芸術プログラムの構造
根津知佳子
三重大学教育学部研究紀要 第59巻 教育科学(2008) 269-275ページ
要旨
本稿では、2002年から2007年にかけて実施したWilliams Syndromeのための芸術プログラムの変容を、その構造に着目してまとめたものである。参加者の成長や成熟に伴い、プログラムそのものも変容し、プログラムにコミットすることで参加者も変容する。本稿では表層構造の変化と深層構造の変化として、考察する。
中略
4. 芸術プログラムの変容
以上、7年にわたる芸術プログラムを俯瞰してきた。この活動がプロジェクトではなく、プログラムを標榜するのは、「方向性」や「過程」を重視するからである。
ある一人の男の子とその父親との出会いがすべての始まりとなり、多くの家族や学生や教員がこのプログラムを形成してきた。常に全員が「コミット」すると言う活動形態は、この数年のテーマの変遷にも象徴されている。新しいスタッフも、古いスタッフも「72時間」のために、365日想いを寄せているといっても過言ではない。その想いがテーマに現われる。また、そのテーマは、あらかじめ参加者に伝えられるが、あくまでも「72時間」経過しないとその仕掛けやストーリーがわからないように組み込まれている。「72時間」の時間・空間の構成と、それを見えないようにプログラミングすることがこの活動の醍醐味といえる。
筆者は、内科・心療内科における心理療法の重層性について斎藤(1998)のモデルを援用し、下記のような表を提示した(T〜Wは筆者による)。以下、この図を用いてプログラムの変容を述べる。
直線または螺旋状の「過程」としてみる
V 相互変容モデル | T 原因解決モデル |
W 自然モデル | U 援助モデル |
図3.医療モデル(斎藤、1998を改変)
図3の横軸は、「治す−治される」という患者と治療者の関係性が右に行くほど強化されることを表している。一方、縦軸は、治療の場を直線的・螺旋的に進行する「過程」としてとらえるか、定常的・円環的な「場」としてとらえるかを示している。
当初、家族は障害を治すための音楽的療法や音楽能力を高めるための活動を願っていた(2002-2003)。これは、T象限に当たる。しかし、様様な年齢の子ども達やきょうだいが集い、それぞれの悩みを共有する中で、プログラムは象限Uの機能を果たすようになっていった(2003-2004)。また、テレに番組でWilliams Syndromeが取り上げられ、社会的に認知されるようになった時点で、象限Vに移行していた。それは、このプログラムの体験を積んだ参加者やスタッフが相互に成長を認め、それぞれの立場でコミットする段階にあったといえる(2004-2006)。
初回から参加しているKくんは、就職が決まり、2008年から社会人になる。米国やアイルランドのようにウィリアムズ症候群の協会が実施するのではなく、大学の活動として実施しているためか課題も山積している。しかし、どのような状態であっても、“これまで”のプログラムの過程や、“これから”の方向性を共有できる段階に達している(2006-2007)。だからこそ、「自然(自ずから然る)」というW象限に達している今、TからWを含みつつ、さらに改善をすすめていかなければならないと考える。
(2008年4月)
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