ソーク研究所からの最新研究報告
アメリカのウィリアムズ症候群協会(WSA)の会報に掲載されていた記事です。
(2002年3月)
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Research update from the Salk Institute
Ursula Bellugi, Fred Rose, Teresa Doyle, Nasim Bavar, Yvonne Searcy and others
"Heart to Heart", Volume 19 Number 1, January 2002, Page 5-7
ウィリアムズ症候群に関わる皆様にソーク研究所一同から新年のご挨拶を申上げます。昨年12月初めに、この地域のWSA支部が開催する休日パーティに会場を提供する幸運に恵まれました。WSA支部代表であるローラ・イムサーン(Laura Imthurn)のおかげで、南カリフォルニア地区全域から集まった参加者はとても楽しいひとときを過ごしました。旧知の人との再会を喜び合い、初めて参加した人も大歓迎されました。2002年、明けましておめでとうございます。
ここに、米国やカナダ中の人達のご協力によって進んでいる最近の調査研究からわかってきたことをご報告します。
ウィリアムズ症候群と知能指数の関係:
ダウン症候群など他の知的障害と同じように、ウィリアムズ症候群の人は年齢が高くなるにつれて知的能力が低下するかどうかについて研究者の間で長年議論が行われてきた。この話題をとりあげた我々の研究所で行った最新の研究が、良い知らせをもたらした。イボンヌ・セアシー(Yvonne Searcy)とアラン・リンカーン(Alan Lincoln)が取り組んだ研究によれば、一般的な知能テストで計測されたウィリアムズ症候群の人の知的能力は、50代になるまで年齢の増加につれて低下するという兆候はみられなかった。実際には、ウィリアムズ症候群の人は年齢が増えるに従って語彙や社会に対する基本的事実に関する知識が向上しつづけるという確証が得られている。具体的に言うと、これらの知能指数を形成している基本成績の高低は正常な発達をしている一般人の発達曲線と同じ傾向をたどる。現在取り組んでいる研究では、物体認知や社会的機能などもっと詳細な認知能力が全般的な知的能力とは異なる速度で変化しているかどうかにも明らかにできる予定である。
(訳者注:ウィリアムズ症候群における年齢と知能指数の関連を示すグラフは省略。グラフでは知能指数(Full Scale IQ)が70を中心にばらついている。年齢と知能指数の相関は、年齢が増えるに従って知能指数が増加(17歳で66程度、50歳で72程度)する。)
ウィリアムズ症候群に関して脳が示すもの:
ソーク研究所とカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)・スタンフォード大学・カリフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)・ハーバード大学の協同研究者が行った研究によれば、聴覚野と視覚野の細胞は特別で興味ある異なりかたをしていることが判明した。
聴覚野の細胞:
アルバート・ガラビューダ博士(Dr. Albert Galaburda)と協同研究者は、ウィリアムズ症候群の人の脳内にある聴覚野の細胞が正常に発達した人に比べて幾分大きいことを発見した。さらに、スタンフォード大学のアラン・レイス博士(DR. Allan Reiss)のチームは、MRI(核磁気共鳴映像装置)を使った調査で同じ脳の領域は細胞の大きさと共に容積全体も大きくなっていることを示した。UCSDのデボラ・ミルズ博士(Dr. Debra Mills)からも、聴覚刺激を受けたウィリアムズ症候群の人は脳の電気的活動に早いタイミングで強いピークが見られるという新たな証拠が提示されている。このピークは入力された聴覚情報に脳が注意を向けたことと関連していると考えている。これらを総合すると、ウィリアムズ症候群の人は聴覚や言語処理方法が異なっていること、そしてこれはウィリアムズ症候群の人によく見られる聴覚過敏症の原因につながるがる手がかりになる可能性がある。
視覚野の細胞:
聴覚や言語で発見された事実とは正反対の結果であるが、ガラビューダ博士のグループは、ウィリアムズ症候群の人の脳内にある視覚野の細胞はサイズが小さく密度が高いことを発見した。レイス博士のチームがMRIを使った研究では、この領域の脳容積は予想よりも小さいことを発見した。最後に、ウィリアムズ症候群の人は視覚刺激(知らない顔)を提示されると、正常な人には見られない大きなピークが不意に見られることをミルズ博士が発見した。この大きな「スパイク」は、ウィリアムズ症候群の人の多くが顔に対して注意を集中することを示していると考えている。視覚情報処理に関する研究に取り組んでいる最中なので確定ではないが、これらさまざまなレベルの分析データはウィリアムズ症候群の人が普通とは異なる視覚情報処理方法を用いているという分析結果につながる。この視覚野に見られるスパイクが顔以外の視覚刺激が与えられた時に変化するかを確認する実験を我々の研究室で行っている。ウィリアムズ症候群の人は空間課題が苦手であるにも関わらず顔認識が優れているとという独特の能力があることから、我々は顔の視覚刺激が与えられた時の電気的活動は顔以外の視覚刺激が与えられた時とは異なると予想している。さらに、細胞のサイズが小さいことと密度が高いことは、顔認識能力以上に視空間認知障害に影響を与えていることが予想されるが、今後研究を続けると明らかになると思われる。
(訳者注:ウィリアムズ症候群の顔認識における神経物理学的マーカーに関するグラフ(右大脳半球前部)は省略。グラフには、ウィリアムズ症候群のN200スパイクの大きさは正常対照群のそれの2倍以上であることが示されている。)
ウィリアムズ症候群の研究で用いられている新技術:
ソーク研究所で行われている我々の研究がとてもユニークであることの一つに、さまざまなレベルで分析を行うという協同研究プロジェクトがもたらす包括性が挙げられる。その分野は分子遺伝・脳構造・脳機能・行動に渡っている。我々のプロジェクトで開発された技法を使うことで、ヒトが実験課題に取り組んでいる最中に脳がどのように機能しているかを調べる一連の研究が可能になった。この手法は機能的MRI(functional magnetic resonance imaging)と呼ばれ、被験者が実験課題を行っている時に脳が何をしているかを詳しく見ることが可能になる。この素晴らしい機能的MRIによる実験結果を、同じ課題を行っている時の行動観察結果や脳の電気的活動の測定結果と重ね合わせようと考えている。これらの結果を統合すると、ウィリアムズ症候群の同一被験者の社会性・視空間処理・注意などに関する新たな知見を得ることができる。ウィリアムズ症候群の本質を理解するためにはこのような多方面からの分析がとても重要である。これまでの研究で明らかになったことは、ウィリアムズ症候群の人の顔認識機能は正常な人と同じレベルにあるように見える一方で、顔認識処理中の脳の電気的活動は独特であることから、脳内の異なる「経路」あるいは機構を通って最後には同じ結果に到達していることを示唆している。まるで透明な窓から脳の中を覗くようにして得られる測定結果を用いて、ウィリアムズ症候群の人が様々な顔の表情にどのように反応するか、物体の視覚刺激をどのように処理するか、複雑な実験課題に取り組んでいる際にどのように注意を集中しているかについて、完全に理解できると期待している。これはソーク研究所にとってもウィリアムズ症候群の関係者にとっても非常に画期的なことである。
特別なお願い:
視覚野や聴覚野の細胞の働きなどウィリアムズ症候群の人の脳を調査する我々の研究は、ウィリアムズ症候群の人達の類稀な献身的協力無くしては実現しません。我々の研究プロジェクトの協力者であるアルバート・ガラビューダ博士(WSAの医学アドバイザリーボードの一人)は脳細胞の研究をしています。我々がウィリアムズ症候群についてここまで理解できているのは奇特な臓器提供があったおかげです。当事者として考えることは辛い話題ですが、ウィリアムズ症候群を研究している我々に対して寛容な協力を惜しまないご家族に対して深く感謝します。他の人にもこのようなご協力をお願いしたいと考えます。家族の感情や考えがまとまらないような突然の悲劇が訪れた時に混乱しないために、事前に準備をしておかれるようお願いします。このような重大な決断は前もって計画をしておくことが大切です。どうかこのような貴重な協力についてお考えいただき、今からでも準備をお願いします。さらに詳しいことを知りたい場合はソーク研究所【(800)434-1038か(800)453-4100内線1224】までお問い合わせ下さい。
「みんな友達」:ウィリアムズ症候群の子どもの超社会性:
2002年に開催される予定の認知神経科学会(the cognitive Neuroscience Society)でソーク研究所の研究者がウィリアムズ症候群の社会性に関して2件の論文を発表する予定である。ドイルとベルージとコーレンバーグ(Doyle, Bellugi & Korenberg)による1番目の論文は、当研究所が最近発行した「Journey from Cognition to Brain to Gene : Perspectives from Williams Syndrome」で報告したウィリアムズ症候群の青年や成人に対して行った研究を拡張している。この新しい研究では、ウィリアムズ症候群の低年齢の子ども67人、ダウン症候群の子ども30人、正常に発達した子ども29人それぞれの親から、子ども達の社会的行動面における特定の局面に関するデータを集めた。子どもの年齢は1歳から12歳である。全グループのデータを分析した結果、全ての社会的局面においてウィリアムズ症候群の子どもが高い値を示した。年齢別グループの比較の結果、ウィリアムズ症候群の子どもは言葉を発するより前から超社会性を発揮していることが明らかである。このデータはウィリアムズ症候群の子どもの超社会性には遺伝子の影響があることを示唆している。典型的な大きさの欠失を持つ子どもと小さい欠失を持つ子どもの比較を行えば、遺伝子が社会的行動に与える影響を解明する手がかりが得られるかもしれない。
ウィリアムズ症候群の社会的認知機能を支える神経システム:
2番目の論文(ベックとベルージ:Beck & Bellugi)では、ウィリアムズ症候群を特徴付けているいくつかの遺伝子の発現量が減ったことが感情処理を司っている脳機能活動の違いをもたらしているしくみを明らかにすることを目的としている。ウィリアムズ症候群の患者8人と正常な対照群4人の陽気及び陰気な気分(positive and negative mood)の時の神経統合反応(neural correlation)を調べるために機能的MRIをが使われている。対照群と比較してウィリアムズ症候群の患者は脳活動における大脳半球間の非対称性という特徴的なパターンを示す。陽気な気分の時は左半球が支配的になり、陰気な気分のときは右半球の活動が大きくなる。さらに、ウィリアムズ症候群の患者では小脳が活性化されるが、対照群では見られない。大脳半球間の非対称性と小脳の活性化はウィリアムズ症候群の患者の超社会性に関連している可能性があり、社会認知機能を含む神経システムの解明につながる新しい研究方向を示している。
現在行われている研究:
あなたやあなたの家族が我々の研究に協力していただけるのであれば、ぜひ連絡を下さい。詳しいことはナジム・ベイバー(Nasim Baver:無料電話番号800-434-1038)あてに電話をおかけ下さい。昨年ご協力いただいた奇特なご家族に感謝します。ありがとうございました。
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