「灰色の脳細胞:音楽と脳」



この資料は、アメリカのメーリングリストで紹介されていたラジオ放送の台本の一部を 個人用に翻訳したものです。もっと詳しくお知りになられたい方は、台本(transcript)を 取り寄せてご覧ください。

(1998年4月 杉本)

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これは、1998年のナショナル・パブリック・ラジオの番組「灰色の脳細胞:音楽と脳」: "Gray Matters: Music and the Brain" の台本の一部です。後半部分にウイリアムス症候 群が紹介されています。下記は、放送された台本の最初の1ページと、ウイリアムス症候群 が出てくる最後の3ページ分です。

1時間番組のカセットと台本を購入したい方は、 1-800-65 BRAIN(アメリカ)まで電 話をしてください。

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「灰色の脳細胞:音楽と脳」:"GRAY MATTERS: MUSIC AND THE BRAIN"

アナウンサー:「この番組は、DANAアライアンス脳イニシアティブ(DANA ALLIANCE FOR BRAIN INITIATIVES)の協力で作成されました。」

音楽を楽しむことは簡単です。自分で演奏してもいいし、聞いてもいい。口笛を吹きながら 大いに楽しんでもいいのです。

私は、マンディ・パティンキン(MANDY PATINKIN)です。

音楽が消えてしまった人生の虚しさを想像することは容易なことではありません。その空虚 さは耐えられないと思います。沈黙で息が詰まりそうになります。哲学者のフレードリッ ヒ・ニーチェが述べたように、音楽は「この地球上で、その為に生きる価値があるもの」な のです。

これからの1時間、科学と音楽とこころの関係について、いくつかの物語をお伝えします。 研究テーマとしては比較的新しい分野で、私たちが交響曲や歌に対して、どのように理解し 感動するかや、我々を人間たらしめている条件を調べるために脳の内側を覗き込んでいる科 学者がいます。(コンピュータ音楽が聞こえてくる)

脳が音楽演奏理解している機構を研究しているある科学者は、音楽を勉強することでよりか しこくなれるかどうかとうい疑問を解明しようとしていることを紹介します。

どのようにして音楽は、楽しさや悲しさや恐怖に震えるというような感情を呼び起こすのか についてお話します。さらに、脳の動脈瘤ができた後、音楽に対する感受性が劇的に高まっ た一人の男性を紹介します。

*** 続いて、ウイリアムス症候群と呼ばれる精神遅滞の症状を持つ一人の女性を紹介し ます。しかし、彼女の歌を聞くと、知性の本質とは何かという疑問がわいてきます。

−=−=− 最後の3ページ:ウイリアムス症候群 −=−=−=−=−=−=−=−=−

私たちが「知性」という単語を使うときには、何を意図しているのでしょうか。脳について、 またその無限とも思える機能について知れば知るほど、「知性」という単語が不正確なもの に思えてきます。いろいろな「知性」が存在するのです。

同様に、脳科学者は「精神遅滞」というレッテルも正確ではないという見方に達しています。 IQは低いけれども、音や音楽に対してはすばらしい能力を示すウイリアムス症候群と呼ば れる希少病について考えてみましょう。この病気は、能力の優れた点と劣っている点の共存 が、我々の既存の評価方法を超えてしまっていることを示しています。

メアリー・ベス・キルヒナー(MARY BETH KIRCHNER)がレポートします。

科学における意外な新事実は、予期していない時期に、予想もしないような訪れ方をします。 カリフォルニア州ラ・ホヤにあるソーク研究所(Salk Institute)の神経科学者アースラ・ ベルージ(Ursula Bellugi)にとって、約15年前の一本の電話によって、その重大な出 来事がもたらされました。その電話が彼女の研究方針を大きく変えました。

ベルージ:「ある夜遅くまで研究室で働いている時に一本の電話がかかってきました。電話 にでると見知らぬ女性でしたが、彼女がノーム・チョムスキーから私に電話するように言わ れたと述べたので、電話を切りませんでした。彼女は、私の娘は精神遅滞だけれども、言語 は優れているのであなたが興味を持つに違いないと言いました。」

ベルージは、著名な言語学者でこの娘と面会したチョムスキーからの紹介状を調べました。 のちに彼女は「クリスタル」と呼ばれるようになりました。ウイリアムス症候群という魅力 的な病気を研究する過程で、彼女はまるで「クリスタル・ボール:占い師の使う水晶玉」だ ったからです。

ウイリアムス医師がこの症候群を発見したのは、わずか40年前のことです。その特徴はた いへん変っています。子供達はとても流暢に言葉を話しますが、絵を書いたりブロックで形 を作ったりという空間的認知力を必要とする作業はうまくできません。人の顔の識別能力は たいへん優れていますが、問題解決能力は劣っています。知能指数は平均50前後です。

予期しなかったウイリアムス症候群の特徴の一つは、音や音楽に対する感受性です。ベルー ジは早い時機にクリスタルから見出していました。

ベルージ:「驚いたことのひとつは、彼女が一人で作曲をしていると母親が言ったことです。 彼女の作った曲はたいへん美しく忘れられないものでした。友人の音楽家に演奏して聞かせ てあげましたが、そのことの持つ意味がよく解っていなかったために、このことを記憶の片 隅に追いやっていました。その後、グロリア・レンホフや何人かの子供たちに出会って初め て、ウイリアムス症候群の人たちは特別の能力(例えばグロリアのような)を持っていると 思い始めました。

(音楽:グロリアの歌 プッチーニ)

グロリア・レンホフはまさに特別の能力を持っています。彼女は少なくとも1000曲の歌 のレパートリ(おそらく2000曲を超えていると思われますが、彼女の両親は数年前に数 えることをやめました。)があります。それも25ヶ国語で。

一方で、彼女は自分の名前を上手に書けないし、4+5の計算ができません。

グロリアは楽譜が読めません。しかし、最新の注意を払って録音を聞くことで、外国語の発 音や新しいメロディを把握できます。まるで新しいことを無限に記憶できるかのようです。

グロリア:「これまでに、たくさんのオペラのソプラノ歌手の歌を聞いて来ました。なんて すばらしいのでしょう。私もいつの日かその歌を習いたいと思い、今では歌えるようになり ました。

レンホフ:「・・・・ それで、精神的非対称という単語を思い付きました。脳の構造が対 称ではないので、彼らの認知機能も対称ではないのです。」

ハワード・レンホフはグロリアの父親です。

レンホフ:「両親達のグループと話をするとき、私はいつも最初は括弧をつけて「精神遅滞 だよ」という話から始めます。しかし、彼らにはすばらしい能力がいくつか備わっているの でこの言葉は正しくない、というメッセージを伝えることで病気の紹介をしめくくります。」 (グロリアの歌)

ハワード・レンホフ達は、ウイリアムス症候群に優れた点と劣った点が共存することを「精 神的非対称」という言葉で表現します。

(さらにグロリアの歌)

分子遺伝学の分析によって研究者達がこの病気の原因を突き止めたのは、ほんの5年前のこ とです。7番染色体上のほんの少数の遺伝子の欠失がこの病気の原因であり、それが脳器官 の違いとして現れている、と彼らは考えています。ウイリアムス症候群の染色体の欠失は大 脳の左半球は損なわず、右半球に影響を与えました。

レンホフ:「この微少欠失が妊娠のずっと前に偶然発生したものであるという事実を知らさ れるまで、ウイリアムスの人々の両親達は自分たちに責任があると全員が思っていました。 しかし、原因は、両親が妊娠期間中に何か間違ったことをしたことではありませんでした。 この発見のおかげで、両親たちは精神的にずいぶんと楽になりました。今我々ができること は、彼らのありのままを認め、できる限りのサポートをすることです。」

MRIのような映像技術によって、ウイリアムス症候群では、脳の中の前頭葉・側頭葉・小 脳が損なわれていないことがわかります。これらの部分は言語を司っていると考えられてい ます。

音楽も側頭葉とそれに隣接する側頭平面と呼ばれる領域に機能があります。これまでに調査 されたウイリアムス症候群の人の一部で、脳のこれらの領域の拡張が見られました。

ベルージ博士らの研究者達は、ウイリアムス症候群の人の音楽的能力については、ほとんど が逸話的で科学的調査がほとんど行われていないと警告していますが、ハワード・レンホフ は、ウイリアムスの人々に普通ではない能力が備わっていることをずっと以前から確信して います。

レンホフ:「この35ポンドもある重たいもの、これも父親の役目です。」

ここで彼は娘にアコーディオンをつけてあげます。彼女は12才の時から弾いています。

MBK:「あなたがたはチームですね?」

レンホフ:(笑って)「今すぐこの役目をやめたいのですが、そういう訳にもいきません。」

グロリアは43才です。レンホフは定年を迎えていますが、カリフォルニア大学アーバイン 校の生物学の名誉教授でもあります。彼は、娘と一緒にアメリカ中を演奏旅行して回ること に時間の多くを費やしています。

レンホフ:「娘の演奏旅行で飛行機を乗り継ぐために重いアコーディオンを運んでいました。 ちょうど小さなトラムが通りかかったので、運転していた男性に乗せてくれるよう頼んだと ころ、「いいよ、乗りな」と言ってくれました。それに乗り込んで、私は彼に「ありがとう」 といい、娘は「グラシアス」と言いました。私はスペイン人ではなくボスニア人だと彼は言 いました。そこで、グロリアは彼の知っている歌を歌い始めましたが、彼は涙を流し彼女と 一緒に歌いはじめました。グロリア、あれを歌えるかい?」

(グロリアが、アコーディオンで伴奏しながらボスニアの歌を歌います)

レンホフは、自分の娘だけが優れた音楽の才能を持っているのではないことを確信していま す。5年前、彼は協力者とともに、バークシャーのタングルウッド(Tanglewood)の近くに 音楽キャンプを創設しました。毎年、40人程のウイリアムス症候群の人々が音楽を演奏し 勉強するためにここに出かけます。

ベルージ博士と共同研究者達もこのキャンプに参加して、キャンパー達が音楽に没頭してい ることに気づきました。教室から教室へと移動する間でさえも、一緒に歌を歌っていました。 多くの人が耳で覚えて演奏を行ったり、即興演奏をしていました。次から次ぎにたくさんの 曲を作曲できる人も一人いました。絶対音階を持っている人もたくさんいました。

(グロリアの歌が復活)

ウイリアムス症候群は脳研究の最先端全体を示す代表的な例です。研究者のテーマは変化し ていますが、グロリア・レンホフ達は、淡々と彼らの音楽で聴取を魅了し啓蒙し続けていま す。

彼女のお気に入りの曲には、いつもプッチーニの "O MIO BABINO CARO..." が含まれてい ます。

MBK:「この曲のタイトルはどういう意味ですか?」

グロリア:「ああ、いとしきお父さん・・・」

そして、ハワード・レンホフのような両親達も、この分野に科学者の興味を引き付けようと 側面から努力を続けています。

レンホフ:「何かが脳に影響を与えたために、音楽を好きになり、音楽的能力を持つように なったこの一握りの人々を研究することで、彼らの脳がどのように機能して音楽を処理して いるかを解明し、我々の脳の機能を理解できるようになると思います。私が育った実験生物 学の分野では、「正常系を知りたければ、異常系のシステムを研究しろ。」という一つのル ールがあります。音楽を研究したければ、音楽には優れているが他のことは上手にできない 人々を研究しなさい。これは、私たちが科学者に求めている課題なのです。」

メアリー・ベス・キルヒナーでした。

(音楽が大きくなり消えていく。)

あるウイリアムス症候群の子供が言ったことがあります。「音楽は、ぼくの最も好きな思考 方法なのです・・・・。」

1時間にわたって聞いてきたように、音楽は優れた思考方法だと考える神経科学者の数が増 えてきています。彼らは脳の内部を覗き込み、どのようにして脳が音楽を聞き、変換し、理 解しているのかを知ろうとしています。研究は始まったばかりです。しかし最後には、私た ちの「灰色の脳細胞」がどのようにしてメロディや曲に執着しているか、また、なぜ人間は 空気呼吸のように確実で調和を保って音楽を吸い込んでいるのかを解き明かせる、と科学者 達は期待しています。

マンディ・パティンキンでした。

アナウンサー:「この番組「灰色の脳細胞:音楽と脳」のカセットや台本、「脳の不思議を 解き明かす」("Unlocking the Mysteries of the Brain,")という無料のパンフレットを お求めの方は、1-800-65-BRAIN(アメリカ)に電話をしてください。」

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