ウィリアムズ症候群の子どもに見られる行動的問題について:笑顔が混乱に変わる時
Several Behavioral Challenges in Some Children with WS : When Smiles Turn to Snarls!
By Karen Levine, Ph.D. & Robert Wharton, MD
"Heart to Heart" Volume 18 Number 2, June 2001, Page 23-26
米国のウィリアムズ症候群協会の会報に掲載されていた記事です。
(2001年9月、作成・一部修正)
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初めに
ウィリアムズ症候群の子どもの性格は、ハッピーで遊び好きで明るい「天使」のよ
うだと言われています。実際に、ほとんどの子どもはこのような快活な典型例に驚くほ
どよくあてはまります。しかし、軽度の行動的問題を抱えている子が少なからずいるこ
とも事実ですし、重度の行動的問題を経験する子もいます。私達はクリニックを受診し
た重度の行動的問題を抱えているウィリアムズ症候群の子どもの治療を行ってきました。
家族の人は、これらの問題は自分の子どもだけに固有の症状であり、ウィリアムズ症候
群に関連していないという印象を全員が持っていました。我が子のこの種の問題に遭遇
した親たちは、このような症状が文献に記述されていないことから、自分達の「なにか
間違ったこと」が原因だと感じていました。これが罪の意識や自責の念を呼び起こし、
外部の援助を求めることを遅らせます。私たちは、これらの問題がウィリアムズ症候群
に関連している可能性があることを広く知ってもらうためにこの記事を書きました。治
療する方法があるので、子ども自身も家族も重度の行動的問題に苦しみ続ける必要はあ
りません。また、ご両親も自分を責めないでください。
ウィリアムズ症候群の子どもの行動的問題は、ごく軽微なものからとても重いもの
まであります。たいていの子どもが経験する典型的な行動的問題をまったくみせない子
もいます。よく見られる典型的な行動的問題には、注意障害(attention difficulties:
衝動的・じっとしていられない・欲求不満への耐性が低いなど)・不安・特定の音や将来
のイベントに対する期待・恐怖症(特に音に対する)が含まれます。これらは重要な症
状なのでウィリアムズ症候群に関する文献のどこかに必ず書かれています。
この記事では重度の問題を抱えた少数派グループの子どもに焦点をあてます。ここ
で取り上げる問題には頻繁に起きる激しい「メルトダウン:meltdowns」が含まれます。
怒りと攻撃的態度が爆発的に表出し、手当たりしだいに物を壊します。この発作の間、
その子は自分を抑えることができず、自分がしていることに気がついていないか、理解
していてもほんの少しです。ほとんどの場合、この攻撃的態度は家族やごく親しい人た
ちに向けられます。たいていは興奮がいったん始まるとすばやく増大します。そのきっ
かけも、「だめと言われたこと」、「欲しいものに触ることを禁止されたこと」、「お気に
入りの活動をやめて別の活動に移ること」など、ほんのささいな出来事です。後になっ
てからあやまることが多いようです。
私たちのクリニックでの経験によれば、これらの重度の行動的問題は年齢と共に急
激に改善し、成人してからも同様の問題を抱えている人を見たことはほとんどありませ
ん。それどころか、このような重度の行動的問題を抱えている子どもでさえ、普段の問
題行動を起こしていない時は陽気でかわいい子です。たとえ、行動的問題の本質がこう
だとしても、家族に荒廃をもたらし、子どもたちが教育機会や社会的好機を得ることを
制限することに変わりはありません。それだけに、これらの問題を知っていただくこと
がとても大切なのです。
なぜ一部のウィリアムズ症候群の子どもにこのような問題があるのでしょうか?
私たちは生物学と発達と環境の要因が複合的に影響していると考えています。生物学的
には、ウィリアムズ症候群の子どもは「間違って設定された」サーモスタットスイッチ
を持っていると言えます。そのスイッチは、不安や注意喚起に対して高感度に設定され
ていて集中力を失いやすいのです。感覚器からの入力が多すぎると簡単に圧倒されてし
まいます。子どもの不安感が高まっている時は、不安感に打ちのめされやすく、ちょっ
とした出来事で簡単に「堤防を越え」てしまいます。例えば、あなたが自宅にいて人生
に重大な影響を与える大切な電話を待っているところを想像してください。テレビには
集中できないでしょう。あらゆる雑音が電話のベルの音に聞こえ始めます。突然玄関の
チャイムが鳴ったり、家族の1人が不意に部屋に入ってくると、あなたは叫び声をあげ
たり、飛び上がるという過剰反応を示すはずです。これはあなたの不安や「警戒」シス
テムがすでに警戒領域に入っているためです。
その後、その子は繰り返し欲求不満がたまる状況と、自分の反応に対する不適切な
対応プロセスや更正方法や禁止方法に遭遇します。繰り返し欲求不満がたまる状況にさ
らされた場合の初期適応反応は、どんな方法をつかおうとその欲求不満を可能な限り「早
く取り除く」ことです。いらいらする状況に置かれた子どもは、言葉や抑制力や推論能
力が急激に消えうせ、メルトダウン状態におちいります。
環境面では、両親や教師は普段なら陽気でおとなしい子がほんのささいな理由でか
んしゃくを起こしたり攻撃的な行動を取るの見て、最初はとても驚きます。これに対し
て怒ることはごく自然な反応です。特にスーパマーケットや商店街などの公共の場でこ
の状態を起こされると家族は当惑します。これが度重なると、両親や教師は子どもに対
するコントロールを段々失っていくと感じます。子どもは自分自信がだめになっていく
ことを感じる一方で、このメルトダウンがとても有効な手段であることにも気がつきま
す。徐々にお互いの関係や活動がこのメルトダウンそのものから身をかわすことに集中
してゆき、悪循環が始まります。その子と、家族・友達・教師との関係は悪くなりがち
です。
この問題にはどのような治療法がありますか?
幸いこの悪循環を治す方法があります。治療を成功させるためには、生物学面・発
達面・環境面など問題に含まれる全ての要素に対処する必要があります。次に掲げる項
目は問題の各レベルの治療法です。
- 学校と家庭両方で行う治療に関するIEP(個人別教育計画: Individual
Educational Plan)に経験豊かな行動療法士を参加させてください。
- 言葉が十分話せる子には、難しい場面を演じる遊戯療法(Play Therapy)テク
ニックを使ってみてください。
- 注意・不安・奮起・気分調節や抑うつなどの治療には薬物療法を検討してくだ
さい。
1. 子どものIEPに経験豊かな行動療法士を参加させる
言葉が遅れている子どもが教育の一環として言語療法士の治療を受ける権利がある
ように、行動面に問題を抱えている子どもは教育の一環として行動療法士の治療を受け
る権利があります。経験豊かな行動療法士を擁している学校もありますが、そうでない
場合は個人的に行動療法士に相談する必要があります。ウィリアムズ症候群が稀少病で
あるために、ほとんどの行動療法士はウィリアムズ症候群の子どもの治療経験を持って
いませんが、発達障害の子どもの治療経験が豊富なこと、肯定的で怒らない行動管理手
法を用いることがとても大切です。学校と家庭の両方で行う治療方法を行動療法士に作
成してもらうことも重要です。治療時間は時間経過とともに変化します。例えば、最初
の数ヶ月は1週間当たり10時間の治療が家庭と学校で半分ずつ必要ですが、治療が進ん
で状態が改善し、家族や学校のスタッフの対処技能が向上すれば、治療時間を少なくす
ることができます。
行動療法士は最初に行動面の問題点に関するプロファイルを作成します。ここには、
いつ起きるか、何がきかけになるのか、継続時間はどれくらいか、子どもが落着きを取
り戻すきっかけは何か、などの行動に関する相関記述が含まれます。さらに、欲求不満
がたまりやすい活動(学校での書き取り課題、算数の宿題など)を行っているとき、騒
然とした移動の途中、刺激が多い大きな集団活動(集会)の最中、子どもが疲れている1
日の終りの時間帯などにこの行動が起こりやすい、というような典型的なパターンも記
述されます。次に学校関係者と家族が集まって環境面の対策(environmental
adaptation )を考えます。これには、家庭や学校の環境を可能な限り変えたり刺激を減
らす一時的対策が含まれます。例えば、書き取り課題や宿題の量を減らすことが挙げら
れます。この状況下で子どもの行動がコントロールできるようになったら、少しずつこ
れらの量を増やすことが可能になります。しかし、最初の到達目標は子どもの日々の生
活ができるかぎりうまくいくことです。
次に、行動療法士は家庭や学校と協同で肯定的行動管理計画(Positive Behavioral
Management Plan)を策定します。この計画には、望ましい行動に対して肯定的なフィー
ドバックや報償を与えるための計画と同時に、こどもの不安や怒りが大きくなった時や、
メルトダウンに至ってしまった時の対応策が含まれます。最終的な目標は、子どもが良
い行動にたくさんの関心を払い、フラストレーションを感じた場合に怒りや不安を克服
する技能を徐々に身に付け、不適切な行動を起こさないことです。
さらに、行動療法士は、単独で、あるいは作業療法士と協力して、ストレスを感じ
たときに行うリラックス方法などの代替行動や感覚統合活動を教えます。(不安の克服
や、感覚統合については別の記事をご覧ください。)
2. 可能ならば遊戯療法士(play therapist)を参加させる
遊戯療法士というのは、劇を通じて個人的に子どもの治療を行うソーシャルワーカ
ーや心理療法士(psychologist)などのことです。彼らは肯定的な自己尊厳の確立や種々
の困難な状況を理解することの手助けをしてくれます。子どもは寸劇を大人と一緒に行
いながら、自らフラストレーションを感じる状況にたち、それを口に出して表現し、対
処する方法を演じます。この種のサービスは子供向けの健康保険のサービスの一つとし
て利用可能です。以前にも述べましたが、ウィリアムズ症候群の子どもの治療経験を持
っている療法士を探すことは難しいことですが、少なくとも発達障害の子どもの治療経
験が豊富であることが必要です。この療法士は行動療法士と常に連絡を取り、それぞれ
別々の視点を持ちなが密接な協力関係を築くことが重要です。療法士は必要に応じて家
族や兄弟たちの精神的なサポートも行って、家族全体がその子の行動を変えていく挑戦
を手助けします。
3. 薬物治療(medication)の考慮
どのような時に薬物治療を検討そればいいのでしょうか? もちろん、ひとそれぞれ
で判断は異なりますが、判断の参考として薬物治療方法を紹介します。薬物治療を試み
るケースとしての判断規準を次に掲げます。
a. 子どもの行動に対するフラストレーションから、大人自身が自制心を失ったり
耐えがたいと感じる頻度が度を越していると感じた場合
b. その子の行動が原因で、家族が外食に出られない、友達のうちに遊びに行けな
い、他の子どもの世話に時間を割けなくなった場合
c. 予期しない行動を起こすことが原因で、学校の普通クラスで行われる活動・課
外活動・近所の子どもたちとの遊びなどの本来なら楽しくて本人のためになる
活動に参加できない場合
d. 家庭や学校にいる時間の大半が苛酷だと感じる場合
e. 誰もがその子の行動に嫌悪感を示し、その子の行動に改善傾向が見られない、
あるいは悪化している場合
f. その子の自己尊厳がなくなる方向にある場合
g. 他の方法では十分な改善が見られない場合
薬物治療の効果は?
薬物治療はその子の生理的機構に働きかけて行動面の問題を改善します。ウィリア
ムズ症候群だからあるいは特定の行動だから効果があるという特定の薬物治療は存在し
ません。しかし、その子に適した薬物治療法や薬の服用量を見つけられれば、その子が
持っている機能を劇的に改善することも可能で、その結果として行動療法の成果が向上
し自己統制が可能になります。
薬物治療についてよく聞かれる質問
a. 副作用はありますか? アスピリンも含めてほとんどの薬物治療にはある種の副
作用が存在しますが、この目的で使用される薬物治療の副作用はほとんど見られ
ないか、あっても問題にはなりません。時間が経過しても眠くなるというような
副作用がなくならない場合は、その薬物治療がその子に合っていないか、服用量
が間違っています。もちろん、気をつけておくべき副作用に関して主治医とよく
話し合っておくことが大切です。薬物治療を行わない場合の感情的副作用の影響
を比較検討することも大切です。
b. その子は一生薬が必要ですか? ウィリアムズ症候群の子どもに関する我々の経
験からすると、時間が経過し治療を継続することによって行動面の問題は改善し、
その子の自己統制能力が向上し、薬物治療が必要無くなることが多いようです。
その子の行動が落着いてきたら、投薬量を減らしてみて薬を継続する必要性があ
るかどか頻繁に確認することが大切です。以前の行動が再発すれば、投薬を継続
することが必要です。こどもが成長して大きくなれば、投薬に効果があるかどう
か、薬を飲み続けるかどうかについても本人と相談して決断ができます。
c. 薬物治療は学習に影響がありますか? 薬物治療でその子の不安感を軽減でき、注
意力を向上させ、自制心を付けられれば学習にも効果が見られることが多いよう
です。
d. 子どもが大きくなるのを待たないのは何故ですか? こどもが何度も失敗体験を
繰り返すと、悲観的な効果が作り上げられます。その子の自己尊厳は傷つき、家
族や友達との関係も悪くなります。子どもたちが成長すれば他にも利用できる効
果的な方法はありますが、子どもが小さい場合に薬物治療でこの悪循環を断ち切
り成功体験を積めるならば、肯定的な自己尊厳を確立するためのしっかりした基
礎を築くことができます。
e. 薬物治療を信頼できない場合はどうすればいいでしょうか? 確かに、薬物治療に
強い拒否感を感じる人が多いことも事実です。親としての感情と正反対のことだ
けに、単なる意見として受け入れることは難しいでしょう。自分の子どもが強制
的に薬物治療を受けさせられることはけしてありません。薬物治療を受けている
子どもの両親の意見を参考として聞いてみることが役に立ちます。
誰がこの種の薬物治療の処方をしてくれますか?
どの地域に住んでいて、どのようなサービスを受けられるかで大きく異なります。
ある種の薬物治療に慣れている小児科医もいます。普通は小児精神科医や発達小児科医、
時には小児神経科医などが処方します。以前にも述べましたが、ウィリアムズ症候群の
子どもの豊富な治療経験を持っている医師はほとんどいませんが、発達障害の子どもの
治療経験が豊富で、あなたや行動療法士と緊密な連携を取りながら、効果的な薬物治療
やその組み合わせ、適切な投薬量を見つけてくれる医師を探してください。その地域で
受けられる適切なサービスを知りたければ、WSAの各支部に問い合わせることが近道です。
その医師は、お子さんをよく知るために診察に時間を割くと同時に、あなたからその子
の様子を聞き、子どもの担任教師や療法士から情報を集め、行動療法士からの情報にも
目を通してくれるでしょう。
次に掲載するリストは、特定の問題に効果があり、これらの症状の子どもたちに実
際に効果がみられた薬の一覧です。どの症状にあてはまるか明確ではないことがありま
す(例えば、不安感が注意欠陥の原因になるか? とか、不安感と注意欠陥が混在するこ
とがあるかなど)が、実際に効果がある薬物治療方法を見つけるには何種類かの薬を試
すことが必要になります。時には複数の薬を使うことで効果がでることもあります。
注意欠陥:リタリン・Adderall・Concerta・Nortryptilline・Wellburtrin
不安感:Clonidine・Tenex・選択的セロトニン再吸収阻害剤 = SSRI(Prozac, Paxil,
Zoloft)・BuSpar・Xanax・Effexor
感情調節(mood reguration):SSRI・Wellburtrin・Effexor・Risperdal
覚醒(arousal):Clonidine・Tenex・Propranalol
抑うつ:SSRI・Wellburtrin・Effexor
どうすれば薬物治療の効果がわかりますか?
深刻な行動面の問題を抱えている子どもたちは、薬物治療の効果があるかどうかは
はっきりとわかります。上で述べたようなサポートを行えば、劇的な効果がみられるこ
とがほとんどで、しかもかなり即効性があります。ほとんど違いが見られないか、行動
問題が悪化するような場合は、薬物治療方法か処方量のどちらかが間違っています。
結論
ウィリアムズ症候群の子どもたちはたくさんのすばらしい能力を持っている一方で、
軽度の行動問題や深刻な行動問題を抱えている子も存在します。この問題は不安感の増
大と覚醒、不均等な発達、低いフラストレーション耐性などが組合わさった結果だと我々
は考えています。ウィリアムズ症候群の子どもの中には、過激な反応を見せる傾向があ
り、その反応自体に刺激されて過激さが増していき、ついには制御不能なメルトダウン
に至る子どもがいるように思えます。行動面の専門家の援助を受け、環境から受けるフ
ラストレーションを一時的に減らす対策を取り、遊戯療法を受け、薬物療法を考慮する
などの助けを借りて問題を乗りきりましょう。
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