Williams症候群児の和音感の理解を促すMIDIとスイッチ入力の活用
兵庫教育大学の大学院生の井上 久美さんから研究論文を提供していただきました。
(2001年3月)
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Cognition of Music Harmony in Children with Williams Syndrome Using MIDI and Switch
井上 久美(Kumi INOUE)
兵庫教育大学学校教育研究科
日本教育工学会(JET)障害児教育研究会 2001年1月27日
第7染色体のうちの一本がわずかに欠けていることから発生するとされるウイリアムズ症候群は、視空間認知、量の判断、推論などの認知機能障害、聴覚過敏等が生じる一方で、優れた長期記憶や言語能力を現し、聴覚過敏は豊かな音楽性として能力を発揮すると言われている。
本研究では、ウイリアムズ症候群の聴覚過敏がもたらす豊かな音楽性に注目し、音楽の持つさまざまな特性からメロディー、リズム、ハーモニーをイメージし表現につなげる活動を促進すると考えられるMIDIとスイッチ等の簡易入力装置を用いた有効な指導方法について提案する。
特殊教育 ウイリアムズ症候群 音楽性 聴覚過敏 MIDI
1.問題の所在
筆者はかつて知的障害児養護学校に勤務しており、中学部、高等部の音楽の授業を担当していた。中学部における音楽の授業では、週に1時間、高等部では2週に1時間を20名程度の一斉授業の中で行っていた。生徒の障害と程度はさまざまであり、集団指導の場面では、個別の課題を持たせた指導を展開していくことが困難であった。特に、言葉による指示やコミュニケーションが困難である重度障害の生徒への指導には、個人の特性に応じた指導のプログラムが必要であることを痛感したものである。と同時に生徒個人の特性に応じた授業が展開しきれないという状況にもあった。しかしながら、重度障害の生徒の中には、音楽に積極的に関わろうとする生徒がいた。それは「ウイリアムズ症候群」といわれる生徒であった。
ウイリアムズ症候群は、1961年にニュージーランドのウイリアムズ医師により報告され、20,000〜30,000人に1人の割合で発生するとされている。遺伝学的には、1993年にウイリアムズ症候群を引き起こす原因として、身体のどの細胞にも存在する23対の染色体の第7染色体のうちの一本がわずかに欠けていることが明らかにされた(Lenhoff, Wang, Greenberg and Bellugi, 1997)。この第7染色体の一部欠損により、次のような障害があげられる。例えば大動脈弁上狭窄、妖精様顔貌などの身体的特徴、発達遅滞、視空間認知、量の判断、推論などの認知機能障害、聴覚過敏等が生じる。その一方で優れた長期記憶や言語能力を現し、聴覚過敏は豊かな音楽性として捉えられている。
この聴覚過敏がもたらすとされる豊かな音楽性とはどのようなものであるのか。Lenhoff(1998)によると、マサチューセッツ州で毎年行われているウイリアムズ症候群の人々を対象とした音楽キャンプにおける観察から、次のような音楽的能力が指摘されている。
- 物事に集中できる時間が短いにも関わらず、音楽を聴いたり音楽活動に参加するときには集中できる時間が長くなる。
- 大部分の人は楽譜を読めないが、絶対音感や相対音感を持っている人が多い。
- リズム感が良い。
- タイミングをとる能力が高い。
- 覚えた曲は長い間忘れることがない。
これらの指摘から、ウイリアムズ症候群の人々の音楽的能力を明らかにして比較する研究が1990年代中ごろから始まった。Lenhoff(1998)によると、ウイリアムズ症候群の人々の音楽的能力に関する研究には次のようなものが進行中である。
- 音楽的能力と優れた言語能力との関係
- 相対音感を認識する能力をウイリアムズ症候群の人々とその他の人々とを比較
- ウイリアムズ症候群の人々とその兄弟姉妹との音楽的能力の比較
- ウイリアムズ症候群の幼児に音楽教育を行った、空間の位置関係に関する認知機能の変化
Levitin&Bellugi (1997)によると、ウイリアムズ症候群の人々の音楽的能力に関する科学的な調査研究は、ほとんど行われていない。この論文においても、観察に基づく質的研究と、リズム模倣のテストに基づく量的研究について報告されるにとどまっている。
そうした研究から、ウイリアムズ症候群児の聴覚過敏がもたらす音楽性を引きだしていく過程に注目し、認知機能障害の改善を課題とした指導を行うことで、豊かな音楽性を伸ばし、生活の質の向上をもたらすことが重要であると考えられる。
2.研究の目的
本研究では、ウイリアムズ症候群児の音楽の知覚・認知の特徴を事例から分析し、より主体的に音楽と関わり、豊かな音楽性を発揮できるような指導の方略を追及する。また、音楽の持つさまざまな特性からメロディー、リズム、ハーモニーをイメージし表現につなげるために、MIDIとスイッチ等の簡易入力装置を用いた有効な指導方法を検証することを目的とする。さらに、視空間認知障害のために読譜が困難とされているウイリアムズ症候群児に対して、視覚刺激からイメージを喚起させ、より主体的な演奏活動に必要な読譜理解を促進するために、有効な指導の方略を追及することを目的とする。
3.研究方法
- ウイリアムズ症候群児を対象とした指導の実践記録を分析し、音楽とどのように関わっているかを明らかにする。
- 音の強-弱、高-低、速い-遅い、開始-終始などの音楽の持つさまざまな特性からメロディー、リズム、ハーモニーをイメージし表現につなげる活動を促進すると考えられるMIDIとスイッチ等の簡易入力装置を用いた有効な指導方法を試行する。
- 読譜理解を促進させるためのパソコンを用いた有効な指導方法を試行する。
以上3点を行い、音楽性の伸長と視空間認知障害の改善との因果関係について考察していく。本発表においては(2)に基づき、音楽の開始から終止をハーモニーの進行で感じる活動について、MIDIと簡易入力装置を活用した指導の提案を行う。
4.MIDIとスイッチ等の簡易入力装置を用いた活動の提案
ここで提案するのは、アメリカのマサチューセッツ州にあるSwitch In Time社のJ.Adamsによって1999年に作成されたSuper Switch Ensembleというソフトウエア、Wing USB、スイッチ、Macを用いての活動である。
4-1 ねらい
4-2 活動概要
MIDIで作成された音楽に合わせて、3〜5種類の和音から旋律にあった和音を選んでスイッチを押していく。たとえば『蛍の光』では、主に3つの和音が用いられている。和音記号で示すとI、IV、Vの和音が用いられている。コードネームで示すと、F、B♭、Cのコードが用いられている。例えば緑色のスイッチにはFのコードが、赤のスイッチにはB♭、黄色のスイッチにはCのコードが割り当てられており、旋律を聴きながら次の和音を予想する力を必要とする活動である。
指導上の留意点として特に配慮する点は、指導者が子どもの活動に規則や制限を設けずに、子ども自身が主体的に音と関わろうとする意欲を重視することである。例えばコードの進行が、F-C-F-B♭の部分において、あらかじめ指導者が子どもにスイッチの色で押す順番を教えたり、紙面等で提示しないということは具体的な指導上の留意点の一つとしてあげられる。
4-3 ハーモニーの理解における指導の観点
子どもの音楽的成長において、音楽を構成する要素の一つであるハーモニーへの関心は、リズムやメロディーに比べると発現する時期が遅いことが知られている。Revesz(1953)は、2〜4歳ころにリズムのほうがメロディーよりも早く発現すると報告している。また、Valentineによると、9歳以前の児童は和音にあまり興味を示さず、12〜13歳では、これが急変して和音に対する善し悪しは成人のそれとあまり変わらないことを報告している。
これらの報告から、ハーモニーの理解は子どもの音楽的成長において、その理解に達するまでに多くの音楽的経験が必要であることを示唆していると考えられる。と同時にハーモニーを理解する過程において、音楽の諸要素の理解が不可欠であると言える。
そこで、次にI、IV、Vの和音が用いられている曲を想定して、ハーモニーの理解を促進させるための指導の観点について提案する。
Iの和音は曲の始め、小さなフレーズの終わり、曲全体の終わりなど、曲の区切りの部分で多く用いられる和音である。というのもIの和音は、曲が進行する中で「安定感」をもたらす和音であり、不安定な和音(ここではIVとVの和音)を移動していても最終的には安定の和音であるIの和音に帰着する性質があるからである。そのためIの和音感覚、曲の終止感をつかむためにハーモニーの指導をその観点とすることができると考える。次にIの和音の安定感を感じられるようになったら、安定感のあるIの和音に比べて色彩感のあるIVやVの和音を模索する活動を行っていく。Iの和音感覚をつかんでいれば、他のIV、Vの和音はIの和音を基調にしながら模索することで旋律に合った和音を選んで演奏できるようになると考えられる。ある程度このような活動に慣れてきたら、終止定式の和音をそれまでとは違う和音を用いる、1小節に2つの和音の配置から小節の変わり目に別の和音を挿入する、リズムに変化を持たせるなど、限られた枠の中で子ども自身が工夫して表現活動を行うことができることも予想される。
このような活動を通して、和音感を養い、メロディーやリズムがより豊かなものと感じることができるようになるのではないかと考える。和音を鳴らすことのできる楽器としてピアノを例とすると、和音感を養うための活動を鍵盤上で行うことはある程度の技術が伴っていないかぎり容易なことではない。そのような現状を考慮すると、MIDIのデータを活用して外部からの入力装置と同期させるなどの活動を取り入れることは、より一層子どもの音楽性を高めるための学習環境を提供することができると考える。
5.考察
現在前述の活動を試行中である。MIDIと簡易入力装置を音楽の学習活動に取り入れることで、音楽を構成する諸要素に注目し、その特性を生かした学習活動を展開できると考えられる。また、楽器演奏の技術が未熟であっても子どもに合った課題を遂行できるという利点がある。今後、このような活動を試行する中で、子どもがより主体的に音楽と関わることのできる活動について研究していく。
参考文献
- Lenhoff,H., Wang, P., Greenberg, F. & Bellugi, U.(1997). Williams Syndrome and the Brain. Scientific American, 278 (4),10.
- Levitin, D. & Bellugi, U.(1997). Musical Abilities in Individuals with Williams Syndrome,http://www.wsf.org/BEHAVIOR/music/musicres/mrresear.htm.
- Stambaugh, L.(1996). Special Learners with Special Abilities. Musical Educator Journal,83(3),19-23.
- Lenhoff, H.(1998). Insight Into the Musical Potencial of Cognitive Impaired People Diagnosed with Williams Syndrome. Music Therapy Perspective, 16 (1).
- 松岡瑠美子(1999).Williams症候群の包括遺伝子医療. 医学のあゆみ,191(5),533-538.
- 伴田武嘉津(1975). 音楽教育学成立への基調. 音楽之友社
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