音楽記
グロリアのお父さんのレンホフ博士から送られてきた新聞記事です。サンディエゴ・
ユダヤ・タイムス・ニュース・マガジンの2000年8月4日号に掲載予定とのことでした。
(2000年8月)
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MUSIC NOTES
デービッド・エイモス(David Amos) 指揮者・音楽評論家
去る7月2日、私はある音楽会で指揮をしました。エル・カヨン(El Cajon)に本拠を
置くマダレイン・ソフィー・センター(Madeleine Sophie's Center)に対する2回目の慈善
コンサート(年1回開催)でした。このセンターは発達障害を持つ人に就職技能や余暇活動
や芸術表現などの訓練と向上を目的にしている学校です。
しかし、これがみなさんに伝えたいことではありません。今回のコンサートが普段と
はまったく違っている点について、私はコンサートが終るまで完全には理解できませんで
した。
今回のソリストはソプラノ歌手のグロリア・レンホフ(Gloria Lenhoff)でした。彼女
はウィリアムズ症候群という染色体異常が原因の病気です。グロリアは45才で認知障害が
あり、知能指数の測定値は55です。しかし、ウィリアムズ症候群の人の多くと同じように、
彼女は言語能力と音楽的才能にとても恵まれています。絶対音感をもち、2000曲以上を記
憶し、28ヶ国語で歌い、何曲かは転調することができます。
1999年の夏、グロリアは私のオーケストラと共演しオペラ歌曲やブロードウェイミュ
ージカルを歌いました。オーケストラをバックに歌うことは初めてだったにもかかわらず、
彼女は上手に歌いました。しかし、非凡な才能が発揮されたのは今回でした。2000年7月
の上演に向けて、私はグロリアに対してさらなる挑戦を促すような難しい曲を何曲か父親
のハワード・レンホフ博士(Dr. Howard Lenhoff)に提案しました。
私が考えた中に、サミュエル・バーバー(Samuel Barber)作曲の有名なアメリカの風景
を描写した「ノックスビル〜1915年の夏」(historic portrayal of Americana, Knoxville,
Summer of 1915)という16分に及ぶソプラノとオーケストラ向けの曲を何気なく加えてい
ました。グロリアたちがこの曲を選ぶとは考えていなかった上に、すばらしいの一言につ
きるような演奏ができるとは思いもよりませんでした。
この曲は変わったリズムと、歌いにくい音程の旋律と、ソプラノのいかなるプロにも
覚えるのに努力を要するジェームズ・アギー(James Agee)作の歌詞を持つとても難しい曲
です。それでもコーチを受けながら練習を重ねたグロリアは、これらの難関をすべて無難
に克服しました。
問題が無いということはグロリアの歌唱がぎこちなく機械的だったことを意味するわ
けではありません。それどころか、彼女の舞台上の演技とせりふの内容には感情がこもり、
それが我々によく伝わってきました。
科学者や医学関係者の中で、バーバーが作曲したこの曲の複雑さを少しでも理解して
いる人は、上手に歌うことを予想した人も、結果を信じる人もいないでしょう。
コンサートに向けて厳しい練習をしながら、私でさえこのことが持つ意味と重要性に
完全には気が付いていませんでした。上手な歌手が難曲をうまく歌ったというだけではな
いのです。柔らかく少し宣伝めいた方法で言うならば、ある程度の忍耐力と実行力がある
心と魂によってなしとげられた歴史的な演奏なのです。今回の演奏は、心が持つ力の第一
級の事例を我々に見せてくれただけでなく、いわゆる精神的障害を持つ人々には我々がま
だ見出していない隠された能力が眠っているという認識をも与えてくれる出来事です。
我々全てにとってこのささいなしかし大きな発見は、私たちの社会が自分たちの物差
しで計ってレッテルを貼ってしまいがちな少数派の烙印やその価値に関わらず、神に近い
すべての人々(God's people)の人生をよりよく実りある物にするためのジャンプ台になる
可能性があります。
編集後記:
エイモス巨匠は130曲以上の曲を指揮しCD27枚を出しています。彼が指揮してこれら
のCDに録音されたオーケストラには、ロンドン交響楽団、イスラエル交響楽団、ポーラン
ドラジオ管弦楽団、スロバキア国立交響楽団、王立交響楽団、エルサレム交響楽団(London
Symphony Orchestra, the Israel Philharmonic, the Polish Radio Orchestra, the Slovak
State Philharmonic, the Royal Philharmonic, the Philharmonia and the Jerusalem
Symphony)が含まれています。
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