子どもの造形活動における材に内包される「枠」の役割
安部剛
三重大学大学院教育学研究科
第8回日本感性工学会大会・総会(2006年9月13日〜15日)
1.はじめに
私は、2002年の3年次主免許教育実習時に出会った“巻き段ボール”という材に惹かれ、それ以来、主に子どもたちと行う造形活動の場面で度々使用してきた。“巻き段ボール”の大きな特徴として、子どもたちの体よりも大きな面積の被描画材を用意できることや、丸めて持ち運んで野外などでも活動ができる点、そして何より丈夫であることが挙げられる。本稿では4回の実践をもとに、“巻き段ボール”の特徴が子どもたちの表現にもたらす「枠」としての役割について考察する。
2.実践経過
2002年の教育実習で実践したのは、小学校2年生の「うつしてうつして」というスタンピングの教材であった。グループ制作を行う際の被描画材として1m×2mの茶色い“巻き段ボール”を選んだ。4人のグループ制作に適した大きさであること、作品の保存が容易であることが選択の理由であったが、教材研究を進めるなかで“巻き段ボール”の適度な厚みがスタンピングにちょうど良い感触を与えていることや、絵の具を重ねてのせても破れたりすることがないといった特徴も発見した。
2003年の夏にはWilliams Syndromeの子ども達、きょうだい、保護者を対象に行われた芸術キャンプ「ハッピウィリムン」の中で、海へ出向き砂浜の上で、家族単位に分かれて感じた海の絵を描くというワークショップ『project C』を行った。刷毛を使ってのドリッピングやなぐり描きなど、アクション・ペインティングの要素の強い活動を展開するために、1m×2mの巻き段ボールの表面に白いジェッソ(下地材)を塗り、絵の具ののりを良くすると共に、“巻き段ボール”の強度を上げた。ここで“巻き段ボール”がもたらした「枠」の特徴は、広い砂浜で開放的になった子どもや保護者の衝動や表現を受け止めるだけの広さと丈夫さであったと言える。
2005年、小学校2年生の図工科の授業で、もう一度「うつしてうつして」を実践した。このときの20mの巻き段ボールには、あらかじめローラーを使い白絵の具で不規則な1本の曲線で「道路」を描いた。それを、1m×2mの大きさにカットしたものに、4人1組のグループでスタンピングを行った。全てのグループをつなぐ白い「道路」の周りに、各グループが自分たちの「街」を描いていった。グループ制作で子どもたちが他者と関わりながら表現していると、そこに遊びが生まれたり、他の子とは違う表現を求めるあまり活動が拡散し始めることがよくある。“巻き段ボール”のもつ特徴がそれを加速させることになるが、それは活動にとって決してマイナスではない。しかし、今回は2003年のアクション・ペインティングの実践と違い「街」というテーマを持って作品をつくっているため、全体をつなぐ白い「道路」を描くことで、拡散する表現から戻ってくるためのもうひとつの「枠」を作ったと言える。
2006年の夏に行われた、芸術キャンプ「ハッピウィリムン」では、5人の子どもたちと私とで廃校になった小学校の校庭で2日間を通して1つの作品『iroto』(図1:略)を制作した。1日目は、表面にジェッソを塗った8mの巻き段ボールを巻いたまま地面に置き、少しずつ広げていきながら10cm×20cmにカットした巻き段ボールを丸めて輪ゴムで止めた筆とアクリル絵の具を用いて遊びながら絵を描いていった。2日目は、その技法を受け継いでTシャツに絵を描いた。“巻き段ボール”を少しずつ広げ、「枠」の大きさをコントロールしながら、時間と共に表現が広がっていく過程を丁寧にそこに残した。1日目の“巻き段ボール”の頑丈な「枠」の中で時間と共に生まれて来た遊びや表現を使い、2日目にTシャツという別の材の中に表現を集束させたと言える。最終的にこれらは“巻き段ボール”の続きにTシャツを並べ、ビデオカメラで時間の流れに添って撮影し映像作品として残した。
3.実践経過
被描画材は造形活動を行う上での一つの「枠」に過ぎないが、「枠」は子どもたちの感性を引き出すものであり、また、ありのままの表現を守るものでなければならない。“巻き段ボール”には表現者の衝動や遊び、表現を引き出し受け止めるだけの「枠」としての力があり、それをうまくコントロールすることで、これからも様々な形で作品を生み出すことができるであろう。
(2006年9月)
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