複合的知識の教え方に関する事例研究 − 音楽と数学



A Case Study of Teaching to Multiple intelligences ? Music and Mathematics

Scott Beall
"Heart to Heart" Volume 17 Number 3, Spetember 2000, Page 12-14

教師として教室に初めて足を踏み入れた瞬間から、学際的な教育課程が持つ可能性・ 価値・複雑さを追求しようと考えつづけています。新米教師として基礎的的かつ基本的な 次のような事実に衝撃を受けました。生徒たちは学校生活を通して無気力で不毛で支離滅 裂な世界観を持っているということです。一つ一つばらばらに切り離された教科を通して 知識や技術を教えられることが原因の一つです。教えられた内容は、本来の意味や驚くべ き事実を示す真実の全体像に統合されることはほとんどないか、不適切な形でしか統合さ れません。さらに調査を行いました。学際的な教育は生徒たちが持っている様々な能力や 親和性をどのようにして引き出し、生徒達の理解を深めて行くかに興味を持ちました。ハ ワード・ガードナー(Howard Gardner)と彼の複合的知識理論に感化されて、私の問題意識 は絞られました。ある教科は他の教科を教える手段として実際に役に立つのかという命題 です。教科間で知識の移転が実質的なレベルで行われるには、どの程度の教育経験が必要 になるのでしょうか? 事例によっては、普通には使われない方法で教えられると深い理解 が得られる原理があるというのは真実でしょうか?

音楽家と数学者としての私の洞察力でこれからの仕事の方向性を見つけました。生徒 たちの教育上まったく異なる分野だとこれまで思われてきた音楽と数学はとても自然に統 合できるのです。ほとんどの大人にとっては、音楽は最大限の自己表現方法であり情熱や 気分や感情を解き放ってくれます。一方数学はなんとか生き残るために必須の道具であり、 難しくてうんざりさせらるし、時には恐ろしくさえ感じられるものです。高校の数学と音 楽の教師である私は、数学と音楽を統合した課題を考案しました。学際的な知識の移転と 複合的教科の教育方法を実証することが目的の一つでした。これらの成果は補助教材の形 で出版(Functional Melodies ? Finding Mathematical Relationship In Music, Key Curriculum Press)されています。この教材は授業の制約に合わせて調整できるようにデザ インされており、高校やその下の中学で習う内容までカバーしています。

1999年6月、ストーズ(Storrs)にあるコネチカット大学(University of Connecticut) に招かれて、ウィリアムズ症候群の生徒を対象とした「音楽と心(Music and Minds)」と呼 ばれる9日間の特別講習に参加しました。ウィリアムズ症候群は比較的稀な遺伝子病で、 いろいろな認知機能に影響があります。私の専門に関連していて特に興味があったのは、 ウィリアムズの患者はとても音楽を愛し技術がある一方で、空間的推論や数学に障害があ ることです。このような特徴を併せ持っていることから、長所を手段として使って短所の 教育を行うという可能性を探求すること、すなわち音楽を通じて数学的概念をどこまで教 えられるか確認するための候補者として理想的でした。高等学校教育という制約がまった くないことで包括的かつ純粋な形で学際的教育を実施できることも幸いしました。9日間の プログラムとして、まず最初に音楽的概念を教え、続いて注意深く設計されたさまざまな 課題を通じて、生徒たちは同じ概念を数学的に表現する方法を段階的に見つけていきます。 最終目標は、この概念の移行をできるだけ切れ目なく有機的で直感的に行い、音楽から数 学への表現の移行や概念の適用をスムーズに行えることです。

元々「音楽と心」は音楽と演劇を目的としたプログラムで、私がデザインし教える数 学の授業が付加されたものでした。このプロジェクトにどのような効果を与えるかわかり ません。私はそれまでウィリアムズ症候群の生徒に会ったことはありませんでした。関連 する文献を読んで、彼らが「2年生程度の数学能力」と「すばらしい音楽的才能、あるいは 少なくとも音楽に対する情熱」を持っていることを知っている程度でした。このため、9日 間の教育コース用に課題(目標)を一つ設定して事前に教育計画を作成してはいたものの、 生徒たちに実際に会って彼らの能力や障害を理解した結果、大幅に計画を修正する必要が ありました。課題の大部分は私の著書(Functional Melodies ? Finding Mathematical Relationship In Music)を参考にしました。最終的には、音楽と数学の統合に基く一連の 完全な基本構成単位になるまったく新しい課題を考案しました。

数学の目標
数学能力と理解に関して設定された最終目標は、生徒たちが2軸グラフを書いて理解 し、コネチカット大学で行われるプログラム中の7日間毎日の気温を表示するという問題 に応用することです。授業がある度に毎日の気温を記録し、黒板上のデータ表に追加して いきます。毎日データ表を見ながら書きこんで行くことで、数字の順序対という概念に慣 れていき、プログラムの最終日に点を打ってグラフを書くことにつながります。最終日の グラフ作成は彼らにとって、プログラムの成果評価という意味で「発表会」のようなもの です。

数学に対する不安感がプログラムを通して重要な要素でした。一人の例外なく全員が 数学の達成度がとても低いことに悩んでおり、トラウマ的な経験を持っています。このた め、プログラムの初めは特に音楽的活動に重点を置き、数学的側面は最小限に留めました。 生徒たちの目から見れば、毎日の気温を記録することは授業の前のちょっとした楽しいお しゃべりみたいなものです。なぜ気温を測定するかはあえて伝えませんでした。この時点 で将来行わなければいけないことに気を取られて、生徒たちが気温変化についての考えを 暗いものにしたくなかったのです。

プログラム
プログラムの授業方針は3段階に分かれています。第1段階はリズムにおける時間の 意味とそれの水平位置(X軸)上における表現方法に着目した活動に集中します。第2段階 では、音楽における音程の概念と垂直軸(Y軸)上における表現方法、および時間を表現す る水平軸と結合するという概念への発展を行います。第3段階では、音楽的表現で用いら れた概念を数学に応用します。

第1段階:時間を表す水平軸、第1日〜第4日
最初の活動は「ドラマーのかけ算」と呼ばれ、グループ化されたいろいろなパターン のリズムを手拍子で表現し、それを目盛がついた水平軸上に表現することです。クラスを2 つのグループに分け、それぞれのグループが同時に異なる間隔のリズムを手拍子で表現し ます。耳で聞いた場合とグラフ上で見た場合の両方で、何拍めに音が同時に重なって聞こ えるかを探すことが目的です。手拍子が同時に聞こえる拍子の数は2つのリズムの最小公 倍数として知られている数字になります。また重ね会わされたリズムは「複合リズム (Polyrhythm)」と呼ばれます。もう少し進歩した生徒には、いろいろな複合リズムが示さ れ、掛け算を観察し、最小公倍数の概念を推測してもらます。この目標はウィリアムズの 生徒たちのレベルを明らかに超えていました。生徒の多くは、グラフ上に手拍子のリズム を正確に表現できませんでした。一本の線上をうまくたどれない、あるいは2本の線の交 点上に点が書けません。1目盛おきに点を書くというように、一定のパターンで点を打つこ とが出来ないケースも数多く見られました。この時点では、点の物理的位置を決める目と 手の協調動作の問題が原因であるのか、パターンの概念化や手拍子を点に変換する能力の 問題が原因かは明確にできませんでした。いずれにしても、この生徒たちにとって気温を グラフで表示する目標が現実的かどうか慎重に考えました。あきらめることも真剣に考え ましたが、当初の目標どおり進めることを決心しました。

第2日〜第4日まで、気温を示すグラフが現実的な目標であるか、もう1度白紙の状 態で考えつづけました。私達はいろいろなリズムを手拍子で表現し、手拍子を点で表現す ることを続けました。たくさんのパターンを手拍子で同時に表現し、複合リズムとして書 きとめました。サイクル(元のリズムのかけ算) が繰り返されることに生徒たちは気が付き ました。生徒たちはこの課題によろこんで取り組み、手拍子のパターンを点で表すことも 上手になりました。

複合リズムの次はラップゲームを行いました。ドラムのリズムに合わせて一連の歌詞 をつけるための開始点を決める課題です。この課題も図形を使います。ビートを点で表し、先頭 になる正しビートを探すために、数えたり、足したり、引いたりします。この課題は本質 的に楽しく、耳で聞いたパターンを表す図形表現技術を継続的に高めるよい練習でした。 この頃生徒たちは教室でとても楽しい時間を過ごしていて、「これまでで一番いい数学の 授業だ」などどコメントし、うまくできるたび大声で歓声をあげました。授業の最初と最 後にはいつも歌を歌いました。

毎日、授業の最初に「今日の課題:POD = Problem of the Day」が出されます。「今日 の課題」は音楽の課題を数学的に味付けしたり、数学的問題を音楽を使って解くというよ うなもので、生徒たちの準備運動になります。授業の終りにはもう1度「今日の課題」に 触れ、解いてみて、音楽との関連を伝えます。これは一種の試行実験であり、事前に考え た授業の主題ではなかったので、多くの生徒たちが数学と音楽を関連付けられることを期 待していませんでした。しかし、実際にはレベルは異なるものの何人かの生徒が関連を見 つけられました。「今日の課題」の一例は次のようなものです。

チョコバーは2つで3ドルです。チョコバーを6個買って20ドル札を渡すとおつ りはいくらでしょうか? これに対応する音楽課題は、ビート25回打つドラムの 節中で、4拍子のフレーズを3回繰り返して先のドラムの節と最後のビートを合わ せるにはどのビートからスタートすれよいかを見つけなさい。

第2段階:音程を表す垂直軸、第5日〜第8日
プログラムの後半を占めるメロディを使った一連の課題は、2軸グラフの概念を確立で きるように注意深く設計されています。4日間で次のような段階を通過します。

1)定性的な音程グラフ:
まず、音程を「高い」「低い」に区分けする定性的な部分から始めます。この概念をグ ラフ上の枠(目盛のないグラフ)の上部と下部に割り当てます。メロディを歌って図に記 入します。何度か行ううちに自然とグラフ中の上下の位置関係を音程の高低と関連つけて いきます(高温は上に、低音は下に)。水平軸は音の順番に対応し、最終的には時間と関連 つけます。

2)目盛の導入:
音程に番号をつけ、図(グラフ)に目盛を加えます。ハ長調の音階を使い、それぞれの 音に1から8の番号を割り当てます。続いて「グラフ当て」ゲームを行います。メロディ を演奏し、生徒たちにメロディを正しく表すものを含めて3種類のグラフが示されます。

3)グラフからデータ表へ:
次の日、生徒たちは音の位置を読み取ることで音程グラフを分析し、その音を表現す る順序対を決め、表に記入します。

4)データ表へからグラフ
上記3ステップの内容を逆にし、与えられたデータ表から音程グラフを作成します。

5)お遊び/変形
興味をもって音楽的な概念としてこの技術を身につけていく中で、それぞれのデータ 値(音程)に2を足したり、音程データを2倍したりという数学的操作を通して、生徒たち はメロディグラフを変形します。このプロセスによって変形されたデータ表を作成し、そ れをグラフに表し、元ののメロディとの違いを確かめるために演奏してみます。

第3段階:数学への移行:気温グラフ
最終日、黒板に書かれている1週間分の気温が記入されたデータ表をグラフ化する課 題が生徒に与えられます。メロディーは7つの音から構成され、気温データ表は7日間分 あるので、メロディーグラフは気温データととてもよく似ています (そのようにデザイン されています) 。この時点で概念的飛躍として生徒たちに求められるのは、異なる単位を 扱うことです。つまり音の列と音程を、日にちと度(気温)に対応させます。生徒たちは見 事にやりとげました。ほぼ半数の生徒が10分以内にスタッフの援助なしで正確なグラフを 書きました。残りの生徒のほとんども最低限の援助を受けただけで完成しました。プログ ラムを開始する時点での心配を思えば、それはとてもすばらしい瞬間でした。授業時間を 20分も余らせてやりとげたのですから。

その日の最後に、新聞に掲載されている気温と株価のグラフを調べました。マギー (Maggie)が前日の昼食時にこれらのグラフを持って来て私たちに見せ、いつ株を買うのが よいかアドバイスをしてくれました。彼女は明らかにグラフの概念を理解しています。ク ラスの大部分は新聞に掲載されたグラフの意味をうまく理解できていませんが、このプロ グラムを続け、適切なペースや内容や環境やサポートがあれば、今持っている限界はどん どん高くできるとう確信を持ちました。生徒たちの数学に対する態度を示す数値データは ありませんが、生徒たちはこの分野で確実に進歩したことをすべての事実が物語っていま す。生徒たちはこのプログラムをよい経験だったと感じ、この数学の授業がこれまでと違 ってどんなに楽しかったかを強く口々に語りました。今回の成果がどの程度深く浸透し、 いつまで持続するかを確認し、立証していきます。現在小学生向けに執筆中の新しい本の 最初に「音楽と心」で考案されたカリキュラムを載せます。

スコット・ビオール(Scott Beall)の業績についてもっと詳しく知りたい方は、 ホームページにアクセスして ください。

(2000年12月)



目次に戻る