認知機能の分離性:ウィリアムズ症候群から得られること
米国のウィリアムズ症候群協会(WSA)の会報に掲載されていた記事です。
(2001年11月)
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Seperability of cognitive functions : What can be learned from WS?
A workshop at the University of Massachusetts ? August, 2001
"Heart to Heart", Volume 18 Number 3, September 2001, Page 8,9
バークシャーヒルズ音楽アカデミー(Berkshire Hills Music Academy:BHMA)の開校を
記念して、ウィリアムズ症候群をテーマにした研究会がマサチューセッツ大学(UMASS)で開
催された。科学者達(BMHAの近辺にある5つの大学連合を中心に)が集まり、ウィリアム
ズ症候群を理解し可能性のある研究テーマを探った。この研究会は全米科学財団(The
National Science Foundation)の資金援助を受けて、マサチューセッツ大学心理学教室
(Psychology Department)の主任教授であるチャールズ・クリフトン博士(Dr. Charles
Clifton)が主催した。講演者には米国のウィリアムズ症候群に関するトップクラスの臨床
研究者達に加えて、ドイツのポツダム大学(University of Potsdam)からジェーゲン・ワ
イゼンボーン(Jeurgen Weissenborn)とマリタ・ボーニング(Marita Bohning)とバーバ
ラ・ヘーレ(Barbara Hoehle)が加わった。
提出された論文からの主要事項抜粋:
高次認知機能に関する脳の構造
ベールジ博士(Dr.Bellugi)によれば、ウィリアムズ症候群は高次認知機能の発達
及びその神経的基盤を調査するモデルになっている。ウィリアムズ症候群のプロファイ
ル概要にはグループや国を超えた顕著な共通点が存在する。ソーク研究所(The Salk)
で行われている研究では、ウィリアムズ症候群における神経的基盤を含む3種類のレベ
ルの調査を行い、その間の関連を見つけ出すことを目指している。これまでの成果によ
ると、遺伝子に起因する症候群間で脳の発達部位がそれぞれ異なること、ウィリアムズ
症候群と正常グループ間でも類似点と相違点があることがわかっている。言語・感覚・
顔認識の分野における神経心理学的研究から、高次認知機能の基盤となるウィリアムズ
症候群独特の神経心理的マーカーの存在を示す証拠が見つかる可能性がある。
ソーク研究所の研究者達は、時間をかけて認知と脳と遺伝子を関連付けようとして
いる。ウィリアムズ症候群において特定の脳部位が選択的に保存されるように形作られ
ているという発見は、特定の遺伝子が発現した影響、複数の遺伝子の相互作用、その両
方の影響を受けている可能性を示唆している。ウィリアムズ症候群及び分子遺伝学と脳
内経路と認知表現型の関連を研究することで、高次認知機能とその神経基盤に関する詳
細な知見を得られるであろう。
ウィリアムズ症候群の認知と性格
キャロリン・メルビス博士(Carolyn Mervis)は、ウィリアムズ症候群の人の認知プ
ロファイルとその発達過程を報告した。彼女は、聴覚暗記記憶や言語能力のようにウィ
リアムズ症候群の人の長所と、描画やパターン構築(視空間構築能力)のように大部分
の人に存在する重度の短所を比較研究している。メルビス博士は、どの長所も「相対的
なもの」、すなわち「総合的知能指数の割には」あるいは「短所に比べれば」、であるこ
とを強調している。
メルビス博士はエラスチン遺伝子の欠失を有する患者の98%が19個の遺伝子も同様
に欠失していることも付け加えた。興味深いことに、ウィリアムズ症候群の典型的なプ
ロファイルに適合する人は88%しかおらず、知能指数も低い方は40からはるか上の104
までの範囲がある。メルビス博士のこれまでの研究によれば、臨床的にウィリアムズ症
候群と診断されながらエラスチン遺伝子の欠失を持たない患者のグループは、ウィリア
ムズ症候群特有の認知プロファイルには合致しない。
ルイビル大学(University of Louisville)でメルビス博士のチームの一員による
研究によれば、ウィリアムズ症候群の幼児(4歳)は歴年齢が同じ正常な子どもに比べて
有意に高度な感情移入傾向を示し、(普通の子どもより言葉の初出は遅いが)言葉が出始
めると、文法発達分野及び生産的語彙の大きさを示す動作に関する単語(action words)
や排他的種類の単語(closed class words)の文法的複雑さとその含有率の分野におい
ては、普通の子どもと同じ速度で発達する。さらに、作動記憶(working memory)と文
法能力との関連は、文法的発達能力が同等の普通に発達した子どもに比べてウィリアム
ズ症候群の子どもの方が有意に強固であることが判明した。この発見は、普通に発達し
た子どもに比べてウィリアムズ症候群の子どもは文法学習を作動記憶にたよる傾向が強
いことを示している可能性がある。
ウィリアムズ症候群における文法能力発揮と処理要求の区別
アンドレア・ズコウスキー(Andrea Zukowski)は、ウィリアムズ症候群が言語モジ
ュールの存在を支持する証拠を提供するわけではないこと、さらには、正常な認知シス
テムに関しては何の知見も得られないことという興味深い研究内容を発表した。
10歳から16歳のウィリアムズ症候群の子どもに対する調査によれば、このグループ
は普通に発達した子どもで構成された対照群と同様の質的パターンを示す。複合名詞句
(noun-noun compounds)・肯定疑問文と否定疑問文・主語と目的語が離れた右方分岐関
係節及び埋め込み関係節(right branching and center-embedded relative clause with
subject and object gaps)を含む構造を取り出すテストを行った。ウィリアムズ症候群
の子どもたちは、見つけられた構造や間違える種類が他の子どもたちと同じであった。
この結果は、ウィリアムズ症候群の統語論的発達は正常なメカニズムに導かれているこ
とを示している。
さらに、完全埋め込み関係節を導き出す新しい調査によれば、ウィリアムズ症候群
のほぼ全員が主語ギャップ関係節(subject gap relative clause)と目的語ギャップ関
係節(object gap relative clause)の両方を導出できること、及び完全な文章に関係
節を埋め込めることがわかった。これまでの研究結果とは逆で、この子ども達は関係節
に間する分法を完全に身につけている。しかし、それらを導出することの難しさに関し
ては明らかな違いがあり、この結果はとても興味深い。ウィリアムズ症候群の永続的な
認知障害に関する知見は、ウィリアムズ症候群の永続的な処理困難に関する知見と比較
してみることが有益であり、障害を受けているかどうかに関わらずこれらの障害に関す
る汎用的な説明を提供できる可能性がある。
空間認知の特殊性:ウィリアムズ症候群がもたらす証拠
バーバラ・ランダウ(Barbara Landau)は、サブドメインに注目してウィリアムズ
症候群の重度の空間認知障害を研究している。物体認知と識別・生物学的運動の知覚・
ナビゲーション・空間言語(spatial language)に関する彼女の研究によれば、空間認
知に関するこれらのサブドメインにおいてかなりの落ち込み(strong degree of sparing)
が見られる。最も重要なことは、障害があったとしても、認知構造が質的に異なってい
る子どもという形で現れるわけではなく、構造は正常だが脆弱な視空間記憶のために不
安定な機構という形で認識されるちう事実である。
ウィリアムズ症候群と音楽
ダニエル・レビティン(Daniel Levitin)とアースラ・ベルージ(Ursula Bellugi)
は、ウィリアムズ症候群の人に関する音楽能力の本質・音楽的創造性・音楽知覚・音楽
を処理する脳などを調査する継続中の4つの研究から得られた知見を紹介した。これま
での成果によれば、ウィリアムズ症候群の人は彼らの音楽的に特異なプロファイルに関
する逸話の種類や経験的かつ科学的根拠があることに関して普通の人々とは量的に明ら
かに異なっている。レビティンとベルージはウィリアムズ症候群の人が他の人より音楽
活動に取り組む時間が長いこと、早くから音楽的興味と能力を発揮すること、音楽的創
造指向(メロディー面でもリズム面でも)をより強く示すことを確認(そして定量化)
しようとしている。ウィリアムズ症候群の人が音楽や雑音を聞く際に他の人とは異なる
神経経路を使うという発見を基に、ウィリアムズ症候群の人の脳は「配線」が他とは異
なっていること示す証拠も存在する。
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