ことばとこころの発達と障害
宇野 彰(編著)
永井書店、2007年4月
ISBN978-4-8159-1787-6
(116-117ページ)
b.ウィリアムズ症候群
ウィリアムズ症候群は、先天性心疾患、特異な顔貌などをもち、7番染色体のエラスチン遺伝子の微細欠失により生じる知的障害である。2万5,000人に1人くらいの稀な疾患であるが、これまで認知発達に比し言語発達が良好、さらに言語の諸機能の中で特に文法機能の発達が良好といわれ、認知発達に対する言語のモジュール性、言語発達内での文法のモジュール性を示唆するとして、関心を集めてきた。WISCの全IQの平均は55(88名の調査、レンジ40〜90)と報告されているように(Bellugiら、2000)、中〜軽度の精神遅滞である。視空間認知に障害をもつが、語彙が豊富で、文法的に正しい複雑な文章を話し、会話は流暢である。あまり使わないような難しい語彙を好んで使うことも多く、表面的には言語発達に遅れを感じさせない。しかし最近の研究では、後で述べるように、言語発達に問題があることが明らかにされている。視空間認知障害にかかわらず、顔の認知は優れているなど、非言語性認知領域内でも発達の乖離を示す。音楽に特異な才能があることもある。人なつこく、見知らぬ人に無警戒なこともあり、社会性に関しては自閉症と対比をなすともいわれる。
知能検査の結果は図1(略)に示すように、言語性と動作性の差はあまり大きくはないが、ダウン症候群と比較すると、差が逆転していることがわかる(Bellugiら、2000)。
i) 語彙の発達
語彙の発達が極めてよく、PPVTから得られる語彙年齢は、MAマッチの健常児と有意差がない(Volterraら,1996)、あるいは認知発達レベルを上回る(Bellugiら、2000)など報告されている。
ii) 統語理解
文法形態素など統語機能の発達が早く、会話が流暢なので、統語の発達は遅れがないと考えられてきた。しかしMAマッチの非特定の精神遅滞との比較で、文法課題に得点差がない(Udwinら、1990)、MAマッチの健常児とのTROGの比較で、ウィリアムズ症候群は有意に劣る(Volterraら,1996)などより、文法が必ずしも良好とはいえないことが示された。
iii) 意味
ウィリアムズ症候群は流暢に話す割には、「どうして?」、「なぜ?」の質問に筋道を立てて答えられないという(細川、2003)。WISC言語性の結果が必ずしもよくはない背景に意味の問題があるのかも知れない。
意味の障害の検索として、動物、乗り物などの特定のカテゴリー語を1分間にいくつ言えるかのsemantic fluency testを行った研究が複数あるが、結果は一致していない(Bellugiら、2000;Volterraら,1996)。Vicariら(1996)は複数の有意味語の連なりを復唱するword span testの結果から意味の問題を指摘している。このテストでウィリアムズ症候群は頻度効果(使用頻度の高い語は低い語より記憶しやすいこと)がみられなかった。これは音韻短期記憶保持に長期記憶の意味情報を活用できないためと解釈された。
iv) 音韻
MAとCAの両方をマッチした非特定の精神遅滞群との比較で、指定された音から始まる語を1分間に言わせるPhonological fluency testでも、音韻認識課題と読みでも、Levyら(2002)は両群に有意差を得ていない。これはウィリアムズ症候群の表出言語の流暢さにかかわらず、音韻認識や読みに問題を持つことを示唆する(Levyら、2000)。
v) 社会的言語使用
文のない絵本を見て物語らせた結果を暦年齢マッチのダウン症候群、MAマッチの健常児とそれぞれ比較したところ、ダウン症候群が表出語数自体が極めて少なかったのに対し、ウィリアムズ症候群は物語の展開を示すための中核となる表現のほかに、"Guess what happened next?"、"What do you know?"、"Lo and behold(こはいかに)"のような表現や誇張した抑揚が多く、これらは聞き手を惹きつけるための表現と考えられた(Jonesら、2000)。このような言語使用の特徴は彼らの社会性の良好さと関係すると考えられている。
まとめとして、ウィリアムズ症候群は言語性発達が非言語発達より良好であるが、言語発達にもいくつかの問題があり、語彙理解の発達がよい、統語の発達は従来考えられているほど良好ではないことが、ほぼ一致した見解となっている
(126-127ページ)
3.まとめ
最近の言語発達障害研究は、知的障害は言語・非言語を含めた発達全体を遅らせるのではなく、言語発達と非言語性認知発達の乖離、さらには言語領域内の発達の乖離があることを明らかにした。その例としてSLIに注目が集まったが、知的障害の代表とされたダウン症候群にも発達間の乖離があること、さらにウィリアムズ症候群はSLIやダウン症候群とは異なるパターンの顕著な乖離を示すことが明らかとなってきた。
最近は同一検査を用いて、認知発達やMLUをマッチしたSLIとダウン症候群、ダウン症候群とウィリアムズ症候群を直接比較した報告がなされている。それらをまとめると、次のようになる。
1. SLIとダウン症候群
全体的な認知発達、言語発達のレベルに大きな差があるが、認知発達レベルをマッチさせたとき、以下の点で共通の言語発達プロフィールを示す(Eadieら,2002;Lawsら,2003)。
@ 理解の障害に比べ、表出の障害がより重篤である。
A 語彙に比べ、統語や文法形態素の発達がより重篤に遅れる。
B 文法形態素のうち時制(過去形-ed、3人称単数-sなど)を表すマーカーの獲得が特異例に遅れる。
C 音韻短期記憶の障害が重篤である。
ダウン症候群がSLIと異なる点は構音の障害である。
2. ダウン症候群とウィリアムズ症候群
英語圏で初期の言語発達評価によく用いられるMacArthur Communication Development Inventoryを使った両症候群の比較で、次のことが示されている(Singer Harrisら,1997;Mervisら,2000)。
@ 初期の語彙発達は、理解も表出も両症候群間で差がなく健常児の10%ile以下となる。但しMervisら(2000)は、語彙は2歳頃よりウィリアムズ症候群が有意に高くなると報告している。
A ダウン症候群はジェスチャーの使用が有意に高い。
B ウィリアムズ症候群は平均47ヵ月頃になると、語彙数がダウン症候群より有意に多い。同時に、語彙数を統制しても、文法の複雑さを示す指標が有意に高い。
C ウィリアムズ症候群の文法発達は健常発達の軌跡をたどる。
D ダウン症候群は統語の発達が著しく遅れ、語彙発達との乖離を示す。
3つの疾患の言語発達障害をまとめると、SLIとダウン症候群は言語の形態(form)の面に障害がより重篤に現われる。すなわち、音韻、統語の発達や意味や語用に比べ大幅に遅れる。ダウン症候群は認知発達自体が大幅に遅れるが、その制限内でやはり形態の遅れが顕著である。これに比べ、ウィリアムズ症候群は形態の問題より、言語内容(contents)に問題を示す。
従来、SLIは文法障害が顕著であるが、ウィリアムズ症候群は文法のみ健全に発達すると考えられ、これらは言語機能のmodular説を裏づける証拠とされた。その後研究が進み、SLIは音韻や語彙にも問題があること、ウィリアムズ症候群は文法は必ずしも健全ではないことなどが明らかとなった。しかし、ダウン症候群を含めてこれらの疾患において、発達にさまざまな程度の乖離があることは事実である。この事実を、ある機能単位が障害されているとだけ捉えるのではなく、障害が軽い機能のレベルまで発達を促進させる、言い換えれば、障害が軽い機能を使って言語にアクセスする方法をみつける道があると捉えたい。発達の乖離はむしろわれわれに指導の根拠を示す。SLIはサインを用いることによって発語にアクセスしうることを先に述べた。発達性dyslexiaは読み書きのみ傷害されるという発達の乖離の最も著しい例である。発達性dyslexiaに意味を媒介として読みを学習させる指導の方法論があるが、これは読みへのアクセスに意味を使う(大石,2001)。このように考えると、指導の効果のあがりにくいと考えられてきたダウン症候群についても、発達の乖離を念願において、新しい指導の可能性が考えられる。
(2007年11月)
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