希望される方は、WSA
の本部に問い合わせ下さい。
訳者注:
- monofixation 症候群:片方の眼だけから入ってきた視覚情報を脳が処理する状況。
本体ならば、両眼から入った同じ物体に対する像情報は、脳内で同時に処理され
る。しかし、両眼が別々の方向を向いていることなどが原因で、左右の眼から違
った情報が脳内に入ってくると正常な認知処理が出来なくなので、脳は片方の眼
からの像を消してしまう。
- bifoveal:本来の中心窩(forvea:網膜の中央部で、像を捕らえる機能が高い所)とは
別のところに像を結んでしまうという仮の中心窩ができること。斜視が強い場合
等に発生する。本来の中心窩に光刺激が入らないために、この眼は弱視になりやす
い。
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大阪府摂津市の眼科医、原田 勲さんから、この論文の解説文(下記)をいただきました。
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視覚は、人間に生来備わって生まれてくるものでなくて、「生後、発育と共に獲得し
てゆく能力だ」ということが大きな前提である。それは、言葉が生まれついての能力でなく
て、生後耳から聞き取って、それを判断してから少しずつ学び取ってゆくことで発育してい
く能力であるのと同じである。もし難聴があって聞こえないとすれば、言葉は発育せず、言
語障害を残すのと同様に、もし視器が外界の刺激を正しく受け取り、中枢に伝達してゆくと
いうプロセスをとらなければ、視力というものに発育しない。近来私どもが3歳児健診に力
を注いでいるのは、それを考えて発育の後れを早く見つけて対応するためである。
正常な眼底の網膜中央に黄斑部(macula)というところがあり、その中央は少し凹んでい
て、これをfovea(中心窩)という。ここで光や像をもっともよく(錐体視細胞で)とらえる。
この中心から少しずれると、視機能は著しく悪くなるので、いつも目は、この中心で像をと
らえようとして、眼筋の働きによって目を対象の方に向ける。
ここに正しく像が結ばない理由が二つあり、いずれも視覚の発育を遅れさせる。
1)屈折異常…乱視、遠視など
この中で幼児で問題になるのは遠視であって、凸レンズの助けを借りなければ自分の調
節力(水晶体の屈折を増す力)ではピントが合わないくらいに強いと、いつもピントボケの
像が中枢に送られるので視力の発育が遅れる。また、強く調節しようとすると、眼球に内寄
せ(目が内方に寄る)の力が働く(輻湊…フクソウ)ので、この場合には見かけ上の内斜視
が起こる。この場合の内斜視は、正しく凸レンズをかけさせることによって治るので、手術
をしてはいけない。遠視の有無は本人の答えを聞かなくても、目に光を入れてその動きで判
定できる(検影法)。(しかしこれは、若い医師は苦手で、年輩の医師でないとうまくでき
ない。機械でやると正しい度数は出てこないし、障害児では機械が使えない。幼児では、機
械での視力検査だけでなく、この検影法も、調節麻痺剤を点眼してから行うことが多い。)
2)両眼視機能異常
斜視が強いと、対象物は両方の網膜中央でとらえられなくて、中心窩を離れたところに
像が結ぶので、斜視眼では弱視になりやすい。この場合は、正常の中心窩のほかに、仮の中
心窩ができるので(これがbifoveal patient) 、これを修正するには早く斜視をなおして、
時には中心窩に強制的に光刺激を入れて治療をすることが必要になる。両眼が別々の方向を
向いていると、二つの像がうつっては困るので、中枢で一つの像(斜視の方)を消してしま
って(suppression:抑制)一眼でのみ見ようとする(monofixation)。
ウィリアムス症候群では、どうやらそういった普通の斜視のメカニズムでなくて、両
眼でものを見るという能力(binocular Vision)が中枢性に発育が遅れていて、対象物の距
離によって眼を内寄せしたり戻したりする反射機能の未発達のために、斜視が起こりやすい
ということがあり、それは通常の生まれつきの内斜視(essential esotropia) にも、その
発生原因としての共通性があるのではないかと思われる。(最近の研究で、通常の内斜視の
幼児のCT、MRI検査で、中枢性異常がある例が報告されている。)
大略上記のような趣旨であろうと判断いたしました。遠視の有無は、記したように障
害児でも他覚的にわかるので、それを判断して、3−4才頃からできたら遠視矯正をすると、
内斜視の発現をおさえることができる場合があります。そういう意味でも、これは中枢機能
の発育の遅れによる両眼視機能不全ということのようですので、これは遅れてもやがて機能
が出てくる(斜視が改善してくる)のではないかと私は思います。人間の発達は「こうでな
ければならない!」と思い詰めないことが、障害児の場合には大切です。正常とは多数であ
ることにすぎず、少数をも除外せずに受け止めてゆくことが、医療者にも必要です。
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