ウィリアムズ症候群に関する医学的ガイドライン(改定版)



この資料は米国のWilliams Syndrome Associationの事務局長Ms.Terry Monkaba氏の 許諾を得て、1999年1月に改定された下記の原典を訳したものです (ホームページに掲載されています)。 改定前の資料は3−1−01をご覧下さい。また翻訳に関する間違いは、 杉本まで御連絡下さい。 このガイドラインを医療関係者に渡すときには、必ず英語の原文を添えていただ くようにお願します。

(1999年5月)

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Medical Guidelines For Williams Syndrome

By Colleen A. Morris, M.D.; Barbara Pober, M.D.; Paul Wang, M.D.; Martin Levinson, M.D.; Laurie Sadler, M.D.; Paige Kaplan, M.D.; Ronald Lacro, M.D.; Frank Greenberg, M.D.

(1999年1月)

数多くのウィリアムズの人々を見てきた複数の内科医グループからの情報を基礎として、 下記のウィリアムズ症候群に関する医学的モニタリングガイドライン概説を作成しました。こ れまでに公表されたデータに基づく勧告も一部にはありますが、大部分はグループのメン バーの臨床経験を集積して作成されています。ここで提案されている内容は、あくまでも 全般的な勧告であって、ウィリアムズの子供・青年・大人それぞれ個人個人に合った診療 が必要なことを認識しておいてください。

基礎的検診:
ウィリアムズ症候群と診断された場合、その時の年齢にかかわらず下記の検診を行な う事を勧めます。
  • 全般的な内科及び神経科の検査
  • ウィリアムズ症候群発育曲線上への発育パラメータの記入
  • 心臓の検査:
    • 心臓専門医による四肢の血圧測定を含む臨床的な検査
    • ドップラー血流検査を含む断層心エコー図
  • 泌尿器系の検査:
  • 膀胱及び腎臓の超音波検査
  • 腎臓機能に関する血液検査:BUN(血液尿素窒素)/クレアチニン
  • 尿検査
  • カルシウム定量:
    • 血液検査:全カルシウム量あるいはカルシウムイオン量
    • 尿検査(スポット的):カルシウム/クレアチニン比定量
  • 甲状腺機能検査
  • 眼科検査
  • 個人別評価・勧告と臨床的症状・自然暦・再発の危険性に関する広範な話し合いの ための遺伝評価と遺伝相談
  • 運動・発話・言語・個人的社会性・認知全般・職業などの能力に関しての全般的発 達評価
  • FISH 法によるエラスチン遺伝子の欠損確認を目的とした血液検査*
* 現在までに、臨床的にウィリアムズ症候群と診断された人のうち99% 以上から エラスチン遺伝子の欠損が見つかっています。検査は現在実費のみで行われてい ます。
継続的な看護とモニター:
ウィリアムズ症候群はいろいろな部分に影響がでる病気です。、ウィリアムズの人々 を診ている内科医は、治療が必要な問題が時間経過とともに新たに発生したり悪化 する可能性がある事をよく知っておかなければいけません。言い替えると、ウィリアム ズ症候群は定常状態が続くわけではなく、継続的な医学的監視が必要な病気なのです。
眼:
全員に基本的眼科検査を実施するよう勧めます。斜視(内斜視、やぶにらみ)はウィ リアムズ症候群によく見られますが、軽微で判別しにくいこともあります。遠視は矯正 眼鏡で治療可能です。眼科医の指示に従って経過観察を続ける事が必要です。
耳鼻咽喉:
中耳炎(耳の感染症の頻発)を繰り返し起こす傾向が見られます。耳の感染症を繰返 す場合は、耳鼻咽喉科専門医に相談し、聴力のスクリーニングを受けてください。
歯:
ウィリアムズの子供は、定期的に歯の診察を受けて下さい。不正咬合(注)・欠損歯・ 歯牙形成不全もよく見られます。子供の年齢が8才に達したら、矯正歯科医に相談する ことも考慮に入れてください。
甲状腺:
少数ですがウィリアムズの人々の中に、甲状腺の病気(大部分は甲状腺の機能低下) が見られます。甲状腺のスクリーイング検査を受けることを勧めます。スクリーニング 検査の結果に異常が見付かった場合や、新しい症状が出た場合は甲状腺機能検査を受け てください。
成長:
ウィリアムズ症候群発育曲線を使って、身長・体重・頭囲を監視してください。成 長が遅れること(ウィリアムズ症候群発育曲線の正常領域から下に外れること)はウィ リアムズ症候群では多くはありません。その場合は、他の子供と同じ様に原因を調査す ることが必要です。
心臓・循環器:
ウィリアムズ症候群では、循環器系の病気が進行(悪化)することがあります。大動 脈弁上狭窄(SVAS)が最もよく見られる異常ですが、ウィリアムズ症候群の場合はどの動 脈でも細くなる可能性があります。幼少時の検査で異常がなくても臨床的に重大な病気 が発生することがあります。そのため、ウィリアムズの人は定期的な検査を受けること が必要です。最適な心臓検査の頻度を規定することは不可能です。ガイドラインとして は、診断の時点でドップラー血流検査と断層心エコーを含む基本的な心臓機能検査を受 ける事を勧めます。循環器系の重大な病気を指摘されている場合は、心臓専門医の指示 に従ったフォローが必要です。心臓に全く問題がない、あるいはあっても軽微な5才以 下の子供の場合は、心臓専門医による年一回の定期的診察を受ける事を勧めます。途中 で心雑音が出てきた場合、その時点で断層心エコーを行う必要があります。5才以上で 循環器系に問題が無い場合でも、心臓専門医による定期的な検査を受ける事を勧めます。 その後新たに心雑音が発生した場合は、その時点で断層心エコーによる再検査を受けて ください。成長して循環器異常の徴候がない人にも心臓専門医による定期的検査を受け る事を勧めます。
高血圧:
ウィリアムズの子供も大人も、同年代の普通の人より高血圧が多い傾向にありま す。腎動脈の狭窄が高血圧の原因になっている場合があります。ウィリアムズ症候群の 人々の中には、加齢とともに高血圧になる危険性も高くなる人がいます。基礎検査の時 と心臓専門医を訪れる度に、四肢の血圧測定をしてください。最低でも年一回はかか りつけの内科医で両腕の血圧をチェックしてください。
胃腸:
ウィリアムズ症候群では胃の内容物の逆流がよく見られます。食事をいやがったり 嘔吐という形で現れることもあります。この逆流が発作的な腹痛の原因だと考えられる 場合もあります。これらの症状が顕著に現れたり長く続く場合は、胃の内容物の逆流を 調べてみる事を勧めます。裂孔ヘルニア(注)や逆流は成人にも発生するの で、胃腸科専門医に見てもらう必要もあります。慢性の便秘もウィリアムズ症候群によ く見られます。便秘を防止したり最小限にするために、食事療法を行なう事を強く勧め ます。

直腸脱(注)が、ウィリアムズ症候群の人の15%に発生し、便秘によって悪化する可能性が あります。腹痛がひどい場合や長く続く場合は、胃腸科専門医に相談してみるとよいか もしれません。青年期以降のウィリアムズの人が腹痛を起こす場合、特に慢性的 便秘を伴う場合は憩室症(注)と憩室炎の可能性を考えるべきです。
カルシウム:
口から摂取されるカルシウムがウィリアムズ症候群の症候学的にどのような影響 を与えるかについてはよく判っていません。高カルシウム血症は神経過敏・嘔吐・便秘・ 筋肉の痙攣を引き起こします。高カルシウム血症は幼児期によく見られますが、青年期 や成人になってから進行したり再発することがあります。そのため、診断の時に血液中 のカルシウムを検査するように勧めます。血液中のトータル・カルシウム量に異常がな ければ、2年から4年に一度、あるいは高カルシウム血症による症状が進行したときに 血中カルシウムのスクリーニング検査を受けてくだい。

また、診断の時にスポット的な尿検査を行い、尿中のカルシウム/クレアチニン比 を調べる事を勧めます。最初の尿中のカルシウム/クレアチニン比が正常であれば、2 年毎に再検査を実施して下さい。ランダムに採取されたスポットサンプルによる高カル シウム尿症(尿中のカルシウム量の増加)の研究室での判定値を次に示します。

カルシウム:クレアチニン比(mg/mg比)
年齢その年齢の95パーセンタイル値
7ヶ月未満の乳児0.86
7〜18ヶ月0.60
19ヶ月−6才0.42
成人0.22
   出典:Sargent JD et al: J Pediatr 123:393,1993.

一回の尿検査で高カルシウム尿症と判定されたら、朝と夕方の尿サンプルを使って 2回再検査を行なうことを勧めます。経験を積んだ栄養士による普段の食生活における カルシウムとビタミンDの摂取量評価を受けてください。24時間尿を使ってカルシウム /クレアチニン比とカルシウム総排泄量を調べることが理想的ですが、幼くて非協力的 な患者には向きません。慢性的な高カルシウム尿症だと診断されたら、血中の全カルシ ウム量の再検査と、腎石灰症(注)のチェックを目的とした超音波腎臓検査を受けて下さ い。カルシウムの取り過ぎにもかかわらず腎石灰症が見られない場合、RDAによるカルシ ウムの一日摂取量の上限(*)を超えないような食事に変える事を勧めます。高カルシウム 尿症が続いたり、高カルシウム血症や腎石灰症のような腎臓異常の検査結果が出た場合 は、直ちに腎臓病専門医に以後の管理方法を相談するように勧めます。

(*)食事からカルシウムを含んだ食品をすべて取り除いてしまう事は勧めません。 カルシウム摂取量が少なすぎる事は、別の医学的問題を引き起こす可能性があります。 カルシウム摂取量を変える場合は、内科医による血中カルシウム濃度の注意深い観察と、 栄養士による食事内容の評価が必要です。しかし、現在のところ単独の高カルシウム尿 症に関する合意された治療法がない事は記憶にとどめておく必要があります。 小児用複合ビタミン剤はすべてビタミンDを含んでいます。このため、ウィリアム ズの人は複合ビタミン剤を服用しないことを勧めます。
腎臓:
ウィリアムズ症候群には腎臓や泌尿器の異常が高い確率で見られるので、基本的 な腎臓と膀胱の超音波検査を受けることを勧めます。腎臓病や高カルシウム尿症の兆候 が見られない場合に、超音波検査を繰返し行なうことが有効かどうかは判っていません。 意見が一致している点は、基本的検査を受けた後、思春期とその後5年毎に超音波検査 を受けるべきであるということです。定期検査として1〜2年に1回の頻度で尿分析を して下さい。血液中のクレアチニンとBUN(血液尿素窒素)レベルを、定期的に(2年から 4年毎に)フォローして下さい。10才になっても続く「おねしょ」・尿路感染症の頻発・ 尿停滞・排尿困難や排尿時の慢性的不快感のような兆候がある場合にだけ、排尿膀胱尿道撮影 (注)を実施して下さい。
筋肉・骨格:
ウィリアムズ症候群には、進行性の関節拘縮がしばしばおこります。そのため、3才 までに全員理学療法による評価を受けるようにしてください。また、筋肉や関節の拘 縮や整形外科的異常が発生したら再度評価してもらうことも必要です。内科医や理学療 法プログラムの一項目として、関節の稼動範囲を年に一回定期的に観察してください。 いつまでもつま先だって歩く傾向がなおらない場合は、理学療法士や整形外科医に診て もらってください。「とう骨尺骨融合症」(前腕のひねりや回転が制限される。X線写真 で兆候が確認できる場合と、何も兆候が見られない場合がある。)は、時間とともに変化 することはなく、手術や治療は必要ありません。
神経系:
ウィリアムズ症候群には、中央部の緊張減退(低筋緊張)・周辺部の緊張過度(高筋緊張)・ 反射亢進が、特に下肢に顕著に現れます。しかし、急に顕著に状態が変化するかどうか や、神経検査をするがどうかについては、今後調査をする必要があります。キアリ奇形I 型や脳血管障害(脳卒中)などの合併症がありますが頻度は高くありません。神経断層写 真撮影の実施は徴候や症状によります。
麻酔:
ウィリアムズ症候群では原因不明の突然死や麻酔による合併症の報告があります。 外科手術の前に、小児麻酔専門家による診察と心臓専門医による状態チェックを受け ることを勧めます。
行動/精神医学:
ウィリアムズ症候群の子供はいろいろな発達段階の遅れを見せます。発話や言語の 遅れがよく見られますが、成長した後この分野は比較的高い能力を持っていま す。早期援助や特殊教育サポートを検討してみることは常に指摘されています。ウィリ アムズ症候群の子供のおよそ75%が最終的に精神遅滞と診断されますが、平均的な知 能を持った子供達も存在します。ウィリアムズ症候群の知能指数は重度の精神遅滞から 正常まで幅広く分布していますが、大部分の人は軽度の精神遅滞です。ウィリアムズ症 候群の人々は言語や聴覚暗記記憶に優れていますが、視覚空間構造構築は苦手です。
問題行動:
行動的問題もウィリアムズ症候群に存在します。感覚的嫌悪(音や模様に対する感覚 過敏)・非常に狭い範囲に絞り込まれた興味・難しい気性・持続的不安感・注意力不足な どが含まれます。社会的適応能力不足が同年代との交際を妨げることがあり、大人に対 する無警戒な人の良さはウィリアムズ症候群の人がうまく利用される危険性がありま す。この種の行動に関するカウンセリングを受けることは価値があります。睡眠障害(寝 付けない・睡眠不安・何度も目覚める)もよく見られる症状で、ポリソムノグラフ (polysomnography:睡眠調査)はその後の療育に関する指針につながります。
注意欠陥多動性障害:
学童期に注意欠陥多動性障害(ADHD:Attention Deficit-Hyperactivity Disorder)の診 断をよく受けます。もしADHDならば、環境を変えることが必要です。精神刺激薬が有効 なウィリアムズ症候群の人もいます。ウィリアムズ症候群では自閉症や高機能発達障害 と診断される事はほとんどありません。不安や抑うつ症は子供・青年・成人で問題にな る事があります。ウィリアムズの人の家族や精神科医は、これらの初期症状に注意を払 い、適切な診断と治療を受けさせるようにしてください。
訳者注:
ウィリアムズの人 :
原文では「ウィリアムズ症候群を持った人」となっている
不正こう合 :
歯並びが悪いためや歯の欠損があるために、噛み合わせが悪いこと
直腸脱 :
直腸粘膜が肛門から脱出する症状
憩室症 :
腸に多数の憩室が存在する病気
腎石灰症 :
細尿管に燐酸カルシウムが沈殿することによって起きる病気
排尿膀胱尿道撮影 :
尿をためた後排尿前・排尿中・排尿後にそれぞれX線撮影を行う
裂孔ヘルニア:
胃の一部が食堂裂孔から胸腔内に突出すること

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