ウィリアムズ症候群にみる認知的乖離現象とインクルーシブ教育の可能性
片田 房
早稲田大学理工学術院
電子情報通信学会技術研究報告 111(428) 7-12ページ (2012年2月4日)
あらまし
ウィリアムズ症候群とは、7番染色体長腕7q11.23領域から約26の遺伝子(とりわけエラスチン遺伝子)が欠損して発症する隣接遺伝子症候群のことである。疾患者には心血管異常や心身発達遅滞の他に、聴覚過敏、視空間認知障害、協調性運動障害等が伴い、ことば(始語)と歩行の遅れが目立つ一方で、成長とともに優れた音感と言語を表出し、他者への高い共感性と社交性に富む行動が顕著に観察される。本稿では、ウィリアムズ症候群の特徴的な高次脳機能の乖離現象を報告し、ことばの遅れは、同定されている遺伝子欠損が主因の身体発達遅滞の一環であるとの見解を提示する。また、本見解により、アシスティブ・テクノロジーを活用したインクルーシブ教育の妥当性が立証されることを主張する。
1.研究分野概観
1.1.ウィリアムズ症候群とは
1.3.本稿の動機と目的
2.ウィリアムズ症候群にみる認知的乖離現象
2.1視空間認知障害
2.2.言語表出
2.3.音楽への高い関心と能力
2.4.ラドリングの能力
3.ことが(始語)の遅れとその見解
3.1.始語の遅れとその後の言語発達
3.2.言語の固有性と普遍性
3.3.聴覚過敏と始語の遅れ
3.4.歩行の遅れと始語の遅れ
4.インクルーシブ教育への示唆
音声言語普遍性の原理より、ウィリアムズ症候群における始語の遅れの原因は、認知発達遅滞というよりは、聴覚過敏及び発育遅滞による歩行の遅れと連動しているとみるのが妥当である。つまり、身体発達遅滞の一環である。言語知識は人の脳内に普遍的に発達するものであり、発語はその知識が発声器官を動かして表面に表出するものである。言語知識の有無は発話を通してしか観察することができず、両者は混同され易いが、言葉の遅れは脳内に言語が発達していないことにはつながらない。WS疾患者の歩行開始後の言語能力がその経験的根拠である。ウィリアムズ症候群にみられる認知的乖離現象から、精神的・知能的能力は個人間で相対的なものであることが実感できる。この実感がインクルージョン教育の拠って立つ原点にある。
学校教育において求められるが文字を書く能力である、WS疾患者には極度の協調運動障害があり、書写は現実的ではない。この弱点はコンピュータを用いた教材開発によって補うことができる。アシスティブテクノロジーの障害者への活用は、米国においても十分とはいえないが、実績が積み上げられてその認知が進んでいる。障害とテクノロジーのあり方の理想例をそこに垣間見ることができる。
(2012年4月)
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