ウィリアムズ症候群における言語と学習能力の解離
「言語の脳科学」
酒井 邦嘉
中公新書 1647(ISBN 4-12-101647-5) 85〜87ページ
ウィリアムズ症候群(Williams syndrome)は、一般の学習能力の発達に遅れがあり、特に絵を描くような空間的な位置関係を理解する能力などに重い障害が見られる遺伝病である。ところが、言語の能力はほぼ正常であり、音楽に人並みはずれた能力を発揮することも珍しくない。長いバラードの歌詞とメロディーを覚えたり、二十五ヶ国語で歌を歌える人もいるという。このような例からも、精神的な能力というのは個人間で相対的なものであって、「精神遅滞」や「知恵遅れ」という言い方が、いかに一面的かつ皮相的な固定観念を反映しているかがわかる。
ウィリアムズ症候群における言語能力と一般の学習能力の解離は、言語機能のモジュール性の一つの証拠として考えられてきた。最近になって、二、三歳のウィリアムズ症候群の幼児を対象とした行動実験で、数の認識は正常なのに、言葉に対する反応に異常が見られることが報告された。ウィリアムズ症候群の大人では、言語ではなく数の判断に重い異常がみられるので、幼児ではちょうど逆の障害を示すことになる。従って、ウィリアムズ症候群では、モジュールによって発達過程が異なるという可能性が出てきた。つまり、言語は遅れて発達し始めるが正常に近いレベルまで発達するのに対して、数の認識は正常に発達し始めた後で発達が進まなくなる。
さらに、ウィリアムズ症候群の大人で言語能力をくわしく調べたところ、文の理解や統語構造の判断の一部に異常が認められた。幼児期の言語獲得に異常があるので、母語は第二言語の習得能力を使って身につけたという可能性が考えられる。その結果として、大人になっても母語に部分的な障害が認められるのかもしれない。ウィリアムズ症候群の障害がどのような範囲の能力に及ぶかはもちろん、障害相互の関連性と因果関係を明らかにしていくことが必要であろう。
(2002年12月)
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