遺伝子から脳の発達を経て表現型的行動へ:ウィリアムズ症候群や他の発達障害における、空間認知・注意・行動計画に関連する「背側経路の脆弱性」
From genes to brain development to phenotypic behavior "Dorsal-stream vulnerability" in relation to spatial cognition, attention, and planning of actions in Williams syndrome (WS) and other developmental disorders.
Atkinson J, Braddick O.
Visual Development Unit, University College London, London, UK.
Prog Brain Res. 2011;189:261-83.
視覚から得られた情報は相互に関連はするが異なる2種類の大脳皮質経路を通して処理されると考えられている。腹側経路は物体や顔を認識する(何?や誰?)のに必要な計算を行い、背側経路は空間的位置関係を登録したり視覚で誘導される行動を制御する(どこ?やどうやって?)のに必要な計算を行う。我々は最初にウィリアムズ症候群の空間認知障害をモデルとして提案した。同症候群では、顔認識のように腹側経路が貢献する視覚能力は比較的よく発達している(普通に発達した人とまったく同じ処理方法かどうかは問わない)一方で、視空間行動のような背側経路機能は顕著に障害を受けている。これらの知見はウィリアムズ症候群において初めて見つかったが、その後、背側経路の機能の一つである、行動の首尾一貫性感受性(motion coherence sensitivity)障害は脆弱X症候群や自閉症などの遺伝子疾患や周産期イベント(片麻痺、超早産につながる周産期脳異常)の結果として発見されており、ヒトの正常ではない発達につながる同様ではない様々な疾患に潜む「背側経路の脆弱性」を指摘することにつながった。さらに、背側経路機構は視空間記憶や自発運動計画課題が必要とする情報を提供するとともに、注意制御のネットワークと密接に関連している。我々や他の複数の研究グループはこれまでにウィリアムズ症候群患者が特定の注意課題を実行する際の前頭葉や側頭葉の機能に障害があることを明らかにしている(例:Atkinson, J., Braddick, O., Anker, S., Curran, W., & Andrew, R. (2003). Neurobiological models of visuospatial cognition in children with Williams Syndrome: Measures of dorsal-stream and frontal function. Developmental Neuropsychology, 23(1/2), 141-174.)我々は、異なる脳内ネットワークによる注意要素(選択的注意、注意の保持、執行機能を制御する注意)を分別することを目的とした課題(Test of Everyday Attention for Children (TEA-Ch))を使って年長のウィリアムズ症候群の子どもの集団を調査したが、この一連の課題はウィリアムズ症候群の子どもや大人にとっては要求レベルが高すぎた。そこで、我々は注意に関する別の課題(the Early Childhood Attention Battery (ECAB))を採用した。この課題はTEA-Chと同じ原理を用いてはいるが、精神年齢6歳以下に提要できる。ECBAによれば、ウィリアムズ症候群の人の全体的認知機能の発達と相応する特徴的な注意プロフィールが得られた。すなわち、注意の保持は比較的優れている一方で選択的注意と執行機能を制御する課題の成績は劣っている。このプロフィールと特徴的な発達経路はダウン症候群とウィリアムズ症候群の子どもの差異を示している。この章ではこれらの分野における最新の研究でウィリアムズ症候群に関して発見された知見を紹介する。これは正常に発達した子供、超未熟児、正常なおとな等の神経画像診断情報から得られた証拠をもとにウィリアムズ症候群の脳機構の発達に関連する知見である。これから論じる「背側経路の脆弱性」には数多くの脳内ネットワークの結合を含んでおり、それらは大域視覚処理や視覚運動行動の処方だけではなく、注意ネットワークの結合も含む。
(2011年4月)
目次に戻る