特別の能力をもっている特別の生徒たち



Special Learners with Special Abilities

Laura Stambaugh
Musical Education Journal, November 1996, page 19-23

音に対する鋭い感受性を持ち、初めて聞いた曲をその場で歌ったり演奏したりできる 生徒が大半を占める教室を想像してみてください。楽器を弾かせてとか、練習を見ていて とせがんでくる生徒たちを想像してみてください。レッスンが終わって片付けたばかりの クラリネットを、練習のために取り出している13才の少年を想像してみてください。一 日中、歌い、手拍子をする生徒たちを想像してみてください。こんな素敵なことがあるの でしょうか?

この2年間、夏になるとウィリアムズ症候群と呼ばれる染色体異常を持つ子供や大人 向けのサマーキャンプで楽器の演奏を教えるという貴重な体験をしました。この症候群は 一連の身体的・精神的徴候を持っており、そのなかには非常に優れた音程識別能力、とて も正確なリズム感、メロディや歌詞を長い間記憶しておく能力などが含まれます。ウィリ アムズ症候群音楽芸術キャンプ(Williams Syndrome Music and Arts Camp)はマサチュー セッツ州レノックス(Lenox)にあるベルボア・テラス(Belvoir Terrace)と呼ばれる場 所で開催されます。ここでは数十年間にわたって、女の子向けの演奏と芸術に特化した8 週間のキャンプが開かれていました。キャンプの責任者のナンシー・ゴールドバーグ(Nancy Goldberg)が、この特別なキャンパー達を教えるベルボア・テラスのプロのスタッフを組 織しています。

37人にキャンパー達(年齢は9才から45才)が、この寝食をともにするキャンプ に参加するために国中から集まってきていました。このキャンプではキャンパー達の長所 と興味の対象である音楽・音楽劇・演劇・ダンス・絵画と水泳に焦点が当てられます。5 時間の授業・テストの時間・プール遊び・特別のイブニング演奏会などが日課に含まれま す。3つあるこの演奏会は、キャンパー達の演奏や演技の特質(キャンパー達は、演奏を することが好きな点が共通している)に合わせてあります。彼等はタレントショー(一晩 中でも続きます)、演劇の夜、最後の晩に行われる音楽とオペラの発表会に出演します。「覚 醒(Awakenings)」の著者で神経学者のオリバー・サックス(Oliver Sacks)や、キャンプ に関するドキュメンタリーを作成する映画会社などが2年目のキャンプを訪問しました。

ウィリアムズ症候群とは?

ウィリアムズ症候群は染色体異常(2本ある7番染色体の片方の微小欠失)が原因で、 およそ2万回の出産に1回の割合で突発的に発生します。この症候群の人々は、小さな上 向きの鼻・広い口・厚い唇・小さなあご・はれぼったい目等の容貌の特徴を共有します。 これらの「妖精のような:ピクシー(pixie)」特徴にも関わらず、ウィリアムズ症候群の 子ども達はやは両親に似ています。ウィリアムズ症候群のほとんどの人は、軽度から中程 度の精神遅滞です。しかし、ウィリアムズ症候群の人達は次に述べるような一連の精神的 長所と短所を持っているために、この人々に普通の知能指数テストを適用することは難し いようです。ウィリアムズ症候群の成人の多くが5+8の計算ができないにも関わらず、 歌やメロディや詩を20年以上も覚えています。

ウィリアムズ症候群の人の言語能力は大抵優れていますが、空間認知能力は貧弱です。 ある女性は、五線符(ト音記号)の一番下の線上にある音がミでることを理解するまでに 長い時間苦労を重ねました。しかし、同じ時間をかけて、彼女は25ヶ国語以上の言語で 2000曲の歌を覚えてきました。ウィリアムズ症候群の人々は、協調運動や微細運動に 問題を抱える一方、音に対する鋭い感受性(聴覚過敏症)を持っています。聴覚過敏症は 普通の人々の間では非常に稀ですが、ウィリアムズ症候群の人の95%がこの症状を持ち、 彼等の長所と考えられており、音楽を愛する要因にもなっています。聴覚過敏症に加えて、 ウィリアムズ症候群の人は絶対音階を持つ割合が並外れて高いことが明らかになっていま す。

生徒達(11才から21才)の身体的・認知的・行動的特徴を考慮して、私は特別の 教育方法を思い付きました。私がキャンプでみたこれらの特徴はただの傾向に過ぎないこ とは明記しておくべきです。私の見たことは、キャンパー達の絶対的な評価を意味しませ んし、また、いっしょに音楽を学ぶことができた人たちに個性が無いと言っているわけで もありません。

身体的状態

練習する楽器を選ぶためには、キャパー達の身体的状態を考慮に入れておかなければ いけませんでした。第一に、ウィリアムズ症候群の人たちは皆厚い唇をしています。下唇 が突き出ていることも多く、この状況は年齢を重ねてもほとんど変りません。この特徴を 考慮して、すぐに2種類の楽器を候補からはずしました。フルートとフレンチホルンです。 (キャンプには1人だけフルートを演奏できる11才の女の子がいましたが、彼女の下唇 は他の子ほど突出していませんでした。)第二に、彼等は筋力の発達に問題があったり、遅 滞があったりします。心理学者のカレン・リバイン(Karen Levine)によれば、「明らかに 小さい頃から微細運動に問題を持つ傾向があります。力が無いことと、協調動作をうまく 行えないことが原因です。」 この2つの要因を考慮して、どの楽器のマウスピースがもっ ともうまくいく可能性があるかを考えることが大切です。身体的状態に加えて、実年齢で はなく生徒の身体的成長状態を考慮しました。

最適な楽器を選ぶ際の別の重要な考慮点は、生徒の「動機」です。何人かの生徒は、 特定の一種類の楽器だけを演奏することに決めていました。ウィリアムズ症候群の人々は 時として特定の話題に夢中になることがありますが、同じように、彼等は一つの楽器にこ だわってしまいます。心配な点はありましたが、我々は彼等が選んだ楽器でレッスンを進 めました。というのも、彼等は常にとても熱心で一生懸命に練習するので、彼等の要望を 断れなかったのです。

さらに、ウィリアムズ症候群の人たちは、手首や前腕をうまく回転させられないとい う身体的特徴(とう骨尺骨融合)があります。彼等の骨格や筋肉の構造上動きが制限され ることがあります。この制約は指の動きにも影響します。このような構造上の相違を考え て、各楽器の手の基礎的ポジションと違ったポジションを認めてあげることが必要です。 例えばギターのレッスンでは、ギターを膝のうえに横にして置き、開放弦の状態でハ長調 やニ長調のコードになるよう弦を調律します。通常の垂直な位置で楽器を演奏するのと違 って、この位置にすると片方の指一本をカポのように使って、簡単に演奏することができ ます。キャンパー達の音楽好きな傾向は重要な動機になります。くつのひもが結べない、 あるいは自分の名前も書けない人が、ピアノやサックスの演奏方法を覚えました。実際に、 ある女性は身体的ハンディキャップを克服して、ギターの演奏ができるようになりました。 普通の持ち方でギターをかかえ、指盤の上で演奏しました。(5つくらいのコードが使えま した。)

行動的/認知的課題

生徒達の特別の要望に答えるためには、いくつかの方法とテクニックと忍耐強さが必 要でした。彼等はとても社交的でした。「ご機嫌いかが?」というあいさつや握手をするか わりに、カウンセラー達は抱きしめられることを覚悟しておかなければいけません。その ため、レッスンの間は生徒のすぐ近くに座ることで、落ち着ける環境を作り出しました。 さらに、生徒達はすぐに気が散りました。注意を喚起するために、何度も生徒の名前を呼 びました。口頭で教える時は、短い文章を使い、目を見て話すとうまくいきました。生徒 の質問に答えてあげることで気が散らない様になり、音楽の演奏に戻っていけました。ま さしく音楽の音がキャンパー達の注意を引き付けました。

行動に関する注意点としては、キャンパーの感情が挙げられます。彼等は極端になる 傾向がありました。これはレッスンをうまくいくことにも、壊してしまうこともにもつな がります。私の生徒達は普通喜んで楽器を演奏します。実際問題、私が気を付けていた行 動は彼等が興奮し過ぎることだけで、レッスンを続けるためにときどき興奮を静めるよう にコントロールする必要がありました。しかし、彼等が疲れていたり、なにかうまく行か なかった出来事の直後に教室に来た時は、ひどいフラストレーションが出ることがありま した。リバインは教師に向けた著書の中で、「フラストレーションの始まりを予見しなさい。 フラストレーションが高まる前に、自分でそのような状況から抜け出して、別の活動をす るように援助してあげなさい。」と指摘しています。

大部分のキャンパー達が楽器の機械的構造に熱中することも、特徴のひとつです。彼 等はキーを押した時に何が起こるか常に知りたがりました。普通の手の位置では不可能な 組み合わせで複数のキーを押すことが好きでした。ここは、待ってあげることが大事です。 生徒達は自分の行動に興奮し、私にもその熱狂に加わることを求めます。彼等の創造性に 興奮する一方で、指使いに悪いくせがついてしまうことも心配しました。それでも、私は レッスンを通して肯定的な態度を貫こうとしました。そこで、短くても1分か2分(レッ スンの間に数回)、レッスンを止めて彼等の好きなようにキーを押させました。こうするこ とで、生徒にとってレッスンを楽しいものにし、やる気を維持し続け、堅苦しいレッスン の間に休みを入れることができました。彼等の機械構造たいする興味は30分のレッスン 中持続しました。例えば、クラリネットのレッスンが終わるたびに、いっしょに楽器を丁 寧に分解し、清掃し片づけようねと生徒に言いました。その生徒は必ず自分の楽器を片づ ける前に、私が楽器を分解ししまうところをずっと熱心に見ていました。私の動きを見る 彼の熱意は、正しい片づけ方を覚えてしまった後もずっと続きました。

神経生物学者や心理学者達は、ウィリアムズ症候群の人々の精神的アンバランスに興 味を持っています。この症候群を持つ人の多くは、言語能力にすぐれ、計算能力が劣って います。一般的に彼等は人の名前や顔を覚えられますが、空間認識が苦手です。さらに、 音を覚える能力はすばらしい反面、文字を割ふって音程を識別するという概念を理解する ことは簡単ではありません。

カリフォルニア大学アーバイン校の生物学教授であり社会学者、またこのキャンプの 共同創設者であるハワード・レンホフ(Howard Lenhoff) は、過去40年間ウィリアムズ 症候群の人を観察し続けてきました。彼の娘のグロリア(Gloria)もこの症候群を持ってお り、キャンプに参加しました。彼は娘の音楽性の一面を私に話してくれました。「グロリア は音程の違いを理解しているようです。ロ調で曲を覚え、何年後かにハ調で演奏された曲 を聞いたら、後の曲は「間違っている」と言うでしょう。」 このような生まれつきの音楽 の才能は別のキャンパーにも同じように見られました。

このようなキャンパー達の敏感な聴覚能力を考慮し、普通に楽器の演奏を教える場合 とは教え方の順番を変えることが大切です。私はスズキメソッドのテクニックを使い、耳 で聞いて暗記するように教えました。この方法を使ったのには2つの理由があります。ひ とつは、普通の音楽家達と比べてウィリアムズ症候群を持つ人は楽譜を読むことが苦手で あるというウィリアムズ症候群社会で言われている推測があったことです。何人かの成人 のキャンパーは、彼等に楽譜の読み方を教えようとし、失敗した音楽教師のことを話題に しました。その一方で、私が教えた13才の少年は2人とも上手に楽譜が読めました。1 人はスズキ・メソッドにしたがって音楽教育を受け、もう1人は公立学校で楽譜の読み方 を習いました。両人とも学校のバンドでうまくうやっています。私は、マイナスの要素を 含んだ方法でキャンパーに音楽を教えたくはありませんでした。

聴覚を利用した教育法を選択したもう一つの理由は、早く成功させるためでした。生 徒達は優れた聴覚能力を持っているので、耳で聞くほうが早くメロディーを覚えられると 考えました。初心者が覚える曲(Hot Cross Buns、メリーさんの羊、French Dance、ドレ ミの歌等)はどれも、暗譜で覚えるものです。この方法を使うことで、リズム記法を覚え ることも省略できます。(算数と同じで、理解が難しい分野です)。何人かの生徒は、熱心 に私の指の動きを見つめ、そのパターンの真似をしました。別の生徒達は見ることは好ま ず、曲を聞くとすぐに自分の指で正しい音程を探していきました。キャンパーの中にはポ ピュラーなバラードからドイツ歌曲に到るもっと複雑な曲を覚える人もいました。

楽器を選ぶ

キャンパー達は、個人や小人数のグループで声楽・吹奏楽器・打楽器・ピアノのレッス ンを受けます。キャンプに来る前に音楽の経験があった生徒がいる一方、多くの人が音楽 は未経験でした。キャンプの目的の一つは、キャンパー達を音楽浸けにすることです。私 たちは、生徒がどのような才能を持っていて、どのような楽器演奏が好きなのかを見つけ 出し、キャンプが終わって家に帰ったあと別の音楽教師を探せるようにすることを考えま した。打楽器はもっとも人気がありました。おそらく、取り付きやすいことが要因でしょ う。生徒達はラテンの打楽器や簡単なリズム楽器を演奏しました。多くの人が一定のリズ ムを刻むことができます。ドラムセットをたたく機会もありました。何人かは、7/8拍 子や7/4拍子という複雑なリズムを真似ることができました。

オートハープやギターも好まれる弦楽器で、特に成人や10代の女性に人気がありま した。生徒達は弾き語りをしました。オートハープのバーに書いてある文字を読むことは 問題になりませんでした。前に述べたようにギターを演奏する姿勢は難しいのですが、年 齢の高い生徒ならうまく弾けることがわかりました。

クラリネットはキャンパー達が演奏できる吹奏楽器の中で一番難しいものの一つです。 生徒達は全員マウスピースを口に咥えすぎて、まったく音が出せませんでした。勿論例外 者もいます。ある生徒は2年間サックスを練習してクラリネットに転向しました。クラリ ネットを初めて吹いてから30分で、一定の音程の音を出すことと、へ長調とト長調の音 階を耳で探しあてました。

生徒達はトロンボーンのマウスピースをうまく扱えますが、この楽器を演奏するため には、認知能力と身体的能力の垣根が大きな邪魔をします。初めの一週間というもの、ト ロンボーンを練習している生徒は正しい音程の位置にスライドを止められませんでした。 一年後にキャンプに戻ってきた時、彼の熱心さは相変わらずで、第3ポジションと第4ポ ジションにスライドを止められるようになったところでした。

生徒達は即興演奏が好きだった。

トランペットは13才以上の生徒達(もっと小さい生徒は唇を震わせるだけの筋力と 制御能力に欠ける)には良い楽器でした。アルト・サックスも年齢の高い生徒には適して いる楽器でした。「大きな音が出せる楽器」ということで人気を集めました。どの年齢の生 徒達も、上の歯をマウスピース上に固定することが苦手でした。13才以下の子供達は、 下唇を丸めて、下の歯をリードから浮かせておくことができませんでした。

ピアノはどの年齢の生徒にとってもいい楽器でした。暗譜する教え方ですぐにうまく 行きました。教則本には(長い時間をかけて教える場合は効果があります)、音符の上や横 に音程を記入するとよいと書いてあります。キャンパー達は、耳でメロディを聞き取るこ とを嫌がらず、演奏しながら歌っていました。さらに、ピアノは彼等に即興演奏の機会を 与えます。私が簡単なブルースのコード進行を弾くと、生徒達は即興曲を作りたがりまし た。私たちは、制約をつけた即興曲(主題のメロディだけを使う)作曲と、自由な即興曲 (教師から何も指示が無い)の両方を交代で行いました。生徒達は、音楽を聴き、教えた わけでもないのに呼びかけと反応(call-and-response)パターンを使っていました。アコ ーディオンはキャパー達にとって理想的なもう一つの鍵盤楽器です。この楽器の長所は、 ボタンを押すだけで和音を演奏できることです。年齢の高いキャンパーの1人は完成され たアコーディオン奏者で、若いキャンパー達のレッスンをしていました。

得難い経験

1995年のサマーキャンプの最初に、昨年も参加したキャンパー達にアンケートが 行われました。「昨年のキャンプが終わって、ベルボアで得た経験を元にして、新しい音楽 体験や音楽教育経験を得られましたか」という質問に対しては、24人のうち21人から 肯定回答が得られました。音楽に興味を持ち続けることに自信ができたと多くの人が述べ ていました。ドラムを練習した生徒の親が、「キャンプを経験したことで、子どもの中学校 のジャズバンドの責任者と話しをする自信が持てました。しかし今では、高校のジャズバ ンドの責任者が、今年は息子にぜひ加わってほしいと言ってきました。息子の演奏を聞い てとても感激したそうです。」 以下に掲げる言葉は、キャンパー達が経験した新しい音楽 体験の広がりを示しています。

ウィリアムズ症候群音楽芸術キャンプはキャンパーにもスタッフにも貴重で挑戦し甲 斐のある経験を提供してくれたました。音楽をとても愛する人たちの集団に出会えたこと をとても驚いています。朝食の前から就寝時間に至るまで、誰かがピアノを弾き、歌い、 打楽器で即興演奏をしています。(大抵の場合これらが同時に起こります。) もし、ウィリ アムズ症候群やその他の障害を持つ人達にいろいろな楽器をうまく教えられるこのような 方法に、音楽教師達が慣れ親しんだならば、彼等はこの特別な能力を持った生徒達を教え たいと思うに違いありません。彼等を教えるには、普通の生徒に比べて沢山の時間と忍耐 力が必要になります。しかし、彼等は愛する音楽活動に参加し、そこで成功する機会を与 えられることになるのです。彼等の天性の喜びは、報われる価値が十分にあります。

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Laura Stambaugh: