並外れた演技



このお話はWSFの ホームページ に掲載されていました。ホームページ上ではジェシカやクラーク夫人のスナップ写真も見 られます。この記事が掲載された新聞は、資料番号6-2-04の 「音楽が火をともす」と同じです。

(2000年5月)

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An Exceptional Performance

When a new set of students got to audition for a play at Tyrone Middle, something special happened
タイロン中学(Tyrone Middle)で劇に出る出演者を選ぶオーディションにある学生グループ が参加し、特別なできごとが起こった。

By KELLY RYAN

(c) St. Petersburg Times, published April 29, 2000

セント・ピーターズバーグ −− 「アニー(Annie)、ワルツの踊り方をしっている?」 ジェシカ・ストリブリング(Jessica Stribling)の紺碧の眼は、先生の質問を聞くと大 きく見開かれました。彼女は母親と自己流で踊ったことはありました。しかしワルツも、 同じ年頃の男の子と踊った事もありません。

タイロン中学校(Tyrone Middle School)の教師リンダ・クラーク(Linda Clark)はデメ トリウス・シンプキンズ・ジュニア(Demetrius Simpkins Jr.)をステージに呼び出しまし た。そこでは30人の生徒がミュージカル「アニー」のリハーサル中でした。タイトルに なっている孤児役をジェシカが演じていました。デメトリウスは彼女を助ける億万長者を 演じています。

「アニーとワルツを踊りなさい」と、クラークが指示しました。」

出演者全員が二人の踊りを見守りました。ジェシカの顔が輝き、13歳の少女のさくら んぼのように赤く厚い唇がにこりとしました。

「すごいわ!」
* * *

タンパ・ベイ地域(Tampa Bay area)には、81,000人に上る「特別(exceptional)」な 生徒がいます。この言葉は、さまざまな特別援助が必要な生徒を示す広い意味で使われて います。20,000人は天分豊か(gifted)で、残る61,000人は障害者です。

クラーク夫人は足の替わりの電動車椅子に乗って、彼女の勤めるピネラス郡にある学 校(Pinellas County school)の特別な生徒と普通の生徒の混合チームでアニーを演じる為 に2ヶ月間努力してきました。

クラークは、批判的で残酷な普通の中学生たちが、障害者の手を持ってステージへ引 っ張りあげたり、トイレに付き添うのを見てきました。足でけったり金切り声をあげたり するために他の生徒から怖がられていた脳性麻痺の生徒をやさしい8年生が慰めるのも見 ました。

彼女はジェシカの変化を目撃しました。

クラーク夫人が一番大事にしている努力と、生徒たちや学校は彼女にとって心身を疲 れさせ、元気付けられ、恐ろしくもありまた楽しくもある存在でした。金曜日の夜、150人 以上の人々が結果を見るために学校の体育館を埋めつくしました。

「この一年見てきたものはまさしく奇跡でした」と、クラーク夫人はいいました。「全 生徒に体験させられなかったのが残念です。」

* * *

学校の中では、教師・教材・将来の期待などに関して、障害を持った生徒達は長い間 隔離されてきました。しかしこの20年間に、学校群は障害を持つ生徒達をより多く普通学 級に受け入れるようになりました。ピネラスでは郡内の22,000人の障害を持つ生徒の62% が、いわゆる「普通」の生徒といっしょに毎日何時間かの授業を受けています。

クラーク夫人はタイロン中学校で14年間音楽を教えてきました。障害をもつ生徒たち が聖歌隊で歌うことはありましたが、学校の劇場で演じられる演目の主役を務めることは ありませんでした。10月のある日、ジェシカが劇に参加することを決心するまでは。彼女 はスターになりたかったのです。

ウィリアムズ症候群とよばれる稀少遺伝子病のために、ジェシカは同じ年の子ども達 と同じ速さでは勉強できません。内気で礼儀正しいジェシカは質問の時以外教室ではほと んど発言しないし、答えはしばしば「はい」「いいえ」だけで終ります。

雑音は彼女を混乱させます。自分の寝室に歩いていく時にときどき迷います。母親は 彼女の洋服をボタンやジッパーのない上下が分かれた綿製のものにしています。彼女の指 がうまく動かないためです。

では、なぜ彼女はアニーになりたかったのでしょう。

「演じるのよ。自分自身ではないのよ」と、ジェシカが説明します。「誰か違った人に なれるのよ」

彼女の最も熱狂的なファンである母親・担任・つきっきりの介護者はアニー役に挑戦 する事がすてきな考えだとは確信できませんでした。プレッシャーが大きすぎるし、刺激 が強すぎます。やりすぎだと感じました。

オーディションでは、ジェシカの声は柔らかくしっかりしていました。せりふはすべ て覚えました。怒りを演じる場面では怒りを含んだ大きな声をだせるし、次の場面では弱々 しく悲しげに振舞います。彼女は他のどの女のこより上手でした。教師が普通の生徒と呼 んでいる子どもたちよりも。

ジェシカがオーディションを終えたとき、11才から14才の候補者達全員がわれんばか りの拍手喝采をしました。クラーク夫人はとておも驚き、涙しました。

ジェシカは女優としての自分の声を再発見しました。

* * *

クラーク夫人は演技者やコーラスに参加する60人の生徒たちに、自分の「特別なこと」 を記入した用紙を提出するように頼みました。

ジェシカは20,000人に1人しか生まれないウィリアムズ症候群でした。6年生でソロ を歌うケイト・マクファーリン(Kate McFarlin)も同じ病気です。6年生で両手と片足の一 部を小さい時に切断したジャスティン・ビューチェンス(Justin Beauchesne)が悪者ロース ター・ハニガン(the evil Rooster Hannigan)を演じます。

脳性麻痺・注意欠陥障害・二分脊柱・失読症・骨の病気・重症の喘息・水頭症・心臓 病・眼の病気・いろいろな学習障害の生徒がいます。普通学級からきた生徒の中には、歌 や演技あるいはフルートの演奏が好きなので自分たちは「特別」だと書いた人もいました。 6年生で執事役のローデリック・リチャードソン(Roderick Richardson)は誰とでもうまく やっていけると言います。8年生で秘書役のケリー・カートニー(Kelly Courtney)は、時 分はチアリーダーなので特別だと書きました。

* * *

大恐慌時代のニューヨークを舞台にしたアニーは、孤児の若者が有力者のオリバー・ ワーバックス(Oliver Warbucks)と休日をともにし、彼の力を借りて長い間離れ離れだった 両親を探す物語です。思いがけない場所でつながりを発見する物語です。

3月の初めに行われた最初のリハーサルの時、ジェシカは階段の上がり口にひとりで 座っていました。他の生徒たちが部屋に集まってくるのを静かに見つめていました。彼女 の回りで生徒たちが歌いました。お互い抱きしめあったり、髪をポニーにまとめたり、爪 のことを話したり、クッキーを食べたり、歓声をあげたりしました。

リハーサルは孤児院の場面から始まりました。6人の少女が、孤児院の院長のミス・ ハニガンが彼女たちに掃除や夜明け前の起床や冷たいかゆを食べさせることを嘆いていま した。

ある少女がひざをついて、床を引っかくようなしぐさをしました。ジェシカの仕事は 掃除ですが、彼女はほうきの使い方を知りませんでした。デメトリウスは誰に言われると も無く、彼女のそばに駆け寄りました。彼は彼女の手に木製の柄を握らせました。彼女に 教えるために、床に沿ってほうきの先をすべらせるところを見せました。

ジェシカは神経質そうに唇をかみしめました。彼女の手は震えていました。

「私たちの人生なんてつらいだけさ! 私たちの人生なんてつらいだけさ! ご馳走に なることなんてなくて、ただ騙されるだけ! キスされることなんてなくて、ただけっと ばされるだけ!」

別の少女たちがジェシカの声をかき消し、彼女の口はむなしく動くだけで、声が小さ すぎてマイクロフォンでも拾えません。クラーク夫人は「大きく、大きく」と励まし、ジ ェシカに正しい音程で部屋中に響きわたるような声を出させました。他のキャストが拍手 喝采をしました。

* * *

サリー・モース(Sally Morse)はジェシカしかが生まれたときから特別であることに気 がついていました。長女であるジェシカが6才になるまで、モースはその病名を知りませ んでした。

ウィリアムズ症候群。

ジェシカ以外の家族はこの病気を持っていません。しかし、いつの日か彼女が子ども を持とうと決心した場合、子どもに遺伝する可能性は50%です。

ジェシカは6年生ですが、読む能力は4年生程度です。彼女は半年前にやっと自分の 名前を筆記体の大文字で書けるようになりました。彼女はすぐに気が散ります。定期的に 複数の医者が彼女を診察しています。ジェシカの足の腱は3インチほど短いので、足はく の字に曲がりつま先だって歩きます。耳はとても敏感で、水の流れる音から、ヘアードラ イヤーや義理の父親が所有するモータボートの音までが、彼女を「悲しい気分や怒りっぽ い気分」にさせます。

問題と同時に不可思議な天分も備わっていました。

ジェシカは友好的で親切で無邪気です。スネル島(Snell Isle)にあるジェシカの家の 玄関から彼女の寝室に通じる廊下には、彼女の祖父であるビル(Bill)の写真が掛けられて いて、彼女はその前を通るたびにキスをします。祖父はジェシカが3才の時に亡くなりま した。

ジェシカの長期記憶能力は驚くほど優れています。彼女はテレビニュースの原稿(「ア メリカ人は太りすぎが多い」)や小耳にはさんだ会話(「私の髪は雑草のように伸びるの」) を早口で繰り返します。

さらに、誰にも説明できないけれどもウィリアムズ症候群の人々に共通している特徴 があります。情熱をかきたて、命令や算数やボタンのようにいらいらしないもの。 それは音楽です。

ジェシカは、カントリーでもゴスペルでもポップでもロックでも、あらゆるジャンル の音楽を愛しています。「聖しこの夜」を聞くたびに涙を流します。彼女は音楽のことを「魂 そのもの」と表現します。

* * *

3月中旬、公演まであと6週間になっていましたが、クラーク夫人はいつもある種の 冗談を口にしていました。「出演者が本番までにまとまることは決してないでしょう」。リ ハーサルにはつきものですが、重要な演技者の何人かは常に欠けていました。医者の診察 や教会や家族との約束がありました。ジェシカは練習を休むことも、せりふを間違える事 もありませんでした。

ジャスティンは足の装具を合せに行っていたので遅れてきたのだと、クラーク夫人は 説明しました。鼻にしわを寄せてケリーはジャスティンの足を見つめます。

「新しいのをもらったの?」と尋ねます。

社交的でそわそわしていて出演者の気を散らすことでいつもクラーク夫人からにらみ つけられているジャスティンは、ただうなずきます。彼はそのことについて話したくあり ません。

ジェシカが「お願い、誰か私を奪ってくれないかしら?」と歌います。そして次を待 ちます。待って待って待ちつづけます。「誰かお願いできないかしら?」と、ジェシカは大 きな声でしっかりと歌います。今度は、おしゃべりをしていて前回の彼女の合図を見逃し てしまった友達から数インチのところに彼女の顔がありました。 クラーク夫人は喜びました。

「今日のあなたは他の全員の声を合わせたより大きな声で歌っています」と、彼女は 言いました。

次はジャスティンがダンスをする番です。彼よりはるかに大きな2人の女のこの間で、 ジャスティンは歌い、腰を振り、足をけり上げます。両腕の残りの部分で帽子を脱ぎ、腕 にかけ、また頭にかぶります。音楽が終わったとき、ダーニシャ・ミンセイ(Darnisha Mincey) とリナ・ブラッハ(Lina Brach)は4フィートしかないジャスティンの身体に腕をおいて寄 りかかります。ダーニシャはあまりに傾きすぎる事に文句を言います。

「彼の身長が高いなんて台本には何も書いてありません」と、クラーク夫人が言いま す。

「アニーが赤い髪だったとも」と、ケリーが言います。

「アニーが女のこであるべきだともね」と、ローデリックが付け加えます。

* * *

クラーク夫人はそこを「安全な部屋」と呼んでいます。

彼女の教室は緑色のごつごつしたカーペットがひかれていて、壁一面にトロンボーン やフレンチホルンやサキソフォーンがかかっています。彼女は車椅子スロープの最上段か ら指示をだします。

彼女はディキシー・ホリンズ高等学校(Dixie Hollins High School)を卒業し大学に行 くためにテネシーに出かけました。ピネラス郡にもどって来て、24年間教師をしています。 彼女の足が痛み始めた14年前には、すでにタイロン中学校で音楽を教えていました。多発 性硬化症と診断されました。6年前から電動車椅子に乗っています。

多発性硬化症は神経系が侵される進行性病変だと、彼女は学校に出た最初の日に生徒 たちに告げました。自分はもう二度と歩けないだろうとも言いました。

彼女のクラスはある意味で互恵関係が成り立っていました。電動車椅子のままバンに 乗りこめるようになる前は、何人かの生徒たちが自発的に朝早く、あるいは放課後居残っ て彼女が車に乗り降りするのを手伝っていました。彼らは10代特有の混乱や胸の痛みを彼 女に打ち明け、彼女がそれを聞いてあげました。

彼女は生徒の知能指数や問題点を気にしませんでした。彼女が期待することは皆と同 じでした。敬意を示すこと、親切であること、お互い学び会うこと、そして一生懸命働く ことです。そして、失敗した時は、ちょっと息抜きをしなさいとも言うでしょう。

クラーク夫人の教室で唯一安全でないことは「秘密」です。彼女は生徒たちにジェシ カとウィリアムズ症候群のことを話しました。質問をするようにも促しました。自分の障 害のことを話題にされること、あるいは障害というその言葉自体を使われる事を好まない 生徒がいることを彼女は知っていますが、それはささいなことだと思っています。

「私は子どもたちが問題に直面したときのモデルなのです」と、46才のクラーク夫人 が言います。「好きなように言っていいのよ。私は車椅子に乗っています。二度と歩けない でしょう。でも私はそれを受け入れています、あなたたちもそうしなさい」。

* * *

3月の別の日、出演者達はオリバー・ワーバックスがアニーを養子にしたいと打ち明け るシーン4に取りかかりました。彼は、彼女がいつも身につけていた壊れたハート型のロ ケットを取り替えるために首からはずさせました。ジェシカとデメトリウスの最初の演技 は失敗でした。

「本気で怒っていたオーディションの時を思い出してごらん?」と、クラーク夫人が 問いかけます。

ジェシカは再度挑戦します。

「いいえ、私は新しいのはりません」と、声を震わせて彼女が叫びます。彼女は後ず さりして、デメトリウスから離れます。泣きじゃくりながら、顔を両手でおおいます。

「泣き続けて、アニー」と、クラーク夫人が言います。「上手よ」。

デメトリウスはジェシカをなぐさめようと彼女の肩をかるくたたきます。ケリーは彼 女の髪をなでます。

* * *

手順はいつも同じです。 母親が彼女を6年生の学習障害児向けのカレン・ホール(Karen Hall)の教室へつれて 行くと同時に、ジェシカとは介護者と一緒にトイレに行きます。

雲一つない4月のある月曜日、ジュリア・キードル(Julia Keadle)はジェシカに週末 のことを聞きました。その時ジェシカが曲がる所を間違えました。

「どこに行くの、ジェシカ?」と、キードルが聞きます。

ジェシカは、歓声をあげ笑って彼女の周りを取り巻いている生徒たちの視線を浴びな がら回れ右をします。

移動教室では、ジェシカは最後列にキードルと並んで座ります。どの課題に対しても、 キードルはジェシカから答えを引き出そうと努力します。彼女はジェシカの言ったことを 書き取ります。クラスが算数の授業をしている時、キードルとジェシカは彼らだけ別の課 題に取り組みます。それを終えると、ジュニー・B・ジョーンズと騒がしいバス(Junie B. Jones and the Stupid Smelly Bus)の次の章に進みます。ジェシカは単語を一つ一つ発音 していきます。ホール夫人が生徒ひとりひとりを歩いて見回りはじめました。ジェシカは 明るく手を挙げて振りながら大きな声で叫びます。「ハロー!」。

「こんなことは以前には想像できませんでした」と、キードルが言います。

読み方を終わってから、ジェシカとキードルは毎日昼食を取る立木のそばに連れ立っ て歩いていきます。カフェテリアは騒々し過ぎるのです。

* * *

4月初旬のある日、ある生徒が体育館のドアを開けました。クラーク夫人はヒューと声 をあげました。ゆらゆら揺れて肩までとどきそうな波型のフライドポテトのイアリングを 指さして、「私は油で揚げられたわ」と彼女は宣言しました。

体育館は演劇には向いていません。効果的な照明もないし、反響が大きく気を散らせ る物にあふれています。舞台裏の卓球台などは、クラーク夫人が口をすっぱくして出演者 たちに気にしないように言わなければなりません。

「ジェシカは注意散漫になる傾向があります」と、クラーク夫人は彼らに注意します。 「座っていてくれるととても助かります」。

ケリーはジェシカがマイクを付けるのを手伝い、位置を合せてあげます。彼女は何気 なくジェシカの髪をもてあそびます。

クラーク夫人は舞台の前に近づくように生徒に言い、後姿を観客に見せないよう正面 を向かせます。手足を揺らすのをやめさせ、下を見ないでまっすぐ観客を見させます。彼 らは最後のシーンを練習中で、舞台は出演者でいっぱいです。孤児たち、ルーズベルト大 統領、ワーバックスおじさん、彼の秘書とアニーです。執事役のローデリックが舞台を横 切って歩いてきます。

「マッジ(Mrs. and Mr. Mudge)奥様とご主人殿」と、彼が語ります。

彼は夫人のほうを最初に言うという間違いを何度も繰り返したので、クラーク夫人は そのまま放っておこうと思いました。でも、指揮に参加しているジェシカは違いました。

「マッジご夫妻(Mr. and Mrs. Mudge)」と、彼女は "Mr." にアクセントを置いて言い ます。彼女はためいきをつきます。

ジェシカの担任のホール夫人はその語順の入れ替えが正しいことを証言します。彼女 はジェシカが自分の分だけでなく全員のせりふを覚えていることを知っています。

しかし、教室ではジェシカが手を挙げることはありません。ジェシカは級友たちとほ とんど視線を合せることもなく、たいていの場合承認を求めて母親かキードルのほうを見 ます。

「なんという違いでしょう」と、ホールが言います。「教室では、知っていることでも うまく表現できません。劇の中では、他の子どもたちが間違えたせりふを訂正できるので す」。

* * *

4月のある日の午後、ジェシカの母親がアニーの衣装(白いエリのついた赤いドレス) を届けるために立ち寄りました。それはサイズが合わなかったので、ジェシカが家に持っ て帰って手直しをしたものです。ぴったり合いました。

ジェシカは足を組んで床に座っています。3人の女のこが彼女の横に座ります。ジェ シカがテディー・グラハム(Teddy Grahams)のチョコチップをむしゃむしゃ食べるので、女 のこたちはくすくす笑います。

自由な時間には、ジェシカは必ず母親や義理の父親や弟と一緒にクリスチャンテレビ (Christian television)を見たり、ディズニーワールドに行ったり、チーズバーガーを焼 いたりして過ごします。彼女は級友たちとは学校の中でも外でも遊びません。

「突然、皆がジェシカに興味を持ち彼女のことを知りたがるようになりました」と、 モースが言います。

* * *

2ヶ月の春休み期間劇の練習は休みました。出演者は本番の48時間前に水曜日にあっ た衣装リハーサルの時に決定しました。予想されていた通りのことが起こりました。衣装 を忘れてくる人がいました。マイクはスイッチが入っていなかったり、キーキー音を出し たりしました。セリフを教える係は正しい場所にいませんでした。コーラス隊はたびたび 歌うのを忘れ、踊りませんでした。舞台にいたコーラス隊の人数は半分以下でした。

クラーク夫人は変更を加えました。出演者達はポップコーンを分け合い、算数の宿題 をやり、舞台裏の技術者たちと議論をしました。指揮者が怒鳴ったときにはお互いに「し ー」と言いあいました。

「舞台裏のお喋りが多すぎます。こんど私がそちらに行った時は、みんな帰ってもら いますよ」とクラーク夫人は大声で怒鳴りました。

ジェシカは孤児のひとりが間違ったパートを歌ったことを注意しながらも、自分がふ たつみっつのせりふを忘れたことでひどく神経質になっていました。金曜日には舞台裏に いて着替えを手伝い、演技のいらいらを静めなければいけないとジェシカの介護者が言い ます。たとえそうしたにしても、母親はジェシカが動揺して立ち往生してしまうことが心 配になり始めました。

「衣装リハーサルは最悪だったようね」と、ケリーは言います。

クラーク夫人はただ一言、「アー」と言ったきりでした。

* * *

本番の10分前、出演者60人全員が体育館の外のベンチに肩を並べて座っていました。 手を握りあい、頭を垂れて祈りました。クラーク夫人は、これまで以上に大きな声で歌い、 大きな振りで踊りなさいと言いました。彼女はここにいる全員を誇りに思っている言いま した。

彼女は車椅子で体育館に入っていき、ステージに上りました。

「この生徒たちが私たちの未来の姿ならば、私たちは何も恐れる物はありません」と、 クラーク夫人は張りのある声で観客に向かって言いました。

本番が始まりました。

初出演に備えて髪を赤く染めたジェシカは、練習より大きな声で歌いました。観客は ジャスティンの踊りに拍手喝采しました。本番の間中、満員の観客は適確な場面で口笛を 吹き、笑い、息を殺しました。

「あなたはすばらしかったわ」と、クラーク夫人がジェシカの腰に手を回して言いま した。「あなたはスターよ」。

何本かのマイクが壊れ、いくつかはまったく機能しませんでした。飛ばされたせりふ もいくつかありました。失敗したコーラスのメンバーもいました。それでも、出演者達は 即興で対応しました。マイクを共有し、出忘れたきっかけは無視して、お互いせりふを助 け合いました。

すべてが終わった時、観客はスタンディングオベーションをしました。出演者たちは バラの花束を受け取り、ポースをとって写真に収まりました。ジェシカは輝いていました。 観客からおめでとうを言われるたびに、彼女は微笑み「ありがとう」を繰り返しました。「あ なたの声は不思議ね」という声が聞こえました。瞳を潤ませ涙をこぼしながら、彼女はク ラーク夫人に歩みより抱きしめました。

他の出演者たちも何かを得て家に帰りました。

ジェシカは舞台に留まり、ファンに囲まれて自分の歌を歌いました。



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