ウィリアムズ症候群患者の認知機能判定:症例報告
The assessment of cognitive function in a Williams syndrome patient : A case report
Tomoo Namihira, Yoshio Hirayasu, 古賀 良彦
杏林大学医学部 精神神経科学教室
Psychiatry and Clinical Neurosciences(2004), 58, 99
ウィリアムズ症候群は循環器系疾患・精神遅滞・超社会性を特徴とするまれな代謝性疾患である。ウィリアムズ症候群には認知機能欠陥があると報告されており、言語や顔貌認識に強いが空間認知機能が弱いという乖離がみられる。我々はウィリアムズ症候群患者の神経心理学能力判定を行い、ウィリアムズ症候群に関する認知機能の興味ある側面を発見した。
19歳の日本人女性が精神医学検的査杏を受けるために、日本の三鷹市にある林大学医学部付属病院精神神経科を受診した。彼女は内分泌系内科に入院して、高血圧・高血糖・無月経に対する検査を受けた。性腺刺激ホルモン放出ホルモン負荷テストを行った結果、無月経は視床下部による攪乱が原因だと判明した。高血糖はT型真性糖尿病によるものであり、高血圧は大きな血管の狭窄によると推定されたため、核磁気共鳴血管造影法で確定診断された。彼女は帝王切開で生まれ出生時体重は2030gであった。新生児時点で大動脈弁上狭窄が発見された。11歳のときに、FISH法によって第7染色体の7q11.23領域の欠失が明らかになった。同患者は幅広い鼻橋・眼角贅皮・短指症などの軽微な身体的異常を呈している。頭部MRI検査の結果は正常だった。
複数の手法を用いて精神神経機能の検査を行った。検査結果は、WAIS-R(ウェクスラー成人知能検査):言語性IQ(Verbal IQ) 63、動作性IQ(Performance IQ) 48、全検査IQ(total IQ) 50、成績が悪い下位検査は「類似」(2, 平均は4.1)、積み木模様(block design=1、平均は3.6);WMS-R(ウェクスラー記憶検査):言語記憶は53で、視覚記憶・全記憶・注意の成績はすべて範囲外(50以下);ウィスコンシンカード分類検査(慶応版:KWCST)で執行機能を検査:達成分類3;ネルソンタイプ固執性(Nelson−type perseveration)は18;将来の出来事に関する推論と意思決定能力を検査するためのギャンブリング課題(Gambling Test;GT):Good deck 54、bad deck 46;フロンタル評価検査(Frontal Assessment Battery;FAB):類似性課題(概念化)は0/3であり、他の課題はすべて満点であった。
WAIS-Rの成績は、全検査IQが低く、言語性IQと動作性IQが一致していないことを示している。個々の下位課題の成績はばらつきがある。積み木模様は悪いが数唱(digit span)の成績は良い(6,平均は4.1)。これらの認知能力に関する不一致はウィリアムズ症候群患者に共通的に見られるもので、この患者に見られるWMS-Rにおける言語記憶と視覚記憶の食い違いとも関連する。本患者においては、論理記憶成績(7/50)は言語対関連成績(verbal paired associates score;14/24)より劣る。FABとWAIS-Rの両検査は概念化に障害があることを示している。執行機能には少し混乱がみられる。推論と意思決定はGT検査成績に示された通りである。これらの検査結果によればこのウィリアムズ症候群患者は、言語だけではなく空間認知についても、前頭葉の機能に強いところと弱いところの両方を持っている。前頭葉を対象とした課題を用いた検査結果は、知能指数が低い患者の脳の高次機能を正確に反映しているとは限らない。さらに事例研究を行うことで、ウィリアムズ症候群患者の前頭葉機能の理解が進むと考えられる。
(2006年2月)
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