神経学的にみた模倣と構成機能



永井 知代子
東京女子医科大学神経内科
神経心理学 第22巻 第1号 43-52ページ (2006年3月25日)

要旨

臨床的に行われる模倣に類する課題を、@自己身体のみによって見本を再現する狭義の模倣(指位模倣など) A道具を用いて見本を構成する再構成(模写・積木構成など)に分け、課題に際して「見たとおり」をどのように解釈するのかを、Williams症候群・頭頂葉損傷患者の検討と健常児に関する文献的知見から考察した。その結果、健常児・疾患群ともに、自己中心/対象中心/環境中心、という3つの座標軸を、種々の制約に基づいて適切に選択・切り替えすることが困難であるために、「見たとおり」の解釈が多様化し、課題に失敗することがわかった。模倣は他者理解のひとつの方法であり、自己−非自己の境界を調節する役割があるのかもしれない。

【略】

4. Williams症候群患者の再構成

次に、遺伝子異常による発達性障害としてWilliams症候群の再構成をみてみる。Williams症候群とは、心血管異常・妖精様顔貌・精神発達遅滞を臨床的特徴とする疾患であり、第7染色体部分欠失により遺伝子障害をきたす、隣接遺伝子症候群である。発達性障害でありながら言語良好/視空間認知不良などの認知機能の開きが大きいこと、しかし後天的脳損傷のような局所脳異常が無いことから、近年認知神経科学分野で注目されるようになった疾患である。視覚認知障害パターンに関しては、視空間認知が不良だから相貌認知が良好であることから、視覚の腹側経路が比較的保たれ、背側経路、すなわち頭頂葉系の機能が強く傷害されているのではないか、という観点から様々に研究されている。

このWilliams症候群の患者は、再構成課題でどのような応答をするだろうか。前述の積木模様では、両側性頭頂葉萎縮患者に類似して、正方形を構成することができず不定な形に並べることが示されている。また描画では、部分は正しく描けるが全体構成ができず拙劣な描画になることが指摘されてきた。我々はこの描画能力に注目し、五角形などの単純図形のトレースと模写を比較した。その結果、Williams症候群ではトレースは比較的正しくできるのに、模写は正しく図形を構成できず、余計な角を作ってしまう“角の誤形成”が特徴であることが示された(図は省略)。さらに、縦横に並んだドットを結んで見本と同じ図形を構成する「cueのある模写」課題でも、Williams症候群では誤ったドットを結んでしまうことがわかった(図は省略)。一方、見本を見ながらの模写ではなく、記憶から思い起こして描いた絵は、模写に比較すると描線もスムーズで、ある程度の特徴も表現できているのがわかる(図は省略)。トレースと模写という課題を @視覚認知レベル A視覚→運動変換レベル B運動企図・実行レベルに分けて、それぞれの課題遂行に必要な機能を比較すると、@では発達過程で図形の特徴点が正しく獲得されていることや、視空間ワーキングメモリーなど、Bでは描画空間の決定と座標対応の計算など、トレースでは必要なく模写で必要とされる機能が複数あることがわかる。Williams症候群ではこれらのうちいくつかの機能に異常のあることが考えられた。

(2006年9月)



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