発達障害児を対象とした語想起課題による実行機能の評価
惠羅 修吉
香川大学教育学部
発達支援研究(2008) Vol.12
原文はこちら
はじめに
特殊教育から特別支援教育への転換がなされた現在、発達障害のある子どもに対する教育のあり方について関心が高まっている。発達障害児に対して的確で効率的な支援を提供するには、科学的な根拠に基づく教育実践が展開される必要がある。根拠に基づく教育実践では、@対象となる子どもが抱える困難とその要因を推察するとともに活用可能な資源を明確にするアセスメントを実施し、Aそれらの情報と先行研究における知見を基盤として支援計画を作成・実行し、Bその効果を検証して支援計画の適切性や効率性を吟味することで計画の維持あるいは修正の判断を行う、といった循環を形成することが重要となる。このような根拠に基づく教育実践の循環プロセスにおいて、心理学が貢献できる点としては、認知機能に関する査定・評価方法を開発すること、子どもの認知特性を理解する上での理論的枠組みを提供すること、以上の二点があると考えられる(惠羅、2007)。ここでは前者の視点に立ち、脳損傷患者や痴呆患者を対象とした神経心理学的研究において多大な蓄積がある検査の一つである語想起課題(Verbal Fluency Task)を取り上げる。語想起課題について発達的な視点から研究を展望し、今後の課題について検討することにする。
語想起課題は、一定の制限時間内に産出(再生)される単語項目数を指標とした、長期記憶に基づく語彙検索課題である。多くの記憶再生課題では、実験者が記銘材料を提示し、ある遅延時間を経て、提示した項目の再生が行われる。語想起課題には、符号化と貯蔵段階がない。より正確にいえば、符号化と貯蔵は、実験者が操作する要因とはなっていない。語想起課題では、被験者は、検索手がかりの提示を受け、長期記憶として安定(固定化)した語彙記憶から手がかりに該当する単語を検索し産出する。符号化・貯蔵段階を操作せずに長期記憶からの検索を要求するといった課題特徴より、語想起課題は。語彙記憶における検索方略の生成と使用といった実行機能を相対的に強く反映すると考えられている。検査手続きも簡単であることから、語想起課題は、これまでに脳損傷患者ならびに高齢者や痴呆患者を対象とした臨床的な神経心理学アセスメントとして標準的に用いられてきた。本稿では、はじめに語想起課題の概要について簡単に説明し、その後、発達研究と発達障害(本稿では発達障害を発達期に生じる障害という広義で用いる)を対象とした研究について展望する。最後に、発達障害児の認知機能を評価する検査としての有効性について考察する。
遺伝子疾患
Williams症候群
Williams症候群は、7番染色体の部分欠失を原因とする遺伝子疾患であり、死蔵疾患、特異的な身体的特徴、知的障害などの臨床症状を示す。認知機能はアンバランスであり、視空間認知障害に起因する軽度から重度の学習障害、数や時間の概念獲得の困難、言語理解に比べて高い言語産出、粗大・微細運動機能の発達遅滞、衝動的な性格、集中力の欠如などが報告されている。特に、知的能力に比べて優れた言語産出能力を示すことが研究者の注目を集めている(e.g. Bellugi, Mills, Jernigan, Hickok, & Galabuda, 1999)。
Bellugi,Bihrle,Jernigan,Trauner,and Doherty(1990)は、Williams症候群6名と暦年齢とIQで統制したDown症候群6名を設定して語想起課題を行った。その結果、カテゴリ手がかり法による語想起課題において、Williams症候群はDown症候群よりも再生数が有意に多かった。Volterra,Capirci,Pezzini,Sabbadini,and Vicari(1996)は、Williams症候群17名と精神年齢でマッチングした健常児群を比較した。カテゴリ手がかり法では有意差はみられなかったが、音韻手がかり法では有意に優れた遂行成績を示した。Pezzini,Vicari,Volterra,Milani,and Ossella(1999)は、Williams症候群18名と精神年齢で統制した健常児群を比較した。その結果、Williams症候群は、健常児群に比べて、音韻手がかり法で遂行成績が優れていた。Jarrold,Hartley,Phillips, and Baddeley(2000)は、受容語彙の発達水準で統制した中等度学習困難群と比較して、意味的語想起の遂行ならびに想起された項目の内容に差を認めなかった。Temple,Almazan,and Sherwood(2002)では、Williams症候群4名のうち3名は、音韻手がかり法において精神年齢相当よりも高い遂行成績を示した。またカテゴリ手がかり法においても、精神年齢相応かそれ以上の成績を示した。
以上、必ずしも一致した研究結果にはなっていないが、その原因の一つは対照群を設定した際のマッチングの基準にあると思われる。大局的には、音韻手がかり法で高い課題遂行を示しているといえる。一方、カテゴリ手がかり法では統制群との差は少なく、臨床的な印象から期待されるような出現頻度や典型性の低い単語の報告は認められていなかった。
(2008年10月)
目次に戻る