ソーク研究所からの最新情報
アメリカのウィリアムズ症候群協会(WSA)の会報に掲載されていた記事です。ソーク研
究所はウィリアムズ症候群の認知に関する研究に取り組んでいます。
(2001年10月)
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Update from The Salk Institute
Ursula Bellugi, Fred Rose, Theresa Doyle, Dan Levitin and other colleagues
"Heart to Heart", Volume 18 Number 2, June 2001, Page 5-6
認知神経科学研究室(Laboratory for Cognitive Neuroscience)
ソーク研究所では、全米保健研究所(NIH)の3つの局からの援助を受けて年齢別の研究
を、私立財団(McDonnell Foundation)からの援助で音楽と社会性と感情に研究するなど、
活発な研究活動が行われている。我々は、ウィリアムズの人々が持っている潜在能力を100%
発揮できるように手助けを行うことを目的とした先の長い研究の基礎段階にいる。印刷中
のものも含めて100編以上の論文に幅広い研究成果をまとめており、「Journey from
Cognition to Brain to Gene : Perspectives from Williams Syndrome」というタイトル
の本も今年MIT Pressから刊行予定である。研究に協力してくれた数多くの家庭への感謝
の意を込めて、この本の売上はウィリアムズ症候群協会に送られる。
音楽と脳
アースラ・ベルージ博士とダン・レビティン博士(Drs. Ursulla Bellugi and Dan
Levitin)は、音楽や言語など人間が持つ複雑で創造的な領域が脳の中でどのようにして形
作られているかを理解するための研究を行っている。ベルージ博士は認知科学の専門家で
あり、15年以上にわたってウィリアムズ症候群の人々を対象とした研究を行っている。レ
ビティン博士はマクギル大学(McGill University)の認知心理学者で音楽認識の専門家であ
る。言語能力と音楽性は脳の中で同じ神経構造を共有しており、このような神経構造は他
の認知機能とは独立した「モジュール」であるという仮説を唱える神経学者グループがあ
るが、この話題は現在ホットな論争になっている。
さまざまな認知プロファイルを持った人の音楽性に関する研究を通じて、我々の社会
性や感情における音楽の役割を探りながら、脳の中で音楽がどのように表現されているか
を理解していく。多くのウィリアムズ症候群の人にとって、音楽は深く豊かな人生の重要
な構成要素である。歌を歌い、楽器を演奏し、録音を聞くことに1日の大半を費やす人も
多い。普通の人に比べて音楽との結びつきがより深い人がいるが、それを意識していない
人も多い。ウィリアムズ症候群の人は協調運動能力が幾分欠けているにも関わらず、鋭い
リズム感を持っているように見える。例えば、リズム打ちテスト(rhythm tapping test)に
おいて、簡単なものから複雑なものまで様々なリズムを研究者が提示すると、たいていの
ウィリアムズ症候群の子どもは1回聞いただけでそのリズムを反復してみせる。また、彼
らがリズムを間違えた場合も、その「間違い」は提示されたリズムを創造的に拡張してい
るいう意味で、正常に発達した子どもとは大きく異なっている(Levitin & Bellugi,1998)。
全米保健研究所とJames S. McDonnell Foundationから資金援助を受けて、ベルージ
博士は脳にある音楽性の基盤を探し出しす研究を続けている。この研究は経験主義的かつ
理論的だが、実験は非侵襲的かつゲーム感覚で行われる。研究内容には、1)音楽的能力
と興味がウィリアムズ症候群・ダウン症候群・自閉症・その他で特徴的かどうかを調べる。
音楽と興味に関する一連の質問を通じて、ウィリアムズ症候群に関連する音楽的能力と興
味を明らかにする。2)音楽要素テスト(Component of Music Battery)を使って、調子認
知・リズムパターン完成・音程認知・異なる音質の弁別などを調査する。この調査ではウ
ィリアムズ症候群とダウン症候群と普通に発達したグループ間での比較も行われる。3)
創造性と感情と音楽はウィリアムズ症候群の人が持つ音楽的創造性のレベルに間する側面
を探索するもので、同時に音楽性と感情の関連についても調べる。この研究は、ウィリア
ムズ症候群の人の多くが音楽から感情的影響を強く受けているように思われること、音楽
的表現において比較的創造性がある(参考資料)という観察に基いている。この調査はウィ
リアムズ症候群とダウン症候群と普通に発達した子どもと大人のグループ間での比較も行
われる。4)その他として、磁気神経造影装置を使って、音楽を聞いた時と単なる音を聞
いた時の情報処理の違いを、ウィリアムズ症候群の人と普通に発達した人で調査する。こ
の研究は、脳の中で音楽がどのように表現されているかを発見するだけではなく、音楽的
能力は知的レベルとは無関係であるという仮説につながる可能性がある。最終的に、ウィ
リアムズ症候群の人を対象とし、音楽を媒介とした効果的な教育方法の開発を促進するこ
とをベルージ博士は望んでいる。
参考資料:ウィリアムズ症候群の19歳の女性B.J.が書いた「アースラ・ベルージの歌」。
許可を得て掲載。
"When the sun is rising, I'm in the airplane,
Going to California.
It's so exciting!
We get to the parking lot.
We're glad that it is some place hot.
Ursula Bellugi, she really is a cutie.
She wears the funkiest clothes that you have ever seen.
Ursula, you are "in the house" if you know what I mean.
Kind and caring, 'n' sharing, helpful to my friends,
Understanding, not demanding
She's there to lend a hand.
Please don't scream and please don't shout
Cause people who work here are here to help you out.
If you're feeling down and feeling sad,
They'll listen to what you have to say,
And you'll feel Gla-a-ad."
背景:これはウィリアムズ症候群の音楽性に関する一連の研究の一部である。B.J.は雪の
中朝4時半に起きてイリノイ州にある自宅からカリフォルニアに着いたばかりだった。こ
の時期彼女は研究に参加していて、ソーク研究所で様々な検査や実験課題に取り組んでい
た。その日の午後4時になって、聞いたことがない曲を作曲するように求められたB.J.は、
喜んでカシオのキーボードに向かうとコードを弾きながら先ほどの歌を創った。続いて、
実験に関する歌(“the girl of Salk Institute”)とウィリアムズ症候群についての歌を
創った。私たちはこれまでにもテレビやWSAのスペシャルイベントや音楽キャンプを通じ
て、また時には自宅でも子どもたちの音楽的創造性に関する数多くの事例を目にする機会
があった。
脳の研究
ソーク研究所のチームが取り組んでいるもう一つの研究は脳の構造と機能に着目し、
人間の脳が活動する様子を三次元的に描き出すつい最近利用可能になったばかりの手法や
脳波を利用して、脳の情報処理方法を覗きみている。ウィリアムズ症候群の人々が普段の
暮しのなかで思考やイメージや推論や理解をどのように行っているかについて、次には何
が発見されるだろうか。例えば、事象関連電位(Event Related Potential:ERP)に関する
研究から、ウィリアムズ症候群の人は顔の認識方法が特別であることが明らかになってい
て、顔に対して強い興味があることが脳波にも現れている。核磁気共鳴影像法(MRI)を使っ
た研究から、ウィリアムズ症候群の人の脳はきちんとした構造を持っているが、ウィリア
ムズ症候群の人の顔が共通の特徴を持つように脳にも独特の形状があることがわかってき
た。例えば、系統的にもっとも新しくできた小脳の一部(新小脳)は、他のグループに比べ
てウィリアムズ症候群では相対的に大きいことが多く、言語や特徴的な感情機能と関連し
ている可能性がある。後頭葉は相対的に小さくしわ(gyrification)が多い(すなわち、脳の
図に見られる“でっぱりと溝”の数が多い)。また、中心溝(central sulcus)と呼ばれる脳
の重要な指標は独特な形状を呈していて、顔の認識方法や独特の絵の描き方などの相違に
関連している。さらに、話しにくい話題だが重要なこととして、患者が死亡した後、奇特
にも科学者に寄贈された脳を調べた結果、影像による研究で示されたことが何を示してい
るか、そしてウィリアムズ症候群の人のこの部位にある個々の細胞や神経の配列やパター
ンが特殊であることが判明しているので、いずれ脳の発達に寄与する遺伝子の手がかりを
手に入れられるであろう。この成果は、ソーク研究所のベルージ研究室・カリフォルニア
大学サンディエゴ校のミルズ(Mills at UCSD)・スタンフォード大学のレイス(Reiss at
Stanford)・ハーバード大学のガラバーダ(Galaburda at Harvard)・シダス-サイナイ病院
のコーレンバーグ(Korenberg at Cedars-Sinai)らによる協同研究の結果である。一連の研
究成果の中で恐らく一番重要と思われるものは、脳の後頭葉が視覚や空間機能を司ってい
ることである。二番目は我々の検死研究により背側経路と腹側経路内の神経パターンに特
異的な違いがあることが見つかったことである。まさしくこの領域はウィリアムズ症候群
の人における普通とは異なる空間認識パターンや顔認識に関連していると考えられている。
このように我々の研究室はウィリアムズ症候群の人の認知能力とその基盤となる脳機構と
遺伝子の間の直接的な関連を見つけ出すことである。この知見は、早期発見・早期介入・
医療・教育面の発達・日常生活技能訓練プログラムなどに直接利用できる。遺伝子と脳と
行動の間の関連をよりよく理解できれば、ウィリアムズ症候群の人だけではなく、脳と認
知に関する全体的な理解が進むことになる。
研究に関してさらに詳しい情報が知りたければ、ソーク研究所認知神経科学研究所
(the Laboratory for Cognitive Neuroscience at Salk Institute:858-453-4100 ext 1416
あるいは1-800-434-1038)に電話してください。
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