アートプロジェクトの構築、T:アートとしての“モノ”、U:アートとしての“場”
根津 知佳子(三重大学教育学部)
安部剛・圓道衣舞・榊眸・下垣温子、(三重大学教育学部学教育学研究科)
松本金矢・大池真智子(三重大学教育学部)
T:『三重大学教育学部研究紀要』 第57巻 pp.203-210 (2006)
U:『三重大学教育学部研究紀要』 第57巻 pp.211-222 (2006)
『T:アートとしての“モノ”』から「要旨」
三重大学教育学部で開催されている「芸術プログラム」において、大学院生が中心となってクーゲルバーンを用いた「アートプロジェクト」を企画し、実践を行った。この「アートプロジェクト」は、子どもや家族を含めた参加者全員が一つの芸術作品である楽器を作り上げ、最終日に音楽セッションを行うというものである。本稿では、この「アートプロジェクト」を、芸術作品すなわち“モノ”を作り上げるという観点でとらえ、プロジェクト全体を構築する過程を追うことにより、教育学部で培うべき実践的な力量を明らかにしようとするものである。
『U:アートとしての“場”』から「2.2 音楽的場の基本構造」
2002(平成14)年度から始まった「芸術プログラム」は、プレ・プログラムも含めると5回目となる。Williams Syndromeの患児と家族を対象としているものの、本プログラムが目指すのは、子ども・きょうだい・家族・学生・教員など世代や地域、領域を越境する活動の展開である。「芸術プログラム」の表1に参加者数を示す。
表1 「芸術プログラム」の参加者数
年度 | 患児 | きょうだい | 保護者 | 学生 | スタッフ | 教員 |
2002春 | 8 | 3 | 10 | 10 | 3 | 1 |
2002夏 | 8 | 2 | 10 | 17 | 5 | 1 |
2003 | 5 | 2 | 7 | 27 | 7 | 1 |
2004 | 10 | 5 | 14 | 31 | 7 | 7 |
2005 | 12 | 4 | 16 | 28 | 6 | 4 |
例えば、2002(平成14)年度の最終セッションの場面構成を図1(略)に示す。外側の楕円は、家族(きょうだいも含む)やスタッフを表し、その「枠」の中で、Williams Syndromeの子ども達と音楽スタッフが即興的な音楽心理劇を行ったときの構造を表している。図1は、単にWilliams Syndromeの子ども達の活動の様子をギャラリーとして観る、というだけではなく、その「枠」が存在するからこそ、即興的・非日常的な音楽活動を行うことが可能であることを表している。
4年を経た本年度の「芸術プログラム」は、Williams Syndromeだけではなく、家族もスタッフも教員も含めたすべてのメンバーが、この最後の「音楽的場」に参与することを目指していた。換言するならば、「相互主体的かつ相互作用的にコミットし、物事と自分の間に生き生きとした関係を持つ場」を創出することを目指していたことになる。その核となるものが、楽器の“matree”であり、それはこの音楽的場の象徴的な存在であった。
図2(略)で示すように、“matree”を中心として、参加者全員が音楽活動に参与することがアートプロジェクトの基本構想であるが、プログラムの流れは3種類のパフォーマンスが柱となって支えているため、事前の授業や検討会における討論のみならず、実践に臨みながらも、学生も教員も実践的な判断力を問われ続けた。
第一のパフォーマンス群は、全員が何らかの音楽的表現行為をするというものである。Williams Syndromeの子ども達は、「72時間」の中で個別やグループの音楽活動を体験している。しかし昨年度までのプログラムでは、保護者やきょうだいは、間接的な参観はしても、積極的に音楽的表現行為をする場面はほとんどなかった。それだけに、本年度のプログラムにおける保護者のパフォーマンス(合奏)に関する音の選択と演奏者の配列には、プログラム全体に関わるスタッフと家族との信頼関係が反映されることになる。一方で、発達段階の異なる一人一人の子供たちの音楽表現行為を理解し、それぞれの自尊感情を高めるための体験の場を設定するためには、子どもの発達段階に即した音楽的な意味づけをする音楽的な技量もスタッフに要求される。
第二のパフォーマンス群は、音楽表現行為を成し遂げた後に、自分の製作した手形を幹に挿入する、という行為である。この「手型を一人一人が持つ」という判断は、アートプロジェクトTでも触れたとおり、セッションの直前まで検討を重ね、最終的には、「手型をランダムに参加者に手渡し、お互いの手型を探し合うという方法」に決定した。ここで重視したかったことは、相互の作品の鑑賞と「手型の交換」という交流であった。
第三のパフォーマンス群は、前述の2種のパフォーマンスを連結する音楽の存在であった。数十名が入り乱れる「音楽的場」に秩序を持たせることができるのは、テーマとなる音楽の存在である。最終的には2002(平成14)年度のプレ・プログラムからエレキギターの演奏に憧れていたKくん(高校1年生)と、今年高校を卒業するO君のトロンボーンを含むバンドを結成し、場面の転換に『Stand by me』を演奏することになった。演奏が始まったら、リーダー(根津)を中心に“matree”の周りを手をつないでまわり、音楽が終わったらそれぞれのパフォーマンスを聴く場に(Performance 1とする)する。そして、そのパフォーマンスが終了したら、表現した者は、手型を幹に差す(Performance 2とする)、そして、『Stand by me』が演奏され(Performance 3とする)、次の場面に転換されるという構造を、最終セッションの直前に決定した。
(2006年8月)
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