Williams症候群の認知神経心理学 ―描画発達とコミュニケーション―
永井 知代子
所属 科学技術振興機構ERATO浅田共創知能システムプロジェクト
神経心理学:24(1),48─60,2008
要旨
Williams症候群は,視空間認知が著しく不良であるのに対し,言語・相貌認知などコミュニケーション能力が良好な発達障害として注目を集めた疾患である。しかし近年では,言語や相貌認知も健常とは異なる発達を遂げていることが示唆されており,過度の社交性や恐怖症がコミュニケーション上の問題になることもある。我々は,種々の条件下で模写とトレース課題を行い,何が描画の妨げになっているのかを調べ,それがコミュニケーションにどう影響するのかを考察した。その結果,visual indexingを中心とした視空間性ワーキングメモリーに制限があること,自己中心的表現を多用する傾向のあることがわかり,これが自己と他者の関係形成に影響していると考えられた。
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描画の検討
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5.まとめ
我々の検討をまとめると、まず模写トレース課題の結果からは、描画計画はしているが視空間性ワーキングメモリーに何らかの制限があること、対象中心的表現よりも自己中心的表現を多用する傾向があることがわかった。Bender Gestalt Testの結果からは部分優位性は示唆されず、むしろGestalt要因に過度に従う傾向さえみられた。一方、自由描画はコミュニケーション主体の生物画が多く、模写にみられるような描画計画と表出のアンバランスなどはみられなかった。これらの描画で見られる特徴は、WSの行動特徴やコミュニケーションとどのような関係があるのかを次項ではみていく。
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WSにおける描画とコミュニケーション
以上、WSの描画を詳しくみてきた。模写・トレースは描画能力向上のための訓練方法のイメージが強いが、健常の描画発達を見るとコミュニケーション発達の重要なステップであることがわかる。WSのコミュニケーションにおける問題は過度の社交性hypersociabilityとして知られ、親しくない相手にも親しげに近づきすぎるためにしばしばトラブルを起こす。この原因として、情動認知障害説(扁桃体損傷説)・抑制障害説(前頭葉損傷説)・社会的刺激に対する過敏説などが挙げられ、それぞれを支持するデータも得られている。今回の描画検討で得られた@visual indexingを含む視空間性ワーキングメモリーの障害A特徴点記述における変容と自己中心的表現への過度の依存傾向は、参照点(参照枠)を適切に使えないという点で、過度の社交性の原因に新たな視点を提供するかもしれない。WSでは心の理論にも問題があり、二項関係は理解できるが三項関係は理解できないこと、指差しpointingの理解も産出も不良であることが報告されている。これらを合わせて考えると、自己と他者の関係をつくることの障害が社会的認知にも描画にも反映されていると言えるのではないか。また、WSのコミュニケーション障害は主に前頭葉を中心とした社会脳の機能不全として説明されてきたが、参照枠の使用という点を考慮すれば、従来言われてきた頭頂葉の機能障害との関連として捉えることができる。
(2008年10月)
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