「今日のごきげんはいかが？」と、１５０センチに満たない小柄な体格にしては特別大き な声で話します。「とても調子良いみたいね！ 気分はいかが？」 「オー イェー」

トリエアナが一日の大部分の時間を過ごすオージェイ福祉センター(the Ojai Enrichment Center)に集まった聴衆は、彼女のショービジネスとしての「軽口」が好きで す。彼女のファンのうち何人かは明らかに精神遅滞で、自分のリズムで体をゆらしていま す。他の人はもっと熱狂的で、彼女が聴衆の中に見つけた友人を指して「と〜ってもセク シー」と言った時には大きな声を上げました。トリエアナは聴衆と一体化しています。２ ４才の彼女の知能指数は８才程度ですが、絶え間なく演奏旅行を続けるミュージシャンと してステージ上ではとても風格があります。

文字どおりの意味で、彼女は遺伝子の中に音楽を抱えています。彼女はウィリアムズ 症候群を持って生まれました。この稀少病は知的能力を損なう替わりに、音楽的才能やお しゃべりの能力を授けることが多いようです。ウィリアムズ症候群は1961年に発見されま したが、最近では脳の機能や知性の本質を生み出している謎に興味を持っている科学者は 勿論のこと、小妖精の歴史を調べている研究者にまで注目されています。しかし、家族の 次に大切なものは友達と音楽というトリエアナにとって、これらすべては別世界のことな のです。「ウィリアムズ症候群？ そうね、詳しいことはわからないわ。」と、ゆっくりと彼 女は言います。

彼女の両親も医者達も知りませんんでした。つい最近までは。「娘が１才になる前に、 いわゆる『普通の子』ではないことはわかっていました。」とトリエアナの母親のキャロラ イン・ムーン(Carolyn Moon)が言いました。「娘は発達が遅れていますとだけ聞かされてい ました」。トリエアナの目は内斜視でした。２回の手術を受けた後、分厚い眼鏡をかけて 視力を矯正しています。普通の子どもと同じ時期には歩いたり話したりできませんでした。 心疾患もありました。彼女の前腕と手首はとても固くて手のひらを上に向けることができ ませんでしたが、この障害は屈伸療法(extensive therapy)で克服されました。彼女が大き くなるにつれ、養護学校に通い続けても1人で生活できないことが明らかになってきまし た。

「娘にはお金の概念がありません」と母親が言いました。「娘には『怖い』という感覚 もありません。誰か知らない人が近づいて来ても、ただおろおろするだけです。どうすれ ばいいかわからないのでしょう。」

つい最近のことですが、トリエアナはオークビューにある自宅から1人でバスに乗っ て、10マイルほど離れたベンチュラ(Ventura)にある商店街まで行くと言い張りました。キ ャロライン・ムーンと夫のジョン(John)はすぐ後ろを車で追いかけました。「とても恐ろし かったのです」と、キャロラインは言いました。「バスが娘をおろした時、ただ終点まで乗 ってきただけでしたが、『やったわ。商店街まできたわ！』」。

トリエアナは楽譜が読めなくても和音や音階や和声を使いこなせることも早いうちか らわかっていました。自分で歌を作曲し、他にも何百曲という歌を記憶しています。学校 が終わると、居間のピアノの前向かい数分前に車のラジオで聞いたメロディを連打します。 「曲を聞くと、突如目が大きく見開かれて・・・ピンポン・・・、その曲が弾けるように なるの」と彼女は言います。

オージェイ・サミット学校(Ojai's Summit School)の前校長のラリー・ハートマン (Larry Hartman)は、１５年も前のトリエアナのタレントショーのことをずっと覚えていま す。「彼女が"You Light Up My Life"を歌うと、どうでしょう、みんなを魅了してしまいま す。」と彼が言いました。「みんなが立ち上がって拍手喝采しました。彼女の声はすばらし いとは言えませんが、プロの歌手の様に大きな声で歌います。いちども忘れたことはあり ません。」

ノードホッフ高校(Nordhoff High School)で特殊学級に通った後、トリエアナはオレ ンジ郡にある発達障害の子供を対象にしたホープ大学(Hope University)で勉強しました。 「望みは高く(the Hi Hopes)」という音楽学科に所属し、マリル・へナー(Marilu Henner) テレビトークショーで歌ったりしました。

その時に、テレビでトリエアナを見たハワード・レンホフ(Howard Lenhoff)というウ ィリアムズ症候群の子供の父親から宿命的な電話がトリエアナの母親にかかってきました。 「彼は、『トリエアナについて少しお話しがあります。最初に、あなたはこの原因になるよ うなことは何もしていません・・・・。』と言いました。電話が終わる頃には涙を流してい ました。」

キャロライン・ムーンにとってウィリアムズ症候群という言葉を聞くのは初めてでし た。「彼女の状態を表現する名前はありませんでした。説明もありませんでした。いつも混 乱の中にいました。」と彼女は言いました。

カリフォルニア大学の生化学者であり有名なウィリアムズ症候群の研究者でもあるレ ンホフは、自分の娘をはじめとして多くのウィリアムズ症候群の子供達に見られるすばら しい音楽的才能についても彼女に伝えました。彼の娘のグロリアはウィリアムズ症候群の 有名人で、オペラ一座に加わって全米を公演して歩き、２５ヶ国語で歌が歌えます。トリ エアナの病状に関するレンホフの的確な指摘をキャロライン・ムーンは驚きをもって聞き ました。彼はトリエアナの病状について次から次に疑問に答えていきました。心雑音？ 高 血圧？ 前腕の固着？ 協調動作がへた？

そうです、トリエアナの学習障害と同様にこれらはすべてウィリアムズ症候群の子ど もに共通的に見られる特徴だと彼は言いました。彼女の低身長と妖精のような上向きの鼻 はウィリアムズ症候群のトレードマークで、小妖精や小人の民話はずっと昔に生まれてい たウィリアムズ症候群の人がモデルになったことを示唆しています、と彼は続けました。

医者のかばんに詰め込まれたこれらの多くの兆候がニュージーランドの医師ウィリア ムズ(J.C.P. Williams)によってひとつにまとめられたのは、1961年になってからでした。 しかし、彼はこの業績を長く誇ることはできませんでした。彼が1961年に一里塚となる論 文を書いた数年後、イギリスで列車に乗り込んだ後行方不明になりました。

現在ではウィリアムズ症候群は血液検査で診断できます。あるいはトリエアナの例の ように教育現場で発見されます。「彼女を見た時、間違いなくこの症候群を持っていると確 信しました。彼女はウィリアムズ症候群の外見をしていました。」とレンホフは過去を振り 返ります。

彼は彼女が特定の遺伝子組成を持っていることも示しました。２万人に１人の割合で 生まれるこの症候群を持った赤ん坊は特定の染色体から20個の遺伝子が欠けていることを 科学者達が発見しています。この欠失が症候群に共通適に見られる肉体的特質のいくつか の原因であると説明できますが、豊かな音楽性や言語能力との関連を示したものはいませ ん。「まだ我々は真暗闇の中にいるのです。」とレンホフは言います。

しかし、絶対音感を持つ音楽家達を対象とした研究が有力なヒントを与えてくれまし た、と彼は続けます。これらの音楽家達の脳に見られる唯一普通とは違っている点が、左 側頭平面とよばれる部分の肥大だとわかりました、とレンホフは言います。ウィリアムズ 症候群の人の脳は平均より20%ほど小さい傾向がありますが、左側頭平面は正常あるいは少 し大きくなっています。つまり他の人たちに比べると脳に占める割合が大きいのです。

ウィリアムズ症候群の人の多くは絶対音感やそれに近い能力を持っているとレンホフ は言います。彼はマサチューセッツ州レノックスで開催されるウィリアムズ症候群音楽キ ャンプの共同創設者の1人です。絶対音感があるという指摘は難しさを伴います。なぜな らほとんどの人は楽譜が読めず、すべての音の名前をいえないからです。

レンホフによれば、「私や多くの音楽教師は、彼らはすばらしい耳をしていると感じて います。しかし、交響曲や協奏曲を一度聞いただけですぐに演奏できるというような意味 のサバン(savant)ではありません。彼らには練習が必要です。ただし我々よりは少なくて すみます。」

トリエアナとレンホフの娘のグロリアは友達になりました。「彼女たちは姉妹みたい です。」とレンホフが言います。

グロリアと違って、トリエアナには声楽教師はいませんし、ロサンゼルスオペラ(the Los Angeles Opera)のボイストレーナーの予約をしてくれるような代理人もいません。彼 女の声は少し細くなることがあり、時々キーボードの音を間違えます。しかし情熱がある ことは疑いが無く、彼女の才能は必要とされています。

たいていの金曜日のお昼には、発達障害市民協会(Association for Retarded Citizens) が経営するオクスナード(Oxnard)レストランのマジック・マフィン(Magic Muffin)でキー ボードの上に覆い被さっています。音楽はスコット・ジョプリンの曲や"Amazing Grace"や 「わらの中の七面鳥」などで、カクテルラウンジのざわめきと喧騒の中で演奏されます。

ベンチュラに完成した協会の施設のオープニングで彼女はマライア・キャリーの歌を 大きな声で歌いました。来年はベンチュラで開催されるスペシャルオリンピックの開会を "The Star-Spangled Banner"で宣言します。ほぼ毎日午後になるとオージェイ福祉センタ ーでは、ショーが開催されトリエアナはキーボード、友達がコーラスで声を合わせ、ボラ ンティアでギタリストのビル・ハビー(Bill Hubby)がバックビートを担当します。

黒板の上には、誰かがピースマーク・机・いす・カップを書いています。時々,介護員 が見まわり、あちらでは背中を軽くたたき、こちらではかるく抱きしめたりしています。 トリエアナはエルビスやジャッズ(Judds)の曲やAmazing Graceを演奏し、歌える事を神様 に感謝し、聴衆にはキリストが天から皆を見ていることを思い出させ、聴衆は「ウォー」 と応えます。

「今日はみんなどんな気分？」と、何回目かの問いかけをします。「今はとっても憂鬱 だってことを伝えたいの。そして憂鬱な時は「I ROCK YOUR WORLD!」を歌うの」

（１９９９年９月）