WSA 1998 National Convention に出席して
講演やスライドのメモ書きをまとめたもので、聞き間違いなどがあるかもしれません。
(1998年7月 杉本 雅彦)(2002年4月 修正)
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★ WSA 1998 The National Convention の概要
- 日程
- 1998年7月8日(水)〜12日(日)
- 場所
- アメリカ ミネソタ州ミネアポリス市 Radissonホテル(ミネアポリス空港の近く)で開催
- 主催
- Williams Syndrome Association(アメリカ)
- 参加費
- WSAの会員の場合 全日:100ドル 1日:45ドル
- 内容
- 専門家の講演(講演数 約70:午前中は全体講演、午後はテーマ毎に分科会)、動物園へツアー、親のネットワーク作り(子供の年齢等テーマ別)、青年・成人のWSの親睦会、WSの兄弟姉妹のサポート、会員の地域毎のビザパーティ、大学などの研究内容の紹介と勧誘、専門家による相談、ダンスパーティ、ビデオテープやTシャツの販売、オークション等。
出席者名簿によればおよそ300家族(会員のおよそ一割)。アメリカ以外では、カナダ・イギリス・ノルウェー・日本の参加者がいた。当日申し込みの家族を含めると、350から400家族になると言っていた。医療や教育等の専門家まで含めると、総勢1000人以上の規模になる。
★ 参加日程
- 7/ 8(水)-------
- 日本発・アメリカ入国(シカゴ経由)
受付・展示会
- 9(木)------
- 講演会出席
全体講演:「ウィリアムズ症候群:専門家のパネルディスカッション」
全体講演:「こどもによって変えられた」
分科会:「ADHDって何?」
分科会:「集中力向上:ウィリアムズ症候群の注意力に関する課題」
- 10(金)------
- 講演会出席
全体講演:「LDに関する話題」
全体講演:「ウィリアムズ症候群の人たちの兄弟姉妹:良い点と悪い点」
分科会:「ウィリアムズ症候群の成人の不安と憂鬱」
分科会:「音楽研究(その2):ウィリアムズ症候群の人たちの音楽性に関する最近の研究」
- 11(土)------
- アメリカ出国(シカゴ経由)
- 12(日)------
- 帰国
★ 主な面会者
- Dr. Howard Lenhoff
WSA,WSF,音楽キャンプなどの活動を支えてきた人。カリフォルニア大学アーバイン校の名誉教授。Gloriaの父親
- Dr. Ursula Bellugi
The Salk Institute の研究者。ウィリアムズ症候群の認知・言語・音楽性などの研究の第一人者。来年(1999年)4月に理化学研究所の伊藤教授を訪ねて来日する予定。
- Ms. Wendy Jones
- Dr. Paul Wang
フィラデルフィアの小児科医。WSAの協力者。両親が中国大陸出身の中国系アメリカ人。Dr.Lenhoff の話では、WSAの協力者の中では最も信頼の置ける医師とのこと。
- Ms. Kay Barnon
アメリカ人と結婚している日本人(Keikoさん)。ボストン在住で14歳のWSの子供を持つ。
- Mr.Bryce Hill
ベルボアテラスの音楽キャンプのスタッフ。ビデオの中で、演奏会の司会をしていた人。
★ 全体的感想
とにかく、エネルギーを感じた。ホテルの大きな宴会場(600人以上入る)とたく
さんの会議室を貸し切り、専門家も家族も精力的に活動している。話題の中心は、病気
の原因や循環器系疾患等の合併症という病気そのものから、ADHD、不安症候群、兄弟の
精神的ケア、音楽性など、病気の付随的なものへ変ってきているように感じた。とにか
く皆明るい。ホールにはピアノがおいてあり、ウィリアムズの子供たちが演奏したり、合唱したり
していた。外向的な性格そのままに、私にも話し掛けてくれた。年齢が高い(40歳を
越えている)人もたくさんいたが、その年齢でも、階段を降りることが苦手で足が交互
に出ない、あるいは、アキレス腱が伸びなくてつま先立って歩いている様子の人がいる。
また、講演会場で隣り合わせた老夫婦から聞いた話では、33歳の長男がウィリアムズ症候群だが、この
人は食事も自分で作り一人暮らしをしている。免許を持って車を運転し、就職して機械整
備の仕事をしているとのこと。うらやましく感じる。
冒頭(9日)に、Frank Greenberg氏が、会議の直前に亡くなったことが報告された。
Dr.Greenberg は、米国立衛生研究所のヒト・ゲノム研究センターの臨床コンサルタント
で、20年以上にわたってウィリアムズ症候群に深くかかわってきた人で、日経サイエ
ンスに掲載された「ウイリアムズ症候群が明かす脳の謎」の共同執筆者。
また、HBO(アメリカのテレビ局)がウィリアムズ症候群に関するドキュメンタリーを制作中。
★ 講演・分科会等でのトピックス
展示会:
会場の半分を使って、WSAの各支部(全米で11)、大学や病院などの研究機関、障害
者サポート団体、一般企業(教育カセット等の販売)が、パネルを展示してその活動を
紹介していた。研究機関から来た人達は、研究に参加してくれる人を募集し、訪ねてき
た両親たちと話し込んでいる。上述した主な面会者達にはこの会場で出会った。会場の残
り半分では、ハンバーガと飲み物が提供されており、ステージではコーラスなどが演奏
されていた。サイモンとガーファンクルやビートルズなどの曲が演奏されると、ウィリアムズ
の子供たちがステージの前でいっしょに歌いながら踊っていた。
基調講演:「ウィリアムズ症候群:専門家のパネルディスカッション」
ウィリアムズ症候群に詳しい医師・研究者が、それぞれの専門分野の知見を披露する。
- Dr.Barbara Pober
- ウィリアムズ症候群の診断用のチェックリストがある。
- 顔の特徴は年齢と共に変化する。幼児期ほど特徴的である。
- 身長は標準成長曲線の10から15パーセンタイル線より下になる。
- 脊柱湾曲症(前屈・後屈)がウィリアムズ症候群の合併症として存在する。
- こどもの時に腹痛がある。
- 90%以上に聴覚過敏がある。
- Dr.Colleen Morris
- 7番染色体の微小欠失は不等交差が原因
- 発生確率:SVAS孤発は1/25,000、ウィリアムズ症候群は1/20,000
- ウィリアムズ症候群の人の98〜99%からエラスチン遺伝子の欠失が見つかる。
- エラスチン遺伝子の欠失が無ければ、他の病気を疑った方がいい。
- 欠失している染色体部分には15個から20個の遺伝子や遺伝子断片が含まれているが、すべての遺伝子が症状に寄与しているわけではない。
- 欠失部分の大きさは1〜2Mb。(100万から200万塩基)
- 300人以上を検査し結果、欠失領域はほとんど同じ大きさ。
- エラスチン遺伝子の欠失は、循環器疾患の他に、ヘルニア・厚い唇・末端肥大の原因である。
- 症状と原因遺伝子の関連は
- SVAS孤発:エラスチン遺伝子(突然変異)
- SVAS+LD:エラスチン遺伝子+LIMK1
- ウィリアムズ症候群:エラスチン遺伝子+LIMK1+??
- Dr.Ronald Lacro
- 大動脈弁上狭窄は、血管壁が厚くなることで引き起こされている。
- 血管に弾力性を与えているエラスチンが不足しているため、血圧に耐えるべく血管壁が厚くなる。
- 血管壁の肥厚は、大動脈弁上以外の動脈でも発生しており、ウィリアムズ症候群でよく見られるのは、肺動脈、腎動脈などである。
- 腎動脈の狭窄は高血圧につながる。
- これら以外でも、体中のあらゆる動脈の壁が厚くなることで動脈が細くなっている可能性がある。
- スライドでは、下行大動脈、腕に行く動脈、頭部へ行く動脈、腸などの腹部へ行く動脈などが細くなっているレントゲン写真が紹介されていた。
- 肺動脈(基部に近い部分)の狭窄に対しては、カテーテルを用いたバルーン手術(風船を使った拡張手術)が行われて、狭窄が治った例が示された。
- 腹部へ行く血管の狭窄は乳幼児に見られる腹痛の原因の一つである可能性がある。
- 大動脈弁上狭窄は、成長とともに悪化することがあり、その場合は手術が必要になる。それに対して肺動脈末端部狭窄は成長とともによくなり、狭窄が無くなることもある。バルーン手術が可能。
- Dr.Karen Levine
ウィリアムズ症候群の人のIQは境界線上から軽度障害の範囲
- Dr.Ursula Bellugi
認知能力にばらつきがある。
- 言語には優れるが、空間認識能力は低い。
- 人の顔の認識は優れているが、線の傾き具合の認識能力は低い(Benton Line Orientation Test)
- 脳に関しては、聴覚野・新小脳が大きい。
全体講演:「こどもによって変えられた」
ダウン症の子供を育てた母親の体験談。本を書いて出版している。内容はよくわからなかった。
分科会:「ADHDって何」
Paul WangによるADHDの解説。
- ADHD:Attention Deficit Hyperactivity Disorder、注意欠陥・多動性障害
- 以前はADDと言われていたが、最近はADHDといわれている
- ADHDはその名前が示す通り、
- 注意力が散漫(長い間集中できない):Inattention
- 多動傾向がある:Hyperactivity
- 衝動的である:Impulsivity
という3種類の症状を持っていること。そして
- DSM-IVのチェック項目に当てはまること
- 6週間以上続いていること。
- 2つ以上の場面(例えば、学校と家庭)などで見られること。
という診断基準がある。
- 良い時・悪い時の波があり観察による診断は難しい。
- 5〜6歳にならなければ診断は出来ない。(異常なのか、成長していないのかが見極められない)
- ウィリアムズ症候群のこどもの25%から50%の間、およそ1/3がADHDと考えられる。
- ADHDと間違えられやすいもの
- PDD:Pervasive Development Disorder 広汎性発達障害
- 精神遅滞
- 学習障害(LD)
- 教育不適合
- 対応策には下記二つがある
- 行動管理(Behavior Management)
- 薬物治療
- 行動管理
- 注意を与える。(例:教室では一番前に座らせて、教師が常に目を配り注意する。)
- 連絡帳を使い、親と教師で目標や状況を共有する。(一貫した方針)
- 誉める(物や言葉):しかる場合の4倍の量が必要
- しかる;悪いことをしたら、その場ですぐにしかる。<
- ADHDに効く薬には
- 興奮剤(いわゆる興奮剤:名前からして、余計に多動傾向を与えてしまうという誤解を招きやすいが、脳の機能を高めて、注意力が持続できるようにする効果がある。)
Ritalin,Dexedrin,Cylert
- Alpha2 Agonists
Catapres,Tenex
- その他
Tricyclic Antidepressant:ウィリアムズ症候群の子供の睡眠問題を改善できる可能性がある。
Atypical Antidepressant
- Ritalin
- 特徴:
- すぐに効くが、効いている時間も短い(3〜4時間)
- 副作用:
- 腹痛・頭痛・食欲減退(もっとも良く出る副作用)・不眠このうち、「心拍数が高くなる」、「食欲がなくなる」という2点は、ウィリアムズ症候群の人では注意が必要。また、薬の効果が切れたときに、症状が以前よりも悪くなる(リバウンド)という作用も見られる。
- Cylert
肝臓に副作用あり
- 成長して20歳程度にになると、薬に頼らなくても自分でコントロールできるようになる。
分科会:「集中力向上:ウィリアムズ症候群の注意力に関する課題」
Dr.Liz Lichtenbergerと Wendy Jones(両者ともSalk Institute)によるウィリアムズ
症候群の注意力やADHDに関する説明。
- ADHDの発生率は、男の子が女の子の10倍
- CHADD(Children and Adult with Attention Deficit Disorder)というサポートグループがある。(アメリカ:ホームページはwww.chadd.com)
- ウィリアムズ症候群でかつADHDの子供の特徴や対処法方法は
- 社会的要素を取り入れる
- たくさんほめられると喜ぶ
- 成功体験を積ませる(うまくいく課題を与える)
- 耳と目からも情報を与える
- ワークシート(手を動かすこと)は最小限に
- 行動改善(Behavior Modification)について
- 書いて指示を与える(絵を使う)
- 特徴ある物を使って誉める
褒美はいろいろ変える。物ではなく社会的な褒美も利用する。
- 小さく手近な目標から始める
- 家と学校で、同じ基準・目標を共有する
全体講演:「LDに関する話題」
Mr.Richard Lavoie(マサチューセッツ州ケープ・コッドで、障害者向けの学校のディレクター)。1時間半の間、大きな声でしゃべり続ける。聴衆の気持ちをつかみあきさせない話術はすばらしい。すごいの一言。数年先まで講演会のスケジュールは埋まっているとのこと。終わった後は、聴衆全員が立ち上がって拍手した。
- 「インクルージョン:統合教育」は、教育を受ける権利であって、統合されなければいけない義務ではない。
- 「インクルージョン:統合教育」は、ただ一種類の「統合教育」を指す言葉ではなく、個人個人のニーズに応じたメニューを揃えることが必要。
- 「WSの音楽教育」のような、真に効果のある新しい試みは、すべて親の運動に端を発している。
- 「LD問題の最も難しいことは、LDではない人にLDのことを学ばせることである」
- 教育者も専門化しすぎており、一人の子供から見ると分野ごとに縦割りになり、一人のすべてを適切に見てくれる人がいない。
- 知的障害児の教育は、Remedial(治療的)とCompensatory(保障的)がある。どちらも大事だが、その子の精神年齢相当でできることだけにとどまるのではなく、実年齢相当のことができるように向上させていくことが必要。算数が苦手だから授業から算数を除いてしまうのではなく、出来るように教えていくことが必要。
全体講演:「ウィリアムズ症候群の人たちの兄弟姉妹:良い点と悪い点」
ウィリアムズ症候群に限らないが、いわゆる障害児の兄弟姉妹に対する精神的サポー
トの必要性が高まっている。Mr.Donald Meyer氏は、ワシントン州シアトルで組織的に
このような活動を行っており、今では全米に広まりつつある。
障害児を兄弟に持つことで
- 悪い点
将来の不安(結婚・生活・自分や自分の子供にも同じ事が起こる等)
兄弟姉妹との相対的な問題(困らせられる、いらいらする)
親の問題
- 良い点
精神的な成長
面倒見がよくなる
友人を選ぶ目ができる
障害者への理解と共感
があり、それらに対して対策を講じる必要がある。たとえば、3人姉妹の一人が障害児
だと、「大きくなっても、残り二人の姉妹は結婚をせず、昼の仕事と夜の仕事に別れて、
24時間障害を持つ人の面倒を見る」ということを考えている例があった。このような
「大きくなったときに誰が面倒を見るのか」というような問題は、それぞれの家庭が決
めることであるが、両親から子供達に計画を話してあげることが重要。また、IEP(アメ
リカの学校で使われている、個人別の学習指導要領のこと。一年毎にその子の到達目標
や教育手段を、親と教師が話し合って決める)作成にも、兄弟姉妹を参加せるべき。
この全体講演とは別に、Sib Shopと呼ばれる、WSを持つ人の兄弟姉妹を対象としたワークショップが開催されていた。
分科会:「ウィリアムズ症候群の成人の不安と憂鬱」
Dr.Barbara Poberと、Dr.Robert Whartonの講演。
- 不安症候群(Anxiety Syndrome)は、Dr.Poberが診察したウィリアムズの人の100%について見られる。DSM-IVの診断機順によれば、2/3は境界領域にある。
- これは、ウィリアムズ以外の発達障害を持っている人の割合よりも明らかに多い。
- 8つの研究からは、ウィリアムズ症候群の人が不安・孤独感・恐怖にしばしば襲われるという報告がある。
- ウィリアムズ症候群の成人の80%は不安症候群(Anxiety Disorder)である。
- 女性の方が、男性よりハッピーではない傾向がある。
- 1998年のDr.Poberが行った、平均22歳のウィリアムズ症候群患者17人の調査によると、下記の傾向が見つかった。
- Phobic Disorder (恐怖症) 80%
- Anxiety(不安) 100%
- ADHD 50%
- Major Depression(うつ) 40%
- Separation Anxiety(孤独感) 27%
- 対応方法は、
- カウンセリング療法(知識が無いことによる不安を解消する)
- 薬物治療(補助的)
- 環境を変える(生れ故郷へ帰ったり、古い友人・先生との交際を復活する。ホルモンの影響)
- 薬物治療を行うこともある。(プロザック)
- 薬物治療を行う際には、医師と相談しながら効果と副作用に気を付ける必要がある。
- 薬がすべてのウィリアムズ症候群の人の不安に効くというものではない。
- 会場にいた親から、ウィリアムズの子供が5分おきくらいに同じことを聞くので困るがどう対処すればいいかという質問があった。対応方法としては、
- timeout(別室に置いてしまう)を使う。
- 20分間心配なことを考え続けさせる。
- 5分間とか10分間とか時間を決め、タイマーで計ってその間質問を禁止する。
- テープレコーダを使って質問内容を録音し、その子に聞かせる。
分科会:「音楽研究(その2):ウィリアムズ症候群の人たちの音楽性に関する最近の研究」
最初に、Audrey Donが、ウィリアムズの人の音楽的才能について講演。あるウィリア
ムズの子供が語ったと言う「音楽は、一番気に入っている考え方」という言葉が紹介さ
れた。また、子守り歌や悲しい曲は聞いたり歌ったりしないという傾向もある。
続いて Dr.Lenhoff が、ウィリアムズの人の絶対音感について講演。娘のグロリアは、
絶対音感を持っているし、同じCの和音でも、ドミソとミソドを聞き分けられる。レン
ホフ博士は、何度聞いてもその違いがわからなかったそうである。WSの子供と、その
兄弟を比べた場合、曲を覚えること・覚える速度・絶対音感・和音に関する能力は両者
で差が無かった。複雑なリズムを覚えることについては、WSの子より兄弟のほうが成
績が良かったが、WSの子が単調なテストに飽きてしまったという可能性もある。
最後に Dr.Bellugi が、ウィリアムズの人の認知能力・言語能力・顔の認識能力など
のアンバランス、新小脳の機能へ注目していることなどを話す。基調講演とほぼ同じ内
容。
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