ウイリアムズ症候群児の描画能力と視知覚能力の向上に対する作業療法
執筆者の本間さんから論文のコピーを頂きました。
(2002年5月)
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作業療法第21巻特別号
第36回日本作業療法学会誌(2002年5月29日〜6月1日)
本間 朋恵(北海道療育園)
はじめに
ウイリアムズ症候群(以下、WS)は、出生頻度がおよそ2万人に1人の隣接遺伝子症候群である。主症状として精神運動発達遅滞、心血管系異常、妖精様顔貌などがある。2歳頃に歩行を開始し、意味のある単語を話しはじめ、幼児期以後には多弁で人なつっこさが認められ社会性は高い傾向にあるとされている。視覚認知にかかわる遺伝子の欠失が報告されており、平均IQは60で、模写のような視覚処理を含む課題は劣っているという特徴をもっている。今回、就学前のWSの女児に対して、描画能力、視知覚能力の向上を促した。人物画と図形模写に改善を認めたので報告する。
症例
5歳女児。発達歴は寝返り8ヶ月、独歩2歳3ヶ月、階段の昇り4歳2ヶ月で運動発達の遅れがあった。3歳6ヶ月から幼稚園に通園し、4歳1ヶ月時に作業療法開始となる。片足立ちのような骨盤の安定性が必要となる動作は怖がり、遊具での遊びは介助が必要であったため、運動能力の向上を目指した活動を行なってきた。また、筆圧が弱く、人物画は顔の輪郭はあるが、目、口などのパーツが不明瞭であることから、ぬり絵などを行ない、描画能力の向上を促してきた。5歳0ヶ月頃は、少しずつ遊具で遊ぶことができるようになったがブランコの立ち乗り、滑り台遊びはできなかった。絵を描くことに興味を持つようになったが、人物画は顔のみで身体まで描けず、図形模写は円、十字形は可能であるが四角形、三角形は角を描くことができなかった。文字理解については、自分の名前のみ平仮名が読めたが、書くことはできなかった。眼球運動は、追視は可能であるが速い動きについていけず、ボールを受ける時には閉眼がみられた。5歳4ヶ月時のWISC−Vは言語性IQ76、動作性IQ60であった。
作業療法内容
点と点を結ぶ、枠内に絵や文字のシールを向きが整うように貼る、図形模写など視覚が手の操作を誘導する課題を行なった。また、遊具で遊ぶことができるようになったが、怖がることが多く、そのために運動発達が遅れていたことに対して、ブランコ、滑り台など遊具での遊びを引き続き行なった。描画能力、視知覚能力の評価としてグッドイナフ人物画知能検査(以下、DAM)、フロスティッグ視知覚発達検査(以下、DTVP)を行なった。
経過と結果
5歳から6歳までの経過を報告する。点と点を結ぶ課題では直線は改善したが、斜めは改善しなかった。シールを真っ直ぐに貼ることが上達した。図形模写は5歳9ヶ月時には四角形、三角形、菱形の模写が改善し、角が書けるようになった。文字理解については読める平仮名はまだ少なく、自分の名前を平仮名で書くが、形が整わない。遊具での遊びは、ブランコは立ち乗りでダイナミックに揺らすことができるようになり、滑り台では滑り降りることができるようになった。DAMは5歳1ヶ月時の得点は3点(3歳1ヶ月レベル)であったが5歳10ヶ月時には15点(5歳11ヶ月レベル)に向上した。DTVPは5歳3ヶ月時の知覚指数は68、6歳0ヶ月時は63以下であり、改善はみられなかったが下位項目の「図形と素地」でのみ粗点が3点から10点に向上していた。「視覚と運動の協応」は変化がなかった。「空間関係」は両時期とも粗点が0点であった。
考察
本児の人物画が上達した理由として、遊具の使用で体の各部を意識して動かす経験をしたことにより、自分の体を絵に表すことができるようになったためと考えられた。また、図形模写が改善した理由として、体幹の安定性や上肢の操作性が増したことが影響していると考えられた。視知覚能力については、WSは視覚処理を含む課題は劣っているとされており、本児の場合もDTVPの知覚指数が低いことから視知覚能力は劣っていると判断された。しかし、図形模写が可能であったことから視知覚能力の全ての面において劣っているとは判断できない。DTVPの「図形と素地」が改善したのに対して、「空間関係」は粗点が0点のままで変化がなかったことから、形の認識は比較的能力が向上しやすいが、空間での位置の認識は能力の向上が困難であると考えられた。この結果より、空間での位置の認識に関わる視覚認知背側経路の障害が示唆された。今後、就学に伴い様々な問題が生じてくると予想され、本児の視知覚能力の特徴を考慮した作業療法内容を検討していく必要があると考える。
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