Williams症候群の視知覚障害



永井 知代子、岩田 誠
東京女子医科大学脳神経センター神経内科
神経研究の進歩 46巻6号、2002年12月、883-889ページ

Williams症候群(以下、WS)は、大動脈弁上部狭窄症などの心血管異常・精神発達遅滞・特有の顔貌(妖精様顔貌、elfin face、図1=注:写真は省略)を呈する症候群として、1961年にWilliamsらが報告して以来、この名前で呼ばれてきた。1993年に第7染色体11.23領域の半接合体欠失が報告され、現在ではこの欠失による隣接遺伝子症候群と考えられている。

この症候群が認知神経科学分野で注目を集めるようになったのには理由がある。精神発達遅滞と言われてきた症状が、実は興味深い特徴を持つことが最近になってわかってきたからである。Bellugiらは11〜16歳でIQが同程度(50前後)のWSとDown症候群(DS)の患者に対して、言語・視空間認知機能をみる検査などを行い、著しい違いを見出した。DSでは全般的に成績が悪いのに対し、WSでは言語課題(語彙力、語形・統語法に関する課題など)の成績が良好で、視空間認知課題(積木課題、模写、線分の傾き認知課題など)では著しい低成績であったと報告したのである。すなわちWSは先天的な疾患でありながら、後天的な脳損傷でみられるような言語性・視覚性機能の解離があると指摘した。また相貌失認や音楽能力はそのIQから予測されるより優れており、WSの認知障害はDSなどの一般の精神発達遅滞のそれとは異なることが指摘されたのである。そしてこのような特徴的な認知機能障害が、第7染色体上の遺伝子欠失により生じていると考えられ、関連遺伝子を同定する研究が今も続けられている。このように、現在WSは認知神経科学・遺伝学両分野で注目される疾患のひとつとなっている。

本稿では、WSの高次機能特徴のうち、特に視空間認知と相貌失認に焦点をしぼって概説する。まず初期の報告で主張されたことをまとめ、次に近年の研究を視空間認知・相貌失認に分けて示す。また遺伝子と高次機能の関係に関する研究についてもふれ、最後にWSのような遺伝子異常に起因する高次機能障害は、どのようにアプローチしていくべきなのかを考えてみる。なお、WSの視知覚障害を理解するには、一般的な視知覚の特性に関する知識が必要なため、適宜簡単な説明をつけた。また言語を含む高次機能一般、および神経解剖・生理学的知見に関しては、筆者による総説があるので参照されたい。

(2004年5月)



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