ヒト認知機能と遺伝子解析の統合へ向けた脳画像研究



坂井 克之 東京大学大学院医学系研究科 認知・言語神経科学分野
生体の科学 第57巻 第1号 22-29ページ (2006年1月・2月)



2. Williams syndrome

Williams症候群は、妖精様の顔貌と心血管系の奇形を特徴とした症候群である。染色体7q11.23領域の2Mb程度の欠失が原因であり、上記の症状はここに含まれるELN遺伝子の欠損によるものと考えられている。さてWilliams症候群の患者には特定の認知機能障害が存在する。視空間処理、数、時間の概念の障害がある一方で、言語的にはかなり能力が保たれている。またWilliams症候群の患児は社交的で、大人には非情に人なつっこく、話し好きである反面、社会的孤立と不安感がある。

彼らの脳の構造画像をみると内側前頭前野、腹側外則前頭前野の容積が減少している一方で、右側の上側頭溝をふくめた後頭側頭葉の領域は正常よりも体積が増えていることが示された。この容積が増えている領域は、いわゆる“こころの理論”、すなわち他者の意図を推察し、共感する際に活動する領域であることから、その認知機能の変化との因果関係が推測されている。fMRIによる脳活動計測では、ヒトの顔をみると顔に反応すべき脳領域“fusiform face area”の活動は正常人に比べて低下していることが明らかにされた。また怖い表情のヒトの顔をみると、正常人では恐怖の感情に対応する扁桃体の活動が見られるが、Williams症候群では扁桃体活動は顔の表情によって変化しなかった。その反面、正常人では扁桃体が活動しないただの風景を見ているだけでも、彼らの扁桃体は有意な活動示した。これらは扁桃体そのものの異状ではなく、これを調節する前頭葉の異状によるものではないかと考えられている。この疑問に答えるためには脳領域間の機能的連関解析が有効である。Meyer-Lindenbergは正常人では扁桃体の活動は、背外則前頭前野が前頭眼窩野と内側前頭前野を介して調節されているのに対して、Williams症候群の患者ではこのうちの一方、背外則前頭前野から前頭眼窩野を介した調節機構が働いていないことを明らかにした。危険を察知する行動に関わる前頭眼窩野が障害され、共感に関与する内側前頭前野が正常に、あるいは過剰に作動していると解釈される結果である。もちろんこれらの変化がどこまでが障害で、どこからが代償的なものかは明らかではない。

Meyer-Lindenbergによる別の研究では、Williams症候群では頭頂後頭領域の皮質容積が減少しており、視空間処理課題を行う際にはこの領域よりやや前方の頭頂間溝領域の活動が正常よりも低下していた。さらにこの両者の領域間の機能的連関が減少していることも明らかになった。Williams症候群の多数の患者における様々な遺伝子欠失パターンをもとに、それぞれの認知機能障害と対応する遺伝子を同定する試みがなされており、なかでもLIM-kinase1遺伝子が視覚空間認識の異常に関係するとの主張があるが、その因果関係はまだ解明されていない。



(2006年8月)



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