Williams Syndromeの表現と共感性
根津 知佳子
三重大学教育学部
第39回日本芸術療法学会(2007年10月27日,28日) 論文集 52ページ
1.目的
近年、Williams Syndromeの音楽能力に関する科学的な研究が進んでいる。演者らは、Williams Syndromeの音楽的才能に着目した米国の芸術キャンプ(1994-2003)を参考にしつつ、2002年より日本の文化や実情に即した「芸術プログラム」の在り方を模索してきた。
当該プログラムは治療行為を目的としたものではないものの、広義に捉えるならば、高江洲(2002)の言及する「治療的複合体(Therapeutic Complex)」に属するのではないかと考えている。非臨床職を含めたスタッフの葛藤と連携から構成されるその”場”は、スタッフとWilliams Syndromeとその家族の感性がダイナミクス源となる。
本稿では、あるフレーズを事例とし、Williams Syndromeの表現が周囲にもたらす独自性について報告する。
2.方法
Williams Syndromeは、第7染色体の微小欠失による神経発生疾患であり、1/20,000の発症率と言われている。日本における教育・療育方法の開発には2つの視点が必要である。まず、早期に診断された場合には前言語的段階であることが多いことから発達的視点と音楽的認知を指標とした明確なプログラムの構築が要求される。一方、診断が児童期や思春期である場合には、学校や地域での生活全体を理解した上で、Williams Syndromeの表現行為を周囲が理解できるようにするための支援が必要である。それは、きょうだいを含めた家族への支援でもある。
そこで、中学校3年生のAさんが自分の障碍について語ったことを、スタッフ(MとT)はどのように受け止めたかをフレーズを抽出し、紹介する。
3.事例「つらく かなしい まいにち」
Aさんが最初に発した言葉は「つらく・かなしい・まいにち」であった。Mは、属音から始まる上行形を 2度繰り返し主音に戻るフレーズを創り、T−W−X−Yのコード進行と6/8拍子で揺れる気持ちを象徴させた。一方、海で絵を描く活動を共にしたTは、「色から言葉が生まれたのか、言葉が色を作っていったのかはボクには分からないけど、そこでできていた色はすごく深い色」と述べ、第3音から主音にかけて下行し、第3音に戻るという4/4拍子のフレーズにT−W−X−Tのコード進行をつけた。両者の共通点は、最終音を和音の第3音にしている点である。Aさんへの願いが、その音楽に鏡のように映し出されている。
4.考察
「そこにできた色はもうアオではなく、本当は目では見ることができなかったもの」というTの言葉は、彼女の”かなしみ”が、絵・言葉・音楽に変換されることによって、個人的な水準から非個人的な水準に広がっていることを示唆している(河合、1995)。
Williams Syndromeのカクテルパーティマナーと呼ばれる社交的な性格に関する報告は多いが、日米両国のプログラムに共通する「せつない」「かなしい」音楽に対しての涙にまつわるエピソードに関する理論的研究は少ない。それはHevner(1937)の分類には単純に当てはめることのできない繊細な文脈で流される涙であり、そこには必ず音楽を共にする他者の存在がある。Williams Syndromeの表現が周囲にもたらす「共感性」「一体感」について実証するためには、自然科学的な研究だけではなく、質的な記述を丁寧に蓄積する必要があると考えている。
(2007年11月)(2007年12月修正)
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