ウィリアムシンドロームを持つ10歳女児の認知能力における音楽療法の効用



この論文を書かれた畑さんから掲載の許可をいただきました。

(2004年12月)

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2004年4月1日

ウエスタンミシガン大学 畑 真由美

はじめに

 ウィリアムシンドローム(WS)は、遺伝子に由来する大変稀な障害の一つであり、近年、音楽療法分野においても新しい障害分野として臨床例が徐々に見られるようになってきた。WSは遺伝子障害としては、ここ数年、一般的にも知られるようになってきてはいるが、WSを持つ患者に対する音楽療法の効用に関するリサーチは、ほとんど行われていない。一方、心理学、神経学、音楽教育、等の分野ではWSを持つ人々の認知特性やその音楽的適性が大変注目を集めている。その分野の新しさを指して、レンホフ(1998)は今から6年前、自らのリサーチの中で、WSを持つ患者の音楽適性を定義・比較する研究は始まったばかりであると述べている。その後、いくつかの科学的、及び質的研究が行われ、保護者や社会からWSを持つ人々の認知特性や音楽適性にかんする理解を得る結果につながっている。(レンホフ、1998)

 レンホフ(1998)によると、現在、大変多くのWSを持つ子供たちの保護者が、援助や理解を求めており、音楽療法分野においてもWSを持つ患者が療法対象として増えてくることが予想されている。このような状況に適切に対処するためにも、WSを持つ患者を理解し、研究を重ねることが現在の音楽療法分野に求められている。

ウィリアムシンドロームの定義・研究史

 1961年、ウィリアムズ シンドロームは当初、次のように定義されていた。

 「ウィリアムズシンドロームは、大変稀な神経発達過程における障害であり、顔つきに共通の特徴をもち、神経結合組織の異常、心臓血管の異常、かすれ声、他者への友好的な態度など独特な個性、軽度から中度の精神遅滞や学習障害などの障害を特徴とする。」

 また上記の特性以外にもWSを持つ子供たちの中には、幼児期に高カルシウム血症(hypercalcaemia)を見せるものも多いとされてきた。その後、1993年にWSの遺伝的な原因が発見された。この発見以降、WSは第7染色体の異常(大変微細な部分的欠如)に由来するとされている。(メルビス 他、2000、 アインフェルド 他、1997、 モリス、メルビス、1999、メルビス2003)。

 レンホフ(1998)によると、研究者達は近年WSを持つ人々が様々な認知能力や身体能力に影響するような能力特性を共有していることを発見し始めている。例えば、WSを持つ人々は単純な足し算や引き算をすること、空間把握、論理的な理由付け、概念の抽象化が困難であるが、認知障害を持つ個人としては、大変高いレベルの語学能力を持っている。全体として、多くの人々が深い愛と感謝の心、そして音楽的な能力を持つことも知られている。また彼らは聴覚過敏の症状を持ち、かすかな音をも聞き取る能力をもっている。人に対する適応能力も非常に高く、人に喜ばれることを大変好むという個性をもっている。彼らは非常に暖かく親切な個性をもち、他人の感情に対する理解と同情心が強い。(レンホフ、1998)

 神経解剖学的な発見に基づいて、メルビスと他の研究者達は、WSによる認知特性に関するプロフィールを作成した。この研究の中で、WSを持つ人々の認知能力における長所と短所は3つの能力に重点を置いて説明されている。その3つの能力とは、語学、機械的な聴覚記憶、資格空間構造能力(積み木構成や絵画描写など)の3つである。メルビスがまとめたように、WSを持つ人々の全体的な知的機能は個人差が大きく、重度の精神遅滞から平均的な知的機能を持つ者まで広範囲に及ぶ。特殊な認知能力分野としてはWSを持つ人々は、優れた機械的記憶能力、優れた語学力を持つことがあるが、反対に、空間把握や、空間的構造力が欠如していることが多い。(メルビス他、2000)これらの空間把握や空間構造に関する能力の欠如は神経発達の異常が原因と見られている。また、ファランとその他の研究者は、WSをもつ人々の、空間把握能力の欠如と空間描写(空間把握)に使われる包括的な言語(英語ではin, on, behindなど、日本語では、「上に、中に、後ろに」などの指示語に当たると予想される)の理解の遅れの関係性を指摘している。(ファラン、他2003)たとえ、WSを持つ個人が優れた言語能力を持っている場合にも、これらの空間把握に関連する言葉の理解は問題分野になることが多い。

 WSを持つ人々の、行動や感情面に関して、モリスと他の研究者達は、WSを持つ人々が不安、他動、没頭行動、愛着、不適当な人間関係、短い集中力、摂食障害(特定のものしか食べない等)、必要以上に他者からの注意を引こうとする、目的無く放浪するなどの行動をWSを持つ人々の比較的共通する行動として指摘している。また、WSをもつ幼児は特に言葉や句を何度も繰り返したりすることをしないとも指摘されている。(モリス 他、1999、アインフェルド 他、1997)

 上記のような、一般的な特徴に加え、WSを持つ人々と優れた音楽性は、もう一つの象徴的な特徴として研究者の注目を集めている。レンホフ(1998)はWSを持つ人々の音楽的特性として次のような観察結果を挙げている;

  1. WSを持つ子供たちはほとんどの教科に対して大変短い集中力しか持たないにも関わらず、彼らの音楽を聴いたり、音楽活動に参加する際の集中力は驚くほど長い
  2. ほとんどのWSを持つ子供たちは音符を読めないにも関わらず、彼らの多くは絶対音感か相対音感をもっている
  3. 変拍子や特殊なリズム、7/4等の複雑なリズムを短期間で学ぶことが出来る
  4. 大変優れたタイミング能力を持っている
  5. 多くのWSを持つ人々は複雑な音楽を記憶することが出来る
  6. 外国語で歌うことを学んだWSを持つ人々はほとんど完全とも言うべき発音(アクセント)で歌うことが出来る
  7. 観察者からは、全てのWSを持つ演奏者達は人前で演奏することに対する緊張(Stage fright)が無いように見える
 これらの観察を発表した3年後に、レンホフと他の研究者達は更にWSを持つ人々の絶対音感に的を絞った研究を行い、WSを持つ人々の相対音感を持つ確率の高さを指摘している。(2001)この研究結果に基づいて、彼らは、通常3歳から6歳といわれている相対音感が獲得される期間が、WSを持つ人々に関しては何らかの理由で通常よりも長い期間相対音感が獲得される可能性があるのではないかとの予測を発表している。(レンホフ 他 2001)

 これまでに挙げてきたような研究成果を元に、ブレーデンと他の研究者は学校心理学者、教師、保護者など教育に関わる者に対して、WSを持つ子供たちの教育は彼らの短所を直すことよりも、彼らの長所を伸ばす形で行われることが望ましいと提言している。(ブレーデン 他2002)

 音楽的な観点からは、レイスや他の研究者が(2003)ブレーデンと同じような、WSを持つ個人の才能を伸ばすアプローチを、「Music & Mind 」と呼ばれるWSを持つ人々を対照とした夏季講習での実践に基づいて紹介している。この夏季講習は、個人個人の学習方法の特性や、過去の経験、才能の発達特性、そして教育的な必要性に焦点を置いて行われている。また、WSを持つ人々に合ったプログラムを開発するためには、適切な履修過程(カリキュラム)、音楽の指導法、個人個人の趣向、興味、学習特性、音楽能力に関する極め細やかな情報収集が基本として欠かせないと、レイスは指摘している。また、音楽教育家や音楽療法士はどのように音楽を音楽以外の教科を教えるために利用できるかという知識を持つことが大変重要であるとも指摘している。これはWSをもつ人々が音楽に対する大変強い好意と興味をもっており、この強い興味を他の障害分野を補助するための一つの手段として扱うことが有効と見られるためである。(レイス 他 2003)

 しかし、ホプヤンと他の研究者達はWSを持つ人々の音楽能力の限界についても指摘している。彼らの研究によると、WSを持つ人々の音楽能力は必ずしも分析的な能力ではなく、いわゆる音楽分野において重要とされている表現力、演奏能力、そして即興能力に関する分析力に欠ける点があるということが指摘されている。WSを持つ人々の、上記のような、重要な音楽要素の理解の限界を理由に、ホプヤンは少なくとも音楽教育の初期段階では分析能力の獲得よりも音楽的表現力の発達に焦点が置かれるべきであると述べている。(ホプヤン、デニス 他 2001)

 スタンバウフ(1996)は彼のWSを持つ人々への音楽教育経験を紹介している。彼女が教えたWSを持つ人々の音楽プログラムは、特に、参加者に様々な音楽や楽器を経験してもらうことを目的としており、スタンバウフはこのプログラムでの経験に基づいてWSを持つ人々への楽器の選択の仕方について提言をしている。スタンバウフらはこのプログラムを通してそれぞれの生徒がどのような能力をもち、どのような楽器をそれぞれの生徒が楽しんだかを探り出すことを目標としていた。能力と楽器の好みを探り出すことで、生徒達が、プログラムを終えて家庭に戻った後、適切な音楽教師を探し出すことの助けになると考えたわけである。スタンバウフのWSを持つ人々のための楽器選択リストは以下のとおりである。(スタンバウフ、1996)

  1. 打楽器とピアノは尤も一般的に、全ての年齢層に受け入れられた
  2. ギター、オートハープ、トランペットは10代の青少年から大人に向いている
  3. クラリネットとトロンボーンは難しいが、生徒の過去の経験によっては可能である
(WSを持つ人々の身体能力は様々であり、時に身体能力が楽器選択に影響することもある。そのような観点も含めて、レンホフは更に詳しい楽器選択に関するリストを作成している。)

 今までに述べてきたような、WSを持つ人々の音楽特性は音楽療法がWSを持つ人々のための強い療法手段の一つとなりうる可能性を示唆している。音楽情報のグループ化に関する心理過程(ドイチェ、1982)を利用した、音楽記憶法(歌詞を空欄にして連想させる記憶法)(グフェラー、1983)などはWSを持つ人々の記憶力を強化する有力な手段といえる。また。モートンと他の研究者は、一般的に音楽が注意力の発達や記憶力の強化に有効に作用するとしている。(モートン 他1990)レイスや他の研究者(2003)のアプローチは、WSを持つ個人の長所、興味、学習方法、に重点をおいた音楽能力開発的なアプローチを通して全ての参加者の数学的な能力を刺激するプログラムの提供と、参加者の将来的な音楽や他の能力発達のための機会を提供した点で、モートンの指摘した、音楽の持つ注意力、記憶力強化の作用を音楽活動に結びつけた典型的な例といえるであろう。(レイス 他、2003)

 このような先行研究に基づいて、本研究の中では音楽療法を通したWSをもつ患者の注意力の向上に関して考察したい。この研究を通して、WSを持つ個人の認知能力の特徴を探り、音楽を患者の、課題に対する注意力を促すための強化材料として使用することの意義を考察したい。

* 注)本研究の後半には、私が2004年の1月〜4ヶ月間、週に2回、個人音楽療法を行った10歳のWSを持つ女児の記録がされていたのですが、授業実習範囲内の研究として、個人権利を守るための大学機関の許可を得ずに行われている記録のため、対象個人に関する情報は公表するとが出来ませんので省略させていただきました。参考のため、4ヶ月の実習の中で設定された、音楽療法のゴールと目的、結果、考察のみ、概略として掲載させていただきます。

対象

10歳、女児、ウィリアムシンドロームとの診断を受けている

方法

長期目標:

  1. 課題にたいする注意力、集中力を向上させる
  2. 質問に対し適切に応答する能力を高める
  3. 声を使って表現する回数を多くする
短期目標:

  1. ピアノを用いた活動に集中する時間を14回のセッション中に30%向上させる
  2. 音楽療法士からの質問に対し適切な解答をする回数を14回のセッション中に80%向上させる
  3. 連続した3回のセッションの中の歌唱活動あるいは声を使った表現活動の中で、毎回3回以上、声を使って活動に参加する
音楽活動:

  1. ピアノを用いた活動:動きやパーカッションを用いた活動よりも、空間把握能力やコードや音符のコンセプトを理解する、各指の名称を覚えるなど、分析、把握能力など注意力、集中力を要する活動を主として行った。
    1. 音符の色と、鍵盤の色を一致させる。
    2. 音高の違う、同名の音符の発見
    3. 一定ルール内での即興活動
    4. 音名と鍵盤位置を一致させる
    5. リズムと音高の模倣

    大変、集中力を要する活動にもかかわらず、患者の注意力は常時10分以上続き、(学校の教室内での平均集中時間は2-4分)、当初の目標14セッションを経過しないうちに目標を達成してしまった。

  2. 質問に対する正しい答えを増やす:分析力、注意力、文章把握、コンセプト把握の能力を要する活動を行った後に、その活動に関連した質問を音楽療法士が問いかけ、患者はそれに対する答えを単語或いはセンテンスで返答する
    1. 歌詞分析(童話的な要素をもつ歌や歌謡を用い、歌唱活動後に質問を行う)
    2. コンセプトソング(硬貨の価値の違いを歌った歌など)を学習した後に、コンセプトそのものに関する質問をする(「ダイムは何セントですか?」「10セント」等)
    3. 色、形、時間、月、日時などを理解する活動を歌や動きを通して行い、活動終了後に質問をする
    4. 音高に関する質問や、音の大きさに関する質問を楽器の音を提供しながら行う

  3. 声を使った表現を多くする:患者個人の特性として、声を余り用いない傾向と声を用いた場合も、声の特徴として、低めの小さな声で応答を行うことが多かったため、声を用いることへの抵抗を減らし、はっきりとしたコミュニケーションにつなげられるよう、声を使った表現を多くするための活動を取り入れた。
    1. 患者の知っている曲をセラピストが聞き取れる大きさの声で歌うように促す
    2. コール & レスポンス形式の曲で、患者とセラピストの役割を入れ替えたりしながら、音楽を通したコミュニケーションを行う。その中でコミュニケーションをする際に声が聞き取れることが大切という事感じ取れるように促す
    3. ボーカル ワームアップの中で、患者が苦手とする子音を重点的に練習し、その後、その子音を用いた単語で音のキャッチボールを行う
      例)bbbb、 BeBeBeBeの練習の後、「Catch my Bean Bag」「Catch a Blue Bean Bag」 等、ttttの後にToss your sound!、 pppppの練習の後に Pass your sound!等
結果

  1. ピアノを用いた活動に集中する時間を14回のセッション中に30%向上させる

    音楽活動に対する患者の急激な集中力の変化は、初期段階では予想されていなかったが、音楽というメディアを通した活動は患者の強い興味と関心を引き出し、30%の集中時間向上は最初の3回のセッションで達成された。

  2. 音楽療法士からの質問に対し適切な解答をする回数を14回のセッション中に80%向上させる

    患者は14セッション中に80%の適切な解答率を達成した。特に、硬貨の価値に関する音楽連想法(歌詞の一部を空欄にして埋めさせる方法)で、初期に全く硬貨間の区別がつかなかった患者が硬貨の区別、価値の違いを言葉で返答することが出来るようになった。

  3. 連続した3回のセッションの中の歌唱活動あるいは声を使った表現活動の中で、毎回3回以上、声を使って活動に参加する

    患者はセラピストからの歌唱を促す言葉を必要とはしたものの、毎回のセッションで3回以上声を用いて活動に参加することができた。特に、ここの子音の訓練は患者の発音への注意力を喚起し、音楽活動以外の場面でも、注意してそれらの子音を発音する様子が観察された。

考察:

 歌唱活動と動きを取り入れた活動を組み合わせることで、空間把握や言語表現がより多く刺激されていたように見受けられる。特に音や音楽と動きを組み合わせた活動は、患者にとって大変強い正の強化となっており、患者の学習意欲を刺激すると共に、患者が学習することを負担に感じずに自然に学習できる環境を提供出来ていたように見受けられた。

 正しい答えを促す、という面では分析的な能力を短期間で養うことは難しく、ここの硬貨の価値や形を学ぶにとどまったが、硬貨の価値をメロディーと連想法の組み合わせで記憶していたことは確かである。硬貨の学習はこれまでも、通常の学習の中で続けられてきたそうだが、患者の保護者からのコメントとして、歌を通してこれほど早く硬貨の見分けがつき、価値が区別できるようになるとは思わなかったとの、肯定的なコメントが得られた。今後の発展させ方としては、硬貨の組み合わせによって、貨幣価値が変わっていくことを学習したり、さらに広範囲な、日常生活に関わるスキルを学ぶ活動にまで発展させることが出来ると思われる。

 また、具体的な目標としては掲げられなかったが、今回の4ヶ月の実習は患者の学校でのバンド(金管バンド)参加の準備段階として、患者の楽器に対する趣向、興味、などを探り、オーディションに備えるための1段階としての役割も果している。

 全体として、患者は音楽療法を通して、認知、学習能力の双方に向上がみられた。WSに特有の能力としてあげられている音楽特性を、この患者も備えており、音感、リズム感、タイミング能力、そして音楽に対する強い好意と興味は音楽療法から多くを学ぶための、土台となっていたことは言うまでもない。



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