Williams症候群の発達認知神経心理学
永井知代子
発達期言語コミュニケーション障害の新しい視点と介入理論
編集 笹沼澄子 医学書院発行 2007年6月
181〜200ページ
本章概要
Williams症候群は7番染色体の半接合欠失による隣接遺伝子症候群である。IQの低さに比して言語表出が豊富であり、社交的に相貌認知が良好であるなど、コミュニケーションにかかわる能力が優れているようにみえる。逆に、視空間認知は極端に不良で、神経心理学における解離のようなパターンを呈する先天性疾患ということから、近年、認知神経科学分野で注目されている疾患である。当初は言語モジュール説を支持する存在と考えられたが、最近の研究からは言語モジュールが保たれているのではなく、むしろあらゆる機能に関して、通常とは異なる情報処理を行っていることが示唆される。また染色体の欠失部位に含まれる約20の遺伝子のうち、脳で発現する遺伝子はこの独特の認知機能形成に関わる可能性があり、この点からも関心がもたれている。
本章では、これまでの研究で認知神経心理学に何がわかってきたのか、とらえ方にどのような変遷があったのかを概説し、最近の研究についても紹介する。
目次
1 Williams症候群とは
2 研究の歴史
2−1 認知研究の流れ
2−1−1 言語
2−1−2 視覚・視空間認知
2−1−3 行動
2−1−4 聴覚・音楽
2−1−5 認知研究のまとめ
2−2 神経解剖学的・電気生理学的研究
2−3 遺伝子
2−4 モジュール説からの解放
3 最近の研究動向
3−1 他の認知機能と言語
3−1−1 記憶と言語
3−1−2 視空間認知と言語
3−2 社会認知
3−2−1 「心の理論」
3−2−2 表情・biological motion・視線・情動の認知
おわりに
ここ数年のWS研究は急激に増えつつある。当初は古典的な神経心理学の手法である二重解離で説名されうると思われた特異な認知パターンも、近年の研究からは他の解釈がなされるようになってきた。障害遺伝子のいくつかが同定されていることから、発達認知神経科学におけるWSの研究は重要で、疾患自体の解明のみならず、健常の認知発達とは何かを探るうえでも多くの示唆がある。特に、言語/非言語コミュニケーションの成り立ちに関する研究には、今後も大きな影響を与えるであろう。また、近年さかんになってきたfRMIなどの機能画像研究は、脳の各部位がどのようにかかわり合いながら全体的な認知ネットワークを形成しているのか、また形成されていくのか、大域的な機能の把握に役立っていくものと思われる。
(2007年9月)
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