ウィリアムズ症候群のAさんに対する音楽療法
※この症例はウイリアムズノートに掲載するために再編集したものです。
コミュニケーションの改善を目指した即興演奏について
日本音楽療法学会認定音楽療法士 北澤寿美江
ウィリアムズ症候群の人たちには、コミュニケーションの面ではダイグンズとローズナー(Dykens and Rosner )が指摘しているように、社交性や感情移入能力は高い一方で社会的相互作用(情緒的コミュニケーションのやりとり)が苦手で人間関係を築くことに問題を抱えているという逆説的な組み合わせを示唆する複雑な様相があることがわかってきた。
筆者はウィリアムズ症候群のAさんのセッションを始めて18年が過ぎた。筆者はこの社会的相互作用の問題が音楽活動で改善できるかを考えた。そこで打楽器やピアノを用いた即興の活動をとり入れて、演奏を通して社会的相互作用を体験しコミュニケーションを改善することを目指した。高校卒業後、Aさんが生活訓練施設に入所したため一度中断した。この症例ではコミュニケーションの問題に焦点をあてた15〜18歳までの3年間と、その後21歳から再開した1年半の活動の中の即興演奏を通して行ったコミュニケーションの改善について報告する。
【 対象者および目標 】
Aさん(23歳 新版K式発達検査 6歳)はウィリアムズ症候群の女性である。Aさんは中度の発達遅滞があり、ウィリアムズ症候群共通の特徴を持っている。文章は簡単な漢字を使って書く事ができるが内容は羅列的なものであり、身近な出来事を書き並べる程度である。
幼い頃からAさんが好んで音楽を聞いたり歌ったりする様子から両親は音楽活動をさせたいと考え、5歳の時から筆者が障害をふまえた音楽活動を開始した。
【 経過 】
高校生の時の様子
音楽に合わせて体を動かしたり、リズムを打つことが得意である。
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楽譜はドからソくらいならどうにか読むことができる。ピアノや歌は聴いて覚えることのほうが得意である。字はひらがなカタカナ・簡単な漢字は読める。会話や文章は簡単なものが多い。
人懐こいが、他の人との適応的なコミュニケーションを持つことが難しい。
《即興活動の目標》
- 音楽活動を通じて感情を表出すること。集中力を高めること。達成感を味わうこと。
- 音楽活動の中で意味を持った言葉と動き・表現を関連づけることで徐々に言葉の具体性を高めること。
- ピアノの即興を通じて精神的な安定をはかり、他の人との適応的なコミュニケーションをもてるようにすること。
≪即興の様子≫
ピアノはバイエル上終了程度弾ける。
リズム即興では相手と異なったリズムを考えて打つ事ができる。
ピアノの即興では和声的な対応が優れている。メロディーは色々なフレーズを考えて弾いており、音楽の変化に敏感である。
成人してからの様子
社会訓練を終えて地元の作業所に通っている。主な作業は製品の袋詰め・縫製の糸切り・独身寮の清掃などで、作業量の多い厳しい雰囲気の職場である。地元の障害者のサークルなどに参加している。セッションでは,Aさんが希望する曲をピアノで弾いたり、歌ったりした。また、日頃の様子を日記に書くようにしたが、内容は主に作業所のことが多い。
《即興活動の目標》
- 音楽活動を通じて感情を表出すること。集中力を高めること。達成感を味わうこと。
- 音楽活動の中で色々な経験をして、感情の表現の幅を広げてゆくこと。
- パターン化されない音のやりとりを体験し、自己表現の幅を拡げる。
- 他の人との適応的なコミュニケーションをもてるようにすること。
≪即興の様子≫
旋律を聞いたあとで、3〜4の♯♭を付けた調で模倣できる。
リズム即興では色々なリズムでやりとりができる。音楽の構成力があり、和音的な対応も出来る。
自分からジャンルを指定したりテーマを弾き始めるなど、弾きたい方向性を示すことができる。
掛け合いでTh.と異なったメロディーを弾ける。長調・短調を自由に弾き分けることが出来る。
【結果】
即興では表情や体の動きなどの表現もひろがってきた。伝えたい音楽やイメージを積極的に意思表示するようになり、素早い反応とともに表現にひろがりを示すようになった。日記や会話に登場する人物が増えてきて、作業所や家庭のなかの出来事やその時の気持ちを詳しく説明できるようになっている。
【 考察 】
コミュニケーションとは認知・感情・評価のやりとりである。お互いの意味を共有するように働きかけることがコミュニケーションのねらいである。このようなねらいをもったやりとりが社会的相互作用である。ウィリアムズ症候群の人の場合は人懐こく誰にも親しそうな素振りを見せるが、関係性は表面的なものに終わることが多かった。言葉の字義どおりの理解は問題ないが、言葉が運ぶ感情(言葉を発した個人の感情)の理解・認知が不得意なのである。その結果、非言語的コミュニケーションの中の社会的フィードバックへの感受性(社会的相互作用の後でどのように振る舞うか知っている) が上手く働かず、他の人との関係性が発展しないと考えられた。
社会性の具体的な特徴としては、
- 他人の表情、動作、言語表現を「読む」ことが困難である。
- 表情や動作で自分の意志を表すことが下手である。
- 社会的なニュアンスを理解できない。
- 場の雰囲気を理解できない。
- 社会的に不適切な行動をしても気づかない。
- 新規のあるいは複雑な状況でどう振る舞えばよいのかわからない。
などがあげられる。
これは非言語性学習障害の人たちにも共通した特徴であるが、ウィリアムズ症候群の人の場合は高い言語能力と低い社会性能力とのギャップが、人間関係の発展の弊害になっていると考えられるのである。
即興演奏では、お互いの様子を伺うことが自然と要求される。音の雰囲気を感じて同質の音を出したり異質の音を出したりする。メロディーをモデリングしたり、やりとりの形を変えたりといった複雑な作業が一瞬のうちに行われるのである。その結果感情的なものが誘発されたやりとりになっていったと思われる。このことは、上記にあげた社会性の特徴の改善に役立つのではないだろうか。
Aさんはリズムだけでなくメロディーも長いフレーズで表現することが出来て音楽の構成力も高くなってきた。また音楽の表現と並行して顔の表情や体の表現も同じように豊かになってきた。このことはAさんの中にやりとりの要素となってコミュニケーションへの意欲が高められてきたためだと考えられる。情動律動(D.N.スターン 感情を感じ合う非言語的なやりとり=エンパシー)の視点からみると、即興演奏は情動的な交流を促し、音楽的な技術で表現出来ないものは表情や体の表現を誘い出したと考えられる。
このように即興演奏は非言語的コミュニケーションの要素にも影響してきた。ウィリアムズ症候群の人たちの、音声に対する優れた記憶能力と聴覚配列記憶能力がこのような結果が出るための一つの要因であることも忘れてはならないが、即興活動が相手とひとつのイメージの世界を共有する楽しみを味わうことになり、結果として社会的相互作用の経験としてコミュニケーションの改善につながったと考えられるのではないか。Aさんの日常の変化としては、日記や会話の中で登場する人物が増えてきたこと、またその人物の描写が徐々に詳しくなってきたこと、作業所などの出来事をその雰囲気も含めてわかりやすく話すようになったことなどがあげられる。Aさんの日常的なコミュニケーションの改善のあらわれのひとつであると考えられる。
参考文献
Williams−Beuren Syndrome 「Research, Evaluation, and Treatment」
Edited by Collen A. Morris, M.D., Howard M. Lenhoff, Ph.D., and Paul P.Wang, M.D.
「コミュニケーションの心理学」吉田章宏・田中みどり編著 川島書店
「社会心理学を学ぶ人のために」間場寿一編 世界思想社
「アスペルガー症候群と学習障害」榊原洋一 講談社。
(2008年3月)
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