Williams症候群から学ぶもの



Learning From Williams Syndrome Studies

永井知代子
科学技術振興機構ERATO浅田プロジェクト
東京女子医科大学雑誌 第78巻 臨時増刊号(2008年2月) E109-E118ページ

神経心理学を学ぶため上京し、岩田誠教授に指示してから14年が経った。神経心理学に限らず幅広い知識を有し、自身の知覚を介して患者から学ぶことの大切さを教えて下さった師に、心から感謝している。失語・失行・失認・健忘など、神経心理学の基本となる症候の症例報告や総説執筆作業を通して多くのことを学ばせていただいたが、今回は教授退任記念に添えて、私にとっては最も多くの示唆を与えてくれたテーマ、Williams症候群の総説を記したいと思う。

Williams症候群(WS)は、神経内科医にはさほどよく知られた疾患ではない。Williamsらが1961年に大動脈弁上狭窄症・精神遅滞・妖精様顔貌(図1:本人および家族の了承を得て掲載、表)を特徴とする症候群を報告して以来この名で知られるが、多くは幼少時に心疾患と特徴的顔貌で診断され、成人を扱う神経内科で診断されることが少ないためである。また、故豊倉康夫先生が、短いながら優れた総説の中でWSについて熱く語られたあとに、「筆者はまだWilliams症候群の患者を実際に診たことがない」と告白されているとおり、脳神経系の症状を主訴に神経内科を受診するケースも少ない。出生20,000〜30,000人に1人という稀な疾患ということもあり、未だに診たことがないという神経内科医も多いはずである。

そのようなWSの神経心理学検査を行う機会を得たのは、1998年の終わりのことであった。東京女子医大においてWSの一大プロジェクトが始まったためである。1993年、7番染色体長腕11.23領域の半接合体決失により生じる隣接遺伝子症候群(複数の遺伝子障害とそれらの相互作用により生じる症候群)であることがわかり、これによる症状が全身に生じうることから、小児科・循環器科はもちろんのこと、耳鼻咽喉科・眼科・歯科口腔外科などもプロジェクトに参加し、神経内科もその一環として組まれたのであった。また、遺伝学的知識と前後して、それまで精神遅滞としてしか記載されてこなかった認知機能に、興味深い特徴があることがSalk InstituteのBellugiらによって報告されていた。IQが同程度のDown症候群(DS)と比べると、言語表出面が優れていて社交的で相貌認知が良好であるなど、コミュニケーション能力の優位性が示唆されたのである。逆に視空間認知は極端に不良で、言葉は特徴をうまく表現できる対象(例:象は鼻が長く耳が大きい、など)も、見本を見せて模写をさせると全く拙劣であることが示された(図2)。神経解剖学的には脳の局所的異常が明らかではないにも関わらず、後天的脳損傷にみられるような、言語良好/視空間認知不良といった高次脳機能の解離がみられる疾患として注目されていたのである。そこで我々は、認知機能のうち描画を中心とした視空間認知・構成検査を担当することにし、小児科の知能検査や一般的視知覚検査の結果と合わせて検討することになったのであった。

本稿では、こうして行われた我々の検討を含むWS研究の歴史と、最近のトピックスについて概説する。より詳しい解説は永井(2007:資料番号3-9-162)を参照されたい。そして、このWSの研究を通して学んだこと、これから学ぶべきことについても私見を述べたいと思う。

(2008年6月)



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